2022年6月21日火曜日

歴史の歩み方 あるいは、文明の可能性としての日本

明治維新後、近代において日本が富国強兵政策をとったのは当然だった。植民地経営にいそしんでいた欧米列強に敵わないのは軍事だけだったからだ。自国を守るために足りないのは軍事であり、軍事を賄うために従来より余分にかかる費用だけだった。富国強兵である。その他はすべて充分にあった。

戦国時代を経て武家政権を続けた日本だ、当然日本の軍事があった。しかし、山鹿流軍学を修めた吉田松陰が、山鹿流では西洋に勝てないと結論したように、精神的にはともかく、物質的、科学的には学ぶ以外なかった。海外に学ぶべく、日本は死力を尽くして優秀な人材を学徒として欧米に送った。留学した学徒たちも期待に応え、西欧文明を学び、富国強兵推進の知を持ち帰った。

毛沢東や金日成といった二流、三流の独裁者は富国をなおざりにし、無理な統制を敷きつつ強兵に走る。統制と監視を富国の代わりにする。その結果、社会は絞り取られるだけで細り、強兵もままならなくなるのは当然の帰結だ。もし、当時の日本のように緊急でないなら、強兵よりも富国を先にした方がはるかに良い。それが最初からわかっていたからこそ日本は戦後の復興が出来た。戦前の政策の中に戦後復興に必要な無形の力が作られていたと言っていい。

富国強兵政策の成功は、後にアメリカを相手に4年もの間、正規軍による戦争を単独で戦い得た事実に現れている。負けはしたが日本は強かった。

その強さ、富国強兵の背後にあったのは日本の文化であり文明だった。この国家のありようが近代日本の国体だった。そして、先回りして言うならば、国体の土台となったのが家族だった。

この精緻な文明は幾多の困難を克服して発展したが、欧米列強から追いつめられる形で戦争に突き進んだ。国民は開戦に歓喜した。当時の日本が、そして、アメリカ国民が知る由もなかったソビエト・ロシアのスターリンによる工作が背後にあった。








2022年1月18日火曜日

プーチンをおさらいしてみる

ウクライナなど、この所の情勢の動きを見ながら、少しロシアについて整理しておきたい。

ソ連の崩壊は、KGBが極秘に計画・実行した作戦だった。共産党があまりに強欲で権力を私物化し、怠惰で無能であるのに愛想を尽かしたのかもしれない。KGBは秘密警察であり諜報機関でもあった巨大機関でロシア軍よりも大きな権限を持っていた。

ソ連崩壊の引き金を引いたゴルバチョフは、KGB局員だったという。

ゴルバチョフは不可解なクーデタで失脚したが、エリツィンによってクーデタ部隊はすぐに鎮圧された。クーデタを起こしたロシア軍の司令官たちは、何が起こったのかわからないまま逮捕され、姿を消した。どう見ても彼らはクーデタの首謀者ではなかった。

このクーデタ騒ぎで、ソ連時代の機密文書が大量に破壊されたという。この後も、何か騒ぎがある度にソ連時代の記録が消滅して行った。

ゴルバチョフに代わったエリツィンも元KGB局員だったという。エリツィンはウオッカを飲みながら大統領になり、大統領になってもウオッカを飲み続けた。ゴルバチョフ時代から引き続き、ロシアは混乱の中にあった。

ゴルバチョフ時代に、KGBの資金が中国国境を超えて持ち出されたという。KGBは自らが演出した混乱を最大限に利用し、ロシアを手中に収めて行った。


第二次大戦前、ソ連はドイツと近い関係にあり、ドイツ軍は秘密裏にソ連領内で軍事訓練をしていたという。ここからは憶測だが、ソ連とドイツの軍人に密接な交流があったとしても不思議ではない。ソ連軍の中にドイツ派の軍人も多かったと思われる。独ソ戦が始まった後、スターリンがこのドイツ派の粛清を行った可能性がある。ソルジェニーツィンがシベリア送りになったのは、ドイツ派の疑いをかけられたからかもしれない。この監視、粛清を通じて、KGBはスターリンの信頼を確立し、ソ連軍の上に立ったようにも思われる。

ソ連崩壊の混乱の時代に、自在に軍隊を使って事件を演出し、大統領を次々と取り替え、2人をおいた後、本命のプーチンが出た。本当のKGB=FSBの時代の始まりだった。

プーチン時代、まずマフィアに手がつけられた。ソ連時代、地下に潜っていたマフィアは、ゴルバチョフ時代から表面的には企業経営者となった。力で地方を支配していたマフィアが金持ちになり、富豪として会社を経営しているふりをした。これがオルガルキだった。

