2021年8月4日水曜日

近代日本における軍事の意味

黒船の到来で江戸幕府が旧来のやり方ではやっていけない事実を突きつけられたのは軍事と科学でした。江戸時代は、今の中国、北朝鮮など足元にも及ばないどころか、欧米すら凌駕する自由で活き活きした文化・社会を達成していました。欧米に及ばなかったのは軍事と科学でした。


少々寄り道です。日本はすでに軍事と科学以外はどことも遜色ない社会でしたが、無能な留学組が何事も西欧が上だとする事で自分の価値を高めようという意識を持ち、西欧かぶれぶりを発揮した事が国粋主義思想のきっかけでした。「馬鹿を抜かすな、このすっとこどっこいの唐変木」というのを名称にするわけにもいかず、国粋主義となった・・・というのは今作ったことですが、事情としてはそういう経緯です。


そこで、近代日本の改革は軍事に重点を置いたものにならざるをえませんでした。他の東アジアと同じく、欧米列強の植民地となるか、軍事優先の国家となって独立を守るか。当時の情勢はふたつにひとつでした。いえ、どちらかを選ぶような贅沢は存在しませんでした。当時の日本の国力では軍事優先で行くしかありませんでした。

欧米から身を守るために、欧米から学ばねばならない。近代日本は、多くの屈辱と苦しみに耐え、それをやってのけました。

明治時代に清=中国、帝政ロシアに勝利した日本は、その後、アメリカ以外の対戦国は、これをことごとく退けるまでに己を鍛えあげたのでした。

ですが、大東亜戦争の敗戦により、日本は徹底的に武装解除されました。

日本は軍事を破壊されただけでなく、共産主義という毒も注入されました。科学に流れ込んだその毒のありようを、私たちは、つい先ごろ目撃しました。

戦前の共産党は、仲間を殺したり、党の中心が逃げた先で腹を減らし、犬を鍋にして食ったりしながら消滅して行きました。最終的にはほとんどの党員、賛同者が転向しました。最後まで転向せず獄中にいたのは、仲間殺しで転向もできなかった宮本顕治など数人だったようです。(吉本隆明は3人だと書いていました)。

朝鮮人が刑務所を襲い、違法に脱獄させていた宮本顕治などを中心に、占領軍は日共を再建させました。秘密のナンバー2=実質トップは朝鮮人の金天海だったようです。

そして、ソ連が違法に抑留し、洗脳した日本兵を帰還させた事もあって、一時期の共産党は大きな勢力となりました。

しかし、朝鮮戦争で北朝鮮軍、中国軍と戦い、少しは目を覚ました米軍が馬鹿なやり方を改めたため共産党の拡大は止まります。シベリア抑留日本兵の大方も洗脳が解けた事でしょう。戦後、占領軍に迎合しようと共産党入りした知識人たちは、米軍が誤りを正したのを「逆コース」などと非難しました。国と国民のためになる事をすると難癖をつける今の野党と同じです。


共産中国の建国(現代の中国はあの時点で建国され、それ以前の歴史を否定し、踏みにじりはじめました。中国二千年などという駄法螺も、もう通用しません)、朝鮮戦争と、今に続く共産主義勢力の展開で東アジアの緊張が高まり、軍事を破壊された日本でも警察予備隊が設立され、自衛隊に発展しました。

ですが、自衛隊は手かせ足かせを課されています。今のままではまともな防衛活動も出来ません。法律がなかったり、邪魔をしているためです。自衛隊は超法規的に行動するのではなく、法律に従って活動します。今のままでは国を守るという目的を達成できなくされています。有事立法の整備は、国民にとって緊急の課題です。


近代日本における軍事と科学は、文明開化の核心でした。日本の文明開化とは、軍事と科学の発展の謂でした。

同時に、大東亜戦争によって西欧列強の植民地化によって踏みにじられていたアジアを解放するのは尊皇攘夷の大義でした。インドまでの東アジアを解放した事でその大義は半ばではあっても果たされました。科学の開化も申し分ないでしょう。破壊されたとは言え軍事の開化も一応は達成しました。残るのは、破壊された軍事の修復です。それは日本が国際社会で復権する事でもあります。

軍事的拡張主義冒険主義に走る、傲慢、かつ軽率極まりない共産中国によって緊張の高まる東アジアで、日本は、軍事を復興し、周辺の安定を維持し、文明を守らねばなりません。

同時に、これは近代日本の主題を終わらせる事でもあります。維新の完成とは、平和な東アジアの達成なのです。

中国の手先が、科学と軍事を攻撃し阻止を目論むのは、日本とアジアを、歴史の本道ではなく、袋小路に迷うこませようという意図あっての事です。

かつて西欧列強の植民地とされ苦しんだアジアが、今度は中国の圧政下に喘ぐ事となるのか、あるいは、日本と手を携え、平和と繁栄を手にするのか、これが現在の、歴史の分岐点です。そして、この分岐点は大きく太平洋の分岐点でもあります。太平洋が暗黒に閉ざされるのか、それとも、平和と繁栄と安定に開かれるのかは、大きくはありますが、答えのはっきりした問いかけです。