2020年8月20日木曜日

「反戦」の嘘と現在

昔々、反戦運動が爆発的に流行した。
ベトナム反戦運動だ。アメリカの戦争なのに、日本や西ヨーロッパでも凄い勢いで運動が盛り上がった。
日本では、「内なるベトナム」なんて言葉を吐いた奴もいた。反戦運動の非論理性、情緒性、つまり、くだらなさを示す妄言だ。
団塊の世代は粗製乱造のバカだから、こういうのにかぶれて、物を壊したり、暴力を振るったりしたあげく、仲間内で殺し合いまでした。左翼ってのは妙な連中で、人殺しのくせに人に説教しようという奴を許容している。寝言言ってないですっこんでろとなるのが普通だが、左翼に常識も良識も通用しない。

あ、反戦運動だった。

反戦というのは、最初、レーニンが持ち出した事だ。革命当時、ロシアは第一次大戦に参戦し、ドイツと戦っていた。
ドイツは対ロシア戦線と、西部戦線のふたつの戦線を維持せねばならず、往生していた。
それで、ロシアでアナーキストが革命を起こしたのにつけ込み、スイスにいた職業売国奴レーニンに資金を出してロシアに送り込んだ。封印列車だ。
レーニンは金を持ってロシアに乗り込み、印刷機を買ってプラウダを刷ってバラまいたり、与太者を雇って革命派を襲撃させたりした。レーニンの党派ボルシェビキは多数派という意味の言葉だが、実際は少数派だったので、与太者を雇うしかなかった。
スイスで反革命を宣言していたレーニンは、ドイツの支援で革命派を一掃し、乗っ取った。
レーニンが「反戦」を主張したのは、まだ革命乗っ取りには成功していない頃だった。革命政府は対独戦線を維持していた。
革命派のケレンスキーに味方していたフランス情報部は、レーニンがドイツのスパイだという事を報告していた。その報告を握りつぶしたのがトロツキーで、トロツキーの功績は多くのユダヤ人を殺した事と、この隠蔽ぐらいだろう。トロツキーの裏切りによってレーニンは延命し、革命の横取りを達成した。

「反戦」というのは、この時、ドイツのスパイによる情報工作であり、利敵行為の言い換えでしかなかった。
つまり、「反戦」は利敵行為を組織する情報工作である。

これをベトナムにあてはめれば、ベトナムのホー・チウ・ミンを支援したソ連が、アメリカの左翼やスパイを使い、アメリカの良心的な部分に情報工作をした。
公民権運動に関わっていた人々の中で、左翼的な人々、ナイーブな人々に反戦を吹き込んでいった。正義感が強く、思慮の浅い知識人も工作の対象だった。

反戦運動は、アメリカを引き裂いて行く。
一方的な善意、良心といったものが、相手も見ないで良しとされた。
ソ連の工作の大成功だった。
大量の米兵が死に、アメリカは精神的な荒廃に見舞われた。そこに、南米の共産ゲリラがキューバ経由で送り込んで来る薬物の流行が加わる。

ベトナム反戦は、北ベトナムと、それを支援するソ連、中国、北朝鮮への利敵行為でしかなかった。そして、その帰結として、南ベトナムからの大量の難民が発生した。
侵攻後、北ベトナムは南ベトナムで略奪、暴行を恣にしたのだった。

:ベトナムの隣のカンボジアでは、こうした事の成り行きから、中国に支援されたポルポトが大虐殺を行うに至った。ポルポト派が敷設した地雷は、中国製だ。

:中国がベトナムを支援したのは、ベトナム人民のためなどではなく、ベトナムは自国領だと思っていたからだ。ベトナム人民の事を最も真摯に思っていたのは、ナイーブなアメリカ人で、北ベトナムも、南ベトナムも、中国も、そんな事はこれっぱかしも考えていなかった。

日本で盛り上がった反戦運動で、指導的役割を果たした人間のひとりが、小田実だった。「ベ平連」という団体を作り、活躍し、大手の塾講師をしながら沢山の著作をものした。
やった事と同じく、書いたものも嘘と間違い、無根拠な主観ばかりのくだらない代物だが、たいていの図書館に彼の本がある。おそらく誰も読まないのだが、左翼互助会のおかげで、小田実の著書は全国の図書館にお買い上げになる。バカバカしいったらない。

団塊の世代はもう救いようがないが、どうせ影響力はなくなって行く。彼らには彼らの参加した「反戦」運動を省みる能力はないだろうがこれからの世代は、あのような底の浅い愚かな行為を繰り返してはならない。

反戦運動の工作から派生し、今に至る様々な団体やネットワークが、ここのところ、世界中で利敵行為という、本来の目的のために動き始めている。
「平和」や「平等」を口にはしているが、彼らの暴力性を軽視してはならない。
新左翼や全共闘が「民コロ」と蔑視していた日共民青の秘密部隊「あかつき行動隊」は、最強のゲバルト部隊として、全共闘を足元にも寄せ付けなかった。ちなみに、二番目に強かったのが革マルだったという。
「あかつき行動隊」の存在は、日共が一貫して否定し続けたが、隊長だった宮崎学氏が「突破者」で自らの体験を書いた事でその嘘が破綻している。日共は、若者に手を汚させておいて、隠蔽し、除名して終わり、なかったことにした。そこにあるのは、ぶん殴るたぐいの暴力ではなく、冷たく、システマチックな、人の存在を抹殺する暴力だ。

「反戦」運動の派生のひとつでわりと最近の出来事に、2011年の「ウォール街を占拠せよ」運動があった。この運動にジョージ・ソロスのオープン・ソサエティ財団が資金援助をしていた。当時、ソロスはロシアにいた。

今、ソロスは、フェイスブックのファクトチェック委員会の委員に献金したり、ブラック・ライブズ・マター運動に資金を出したりしている。
どうなんだろうね? こういうの?

私たちは、正義や良心に酔って、軽率になってはいけないのだ。ちょっと振り返ってみれば、良かれと思った事が悪い結果を生んだり、正しい事が悪に結びつくなどしょっちゅう起きている事だ。
残念ながら、手本とすべき人は見当たらないが、正義において、私たちは、いくら慎重であっても、慎重すぎる事はない。