プーチンの時代になり、彼らはFSBの指揮下に入る事を迫られた。拒否した者は殺害されるか、国外逃亡を余儀なくされた。国外逃亡した者も多くが暗殺されている。マフィアのフロント企業経営陣に次々とFSBの天下りが収まった。表のプーチン政権が、裏社会も支配する事となった。

ちなみに、この表も裏も支配するやり方は中国も一緒で、伝統的裏社会である幇にあって、中国共産党は最大最強の幇として君臨している。台湾の国民党も孫文の時代、つまり最初から幇だったが、共産党の風下に立つ事となった。蔡英文が現れる直前の台湾が、あわや中国に飲み込まれるという所まで行ってしまったのには、そうした理由もあった。

プーチン政権はヨーロッパにガスを供給しているが、その他、武器輸出はアメリカについで世界第2位である。これは国家間取引の部分で、これは合法。他に犯罪組織の密輸があり、ロシア・マフィアからイタリアの犯罪組織、そして、アフリカへの密輸といった経路もある。これは非合法だ。

かつては、パレスチナのPLOに武器を卸し、PLOがヨーロッパのテロ組織に売るといった販路もあった。今はイラン経由でシリアやヒズボラに、そして、ハマスにといった流れになっている。第二次大戦で、英米がソ連支援で武器を送ったのはイランからだったが、それが逆向きになった格好だ。

この他、キューバ経由で南米に武器が流れている。中南米では、左翼ゲリラが麻薬カルテルと一体化しているが、これが武器市場として大きい。

南米では、キューバ、ニカラグア、ベネズエラが社会主義国としてつながっている。この3国は、政府に反対する国民を協力して殺しあっている。キューバの情報機関は国民監視技術をこのコラボレーションに投入している。また、ソ連製の武器もキューバ経由で入っている。ベネズエラは新型カラシニコフ小銃のOEM製造国でもある。

武器と麻薬、人身売買はつながっているが、南米でも事情は同じで、南米のこうした密輸密売ネットワークはロシアと無関係ではない。

ソ連崩壊の時、ソ連圏だった東欧諸国の政権も次々と崩壊した。この時、KGB=FSBは東欧諸国の情報機関に生き残るための策と展望を指導した様子がある。東欧諸国の情報機関はソ連圏崩壊を生き延びて犯罪組織となり、捲土重来を期した。

ロシアン・マフィアのビジネス交渉がうまく行かない場合、あるいはビジネスを独占したいが、先にいる組織が強くマフィアでは対応できない場合、ロシア軍が出てきて邪魔者を皆殺しにし、市場をロシアのものにする。ロシアと戦っていたチェチェン軍は戦費を稼がせるために地域のロシアン・マフィアを皆殺しにし、チェチェン・マフィアに麻薬ビジネスをさせていた。ロシアや東欧もやっている事は同じだ。

ロシアン・マフィアと言えば売春が有名だが、これもFSBがマフィアにやらせている商売だ。ソ連時代、共産主義だから女性は高い教育を受けていた。そして職業を持てた。仕事はお針子しかなく、みんな軍服を縫っていた。崩壊後はお針子の職すらなく、売春に身をやつすしかなくなった。プーチンが愛人名義でタックスヘイブンに溜め込んだ金の一部も、女たちから吸い上げた金だろう。ご立派な事だ。

プーチンのロシアは、チェチェンの独立派に対して終始強硬路線をとり、独立を退けた。

力と強硬姿勢、そして、FSBを使った謀略と情報工作、マッチョさと腹黒さがプーチンの特徴だろう。

ロシアは一貫して軍備を増強し、世界中に武器を売り込み、ウクライナに侵攻してクリミア半島を占領し、シリアで独裁者アサドを支援し、内戦では爆撃で多数の非戦闘員を殺している。

また、ロシアは中国と共にイランを支援しており、そのため、イランは核開発を推進して来た。おそらく、核兵器を持つ寸前だろう。


ロシアと中国は、世界の安定に敵対し、自分たちの影響力を強化しようとしている。マフィアと黒社会と独裁者が一体となり、ハイブリッド戦によって平和を脅かす世界が現出してしまった。彼らの支配は不正と暴力によるものだ。愚かな者たちは、ロシアや中国の力や金に目がくらみ、横暴な態度に惹きつけられるだろう。

だが、私たちはこれを容認する事は出来ない。彼らの作り出している格差、差別、不平等もまた悪化の一途をたどっており、内政問題も山積している。彼らにこれらの問題を解決する能力も、解決するつもりもない。

プーチンは粗野な冗談を言いながら、平然と残虐行為をやってのけている。計算づくの事だろう。豪放を演出している。あの下品さも演出だ。それがある種の者たちを惹き付けるのを知っての作為だ。

