2021年2月13日土曜日

東京五輪・パラリンピック組織委員会会長には二階さんしかいない

 森喜朗東京五輪・パラリンピック組織委員会会長が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります」と発言した事で辞任に追い込まれた。

発言の全文を読むと

「文科省が女性理事を4割にしろとうるさく言う」が、中身がともなわなければ、員数合わせをしても無意味

と言いたかったのだと思われる。他に読みようがないから、おそらくそうなのだが、森センセイ、言い方が悪かった。

「女性がたくさん入っている理事会は時間がかか」るというのは、員数合わせは無意味と言いたいだろう文脈のどこにも乗らない。ここでは、森センセイ、日本語がよく出来ていない。

困ったものだと思うが、日本語がちゃんとしている政治家など数えるほどしかいない。これが、今のところの日本政界の惨状と言っていい。おやおや。

森理事長の批判されるべき点はそこだと思うのだが、「沈黙していることは(森への)賛同と同じようにみられる」と言い出す者が現れたのは呆れた。沈黙は沈黙であって、批判でもなければ賛同でもない。そんなあたりまえの事がわからないトンチキが偉そうに寝言を言っているというのは、森発言以上に批判されてしかるべきだと思った。

その前に、まず、森の発言を批判する資格を定義しよう。

フェミニストは森発言を批判できない。何故かと言えば連続強姦魔・広河隆一は暴力行為強姦を行った犯罪者にあるにも関わらず、沈黙する事で臭いものにフタをし、隠ぺいしようとしたからだ。そもそも被害者は実態をフェミニズム関係者に訴えていただろうに、知らん顔をしたのではないかと思う。

森は言っただけだ。連続強姦魔・広河隆一はやった。その違いは歴然としている。どっちが悪いか明々白々、はっきりしている。

女性を守ろうともせず、左翼の空気を守ろうとしたフェミニズムが、いまさら何を言えるというのだ・・・というわけで、フェミニズムは黙っているしかない。

じゃあ、左翼はどうかというと、広河は左翼だ。それも世界的な錦の御旗親パレスチナを掲げた左翼だ。事故後にチェルノブイリ入りしたのを見ても、当時のソ連の覚えめでたい人物だったと思われるので、左翼としてもメイン・ストリームだったと見ていいだろう。

はい。これじゃ左翼も広河を知らん顔して、森を批判するなんて無理だわな。よほど鈍感じゃないと、腰が引けて、誰かを非難するどころではない。ただ、左翼も、実は左翼と一体となったフェミニズムも鈍感さ、恥知らずさにかけては相当なものではある。ただし、私たちが彼らの発言など考慮する必要はない。

じゃあ、どこを見るべきだろうか? 森批判というか、森叩きはどこから出てきたのかを考えよう。

森発言の切り取り部分に反応した人々ではなく、本筋への反応が森叩きだったと考えてみると、そこがはっきりするかと思う。

つまり、文科省が「4割」という目標をオリンピック委員会に迫るのは、表面の員数合わせにすぎず、無意味だという部分に、名指しされた文科省が怒ったのではないかと思う。

文科省は、役人の天下り周旋、様々な施設の建設、スポーツ団体の助成など、様々な利権を持つ役所で力がある。大学の先生に潜り込みたいメディアの人間や、もみ手で様々なイベントを請け負っている広告代理店などは、文科省様が怒ったと知ったら、いちいち指示を出さなくても森叩きに走る。いや、文科省が怒らなくても、ぶら下がっている有象無象が先走って森叩きを始めるに決まっている。森叩きという、次元の低い騒ぎの中身はそんなところだと思う。

沈黙していることは賛同と同じようにみられる」というのは、文科省にそう思われてしまうから、後々の覚えめでたきを願って森を叩けという事と受け取れば、よりくだらなくなるが、整合性は高まる。


森さんは七人の敵を忘れたのだろう、不用意に伝わらない(もしかしたら、地元でなら冗談が通じてウケたかもしれないが)言い方をしたのが駄目だった。

だが、鬼の首でも取ったかのように森叩きをした者たちも愚劣極まりなかった。

ましだったのは二階ぐらいかな。好きではないが、今回、まともだった。

そして、オリンピック委員会、森を守るべきだったのに、縮こまりやがって、腹のある人間一人いないのをさらけ出した。やっぱ、運動やってた奴は駄目だわ。従順に従う事しか出来ないんだもん。

だが、あいつらなんかどうでもいい。中国が破壊を目論んでいる東京オリンピックはやらなければならない。森発言を見下して、高級ぶってても何の意味もない。


という事で、森さんの後任には二階さんしかいないだろう。