2017年5月27日土曜日

博士と詩人

 映画「カリガリ博士」は精神病医が患者を使って悪事を働くという物語だが、その話をするのが患者であるため、妄想か現実かわからない恐怖がある。(しかも、保存状態のせいで映像の状態が悪いのも怖い)
 チェスタトンの小説「詩人と狂人たち」も同じ着想で、詩人たる主人公は狂人たちを操る者と戦う。

 これは「洗脳」に結びついて行った。ただ狂人を利用するのではなく、意図的に狂わせてしまおうと言うわけだ。しかも、目的を定め、そこに向かって狂わせようというのである。
「洗脳」は、ソビエト・ロシアでレーニンがパブロフ博士に研究を命じて始まった。パブロフというのは、犬を使った実験で「条件反射」を研究した、あのパブロフだ。
 第一次大戦後から第二次大戦までの期間、精神医学はレーニンとは別個に、洗脳に結びつく領域に脚を踏み込んでいたようだ。後々、戦争でアメリカに亡命した研究者が、アメリカ軍に協力してアメリカの洗脳研究に関与して行く。
 アメリカで洗脳研究が始まるのは、朝鮮戦争で中国軍の捕虜になった国連軍兵士たちが虐待され、洗脳されたのがきっかけだった。捕虜となった兵士たちの「洗脳解除」が必要になったのである。「洗脳解除」というのは、治療に他ならない。これがPTSD治療につながって行く。
 朝鮮戦争の前には、ソビエト・ロシアが日本兵捕虜を虐待し、洗脳した上で帰国させた。それが戦後日本の武装共産党騒動になった。トラック部隊や山村工作隊は、洗脳の産物だったと考えられる。

 アメリカが治療から踏み込んで行くのは情報機関や軍隊が研究を始めたためだ。大学や研究機関が予算を得て、人体実験をやった。
 英国もこの研究に参加するが、情報が出なかったため、ほとんどの事がわからないままになっている。ソビエトや中国共産党の洗脳研究も、ほぼ何もわからない。

「洗脳」という言葉は、中ソの共産主義者がやった事を指す言葉で、英米は「行動コントロール」という名称で研究を行った。
 アメリカでは、この研究から出たノウハウが新興宗教や自己啓発セミナーに流れた。日本の地獄の特訓などの自己啓発セミナーも同じだ。日本の自己啓発セミナーは朝鮮戦争の頃に米軍で働いていた日本人などが、米軍のセミナーに触れたところから始まったらしい。

 カリガリ博士は多くの子を持った。彼の子孫は、おびただしい失敗を重ね、死屍累々の道を歩んだ。でも、もしかしたら、どこかで成果が出ているの可能性もある。研究が続いている可能性を示しているかもしれない小さな出来事が、時々ある。 

 医師や研究者とは別に、宗教家も洗脳と近い所にいる。オウム真理教は洗脳研究に血道を上げていたが、あいつらだけではない。洗脳の意識すらなく、若者を洗脳し、悪事に駆り立てている者がいる。
 そう、イスラム国集団(ISIL)は、若者の不満や不安を煽り、思考力を破壊し、自爆テロという犯罪に駆り立てている。あのグループの中枢は凶悪で悪辣な犯罪者であり、死刑のある場所で裁かれるべき者たちだが、末端は医療が対応すべき患者かもしれない。

 この話の始めに戻るとすれば、カリガリ博士やカリガリ教祖はもういるのだから、次に必要なのは詩人だ。現在の詩人は、爆弾を落とし、ドローンを飛ばす。馬鹿げた言い回しをひねるよりも、その方が詩である場合がある。