国民を幸せにする事も、国を良くする事も考えず、軍事力と権力の強大化だけが国家への貢献だと心得ているらしいプーチンだが、それは彼にもあった若い時代にコムソモールででも学んだ事なのだろう。

スターリンが日露戦争に負けたのを恨んでいたように、プーチンも腹では日本を叩きたがっている感じがある。気にしておいた方がいいだろうと思う。



2022年1月15日土曜日

戦争を防ぐため、あるいは終わらせるための管理ツールとして、軍備に代わるものはない

ヨーロッパでは、歴史的に戦争によって市民の権利が拡大した。

王と騎士だけで戦争していた時代は、領民に権利などはなかった。王が教会から金を借り、領土の拡大や維持のために戦争をしていた。その他、戦力といえばスイスやドイツなどの傭兵だった。

国民を兵士として動員するのはナポレオンが始めた事だが、それ以前にも、下層階級の与太者などを人狩りして集め、前線に投入するといった事も行われていた。これは弾除けで、訓練もなく、武器も持たせずに突撃させた。

映画「スターリングラード」によれば第二次大戦のソビエト軍も同じ事をしていたらしいが、史実かどうかはわからない。おそらく史実だろう。

中国は、介入した朝鮮戦争まではこれをやっていたという。駆り集めた農民などを素手で突撃させていた。後退させないために背後から機関銃で撃っていた。米兵は殺しても殺しても押し寄せて来る中国人に参ったようだ。中国軍の指揮者は林彪で、これで評価を上げた。

大東亜戦争時、国民党軍も同じやり方をしていて、日本軍は困ったという。どうも、中越戦争の時も、中国軍はこのやり方をしたらしい。中国軍と戦火を交えたのはベトナム人民兵だったが、殺しても殺しても中国人が現れるのが恐怖だったという。

ヨーロッパでは戦費を圧縮するために王権を縮小し、国民国家を認める事で国民皆兵の道に進んだ。徴兵した国民を訓練し、正規軍とし、武器を持たせる方が強いのはナポレオンが証明していた。このイノベーションによって国民は諸権利を手にする事となった。権利の他に、出費なしに国民を戦わせるインセンティブがなかったからだ。

戦争のたびに権利が増えるなどと言われが、国民の権利に照らしてみれば、革命などよりも戦争の方がはるかに効率よく国民の諸権利を確立した。まあ、革命はそれによって「人民権力」が樹立したという建前をとるので、それ以上ないわけだから、「人民」はいくら従事しても、実際のところは無権利状態のままにされてしまうわけだ。選挙もないので、「人民」には選挙権も被選挙権もない。何もないままだ。

ついでに反戦についても触れると、これは東部戦線と西部戦線を抱えていた第一次大戦のドイツが、ロシアに東部戦線の維持が出来ないようにしようとレーニンに金をやって封印列車でロシアに送り返したのだが、革命を乗っ取ったレーニンはドイツから依頼された仕事を片付けるために「反戦」と称して、東部戦線からロシア軍を撤収したのが始まりだ。つまり「反戦」の意味は、ソ連(今は社会主義国全般)に都合のいい戦争工作でしかない。戦争に反対し、戦争をなくすという理想の追求などではなく、一方に加担するというだけのごまかしである。マルクス主義者は美名詐欺がうまい。それだけ不誠実というわけだ。


平和は落ち着いていていいが、国民の権利の拡大はなく、それにともなう色々な関係の変化もないという事でもある。それが本当にいいかどうかは、何とも言えない。


戦争は起きる時には起きてしまうものではないかと思う。習近平や金正恩、プーチンといった好戦的な独裁者が望んでも戦争に至らない時もあれば、弱い指導者の存在が戦争を呼び込んでしまう時もある。

だからこそ、備えが大切だし必要だ。万が一戦争が起きた時、その被害を減らし、早く終わらせるためにも、しっかりとした軍備と運用が不可欠になる。

一部の人が望むように、努力をすれば戦争が起きないというものではない。物事はそういう風に単純化してはならない。



2021年12月31日金曜日

私たちが強いられているものーーロシア、イラン、中国、断固阻止

 中国が台湾侵攻、尖閣占領に向けた行動によって東アジア情勢を緊迫させつつある一方、ロシアはウイグルに大軍を展開しヨーロッパを脅かしている。

この挑発によってアメリカに2方面で戦争の脅威への対応を迫られている。そして、それだけではなく、ペルシャと中東で大きな脅威となるイランの核開発が進んでいる。イランは核武装しつつある。アメリカは、そして、自由と秩序、平和を重んずる国々は、つまり、私たちは、目前の脅威だけでなく3方面の危機への対応を強いられている事になる。

ロシア、中国、そして北朝鮮はイランの核開発に協力する一方、イランと一緒になってシリアでアサドを支援し、中近東からアフリカでのサスティナブルな影響力を樹立しようとしている。中国の一帯一路はイランの核開発を織り込んでの戦略だろう。古い話だが、シリアはPLOの指導者故アラファトを工作員として訓練した国でもあるらしい。

イランは独自に核開発を進めている。だが、同時に、北朝鮮や中国が核兵器を売り込み、持ち込んでいる可能性も高い。その想定もしておかなくてはならないかもしれない。

シーア派のイランに対抗しているスンニ派のサウジは、イランが持つならと核開発を言明している。イランはタリバンを支援しており、サウジは以前、スンニ派のISを支援していた。タリバンとISは宗教的に対立しているが、単に宗教だけではなく政治的にも対立している。

ISを支援していたサウジがイスラエルと国交を樹立した微妙さも中東の政治だ。イランは革命防衛隊の傘下にあるイスラム・テロ組織ヒズボラを通じて、パレスチナのテロ組織ハマスを支援している。

かつてレーガン大統領時代に、アメリカがイランに武器を売ったイラン・ゲートで、アメリカとイランの間に立ったのがイスラエルとサウジだったが、実際に動いた代理人はサウジの武器商人カシオギ(カショギと言うのかな?)だった。

イスラエルもサウジと同じく、イランの核兵器保有を許さないという立場だから、この問題での利害は一致している。

かつて、サダム・フセインのスーパー・ガン計画が頓挫したのと同じく、イランの核開発が破壊され、挫折する事が望ましい。ここはイスラエルとサウジを支持したい。

自由と民主主義を築き上げ、守ろうとしている世界に、ロシア、中国、イラン=専制独裁国家群は、今、挑戦状を叩きつけている。中国に香港の言論弾圧をはじめ、様々な挑発行動は、私たちに不安を与えようとする神経戦であり、情報戦だろう。すでに、私たちは前哨戦にさらされている。私達はこんな事でうろたえ、怯えてはならない。

私たち=自由と民主主義、平和を守る側は、イランの核武装、中国の台湾・日本侵略、ロシアのウクライナ侵略を阻止しなければならない。

来年からの、これは全人類と人類の達成して来た文明にのしかかっている課題だ。

彼らに、これ以上の馬鹿げた行動をやめさせられるかどうかは、私たちの意志と態度にかかっている。これは私たちの平和だ。私たち自身が守る以外にない。

私たちは屈しない。


2021年12月28日火曜日

無限はありません。宇宙が有限だからです

自由にも制限がある。無制限にしてやりたくても不可能だからだ。大きく言うと、この宇宙は無限ではないから、無限は不可能という風に考えると気持ちを楽にできるかもしれない。神がいるかどうかわからないが、神が現れないのは、無限の神が有限な宇宙に入れないからかもしれない。

例えば、「安心、安全」なんていい方があるけど、安全というのは有限だから、その有限性も含めて共有できるし、より高度にして行けるけれど、安心は、不安に感じる人がいたら、もう成り立たない。本当は、安心を求める人は無限を求めているのだと思う。つまり、「安心」と「安全」は有限と無限なので、無造作に併記すべきではない、いや、できないのです。しかも、そんな事を言うのは、頭がひどく悪いか、ロクに考えていないために、それがとてもいい思いつきだと感じるような人か、今すぐに無限がありえるかのような嘘を吹聴しようという悪意のある、腹の黒い人です。

私達は、その時その時の手持ちで現在をしのいで行くしかないのです。


2021年12月21日火曜日

平和のために憲法9条を破棄しよう

英国のロック・バンドThe Who の「無情の世界 Won't get fooled get again」という曲の最後に

「新しいボスも古いボスと同じ」

という歌詞がある。

ガッカリだろうとは思うけれど、これはまだいい方だ。「新しいボスは、古いボスよりも酷い」という残念な例は沢山ある。

レーニンがロシア皇帝よりも良いなんて、ロシアではもちろん、世界のどこででも、もうほとんどの人が考えもしないはずだ。まだレーニンを支持しているのは、利害べったりで人生やり直せないだけの人だろうと思う。

ロシアは革命の年月によって破壊されつくしてしまった。過去はもう取り戻せないし、まだ立ち直れないでいる。ロシアは、透明性のある、自由な国家には程遠い状態にある。

最近、プーチンが愛人名義で資産を隠しているのが発覚したが、側近たちも右へ倣えだろう。強力な軍隊を持つ鉄の国家も、内実は腐敗しきっているようだ。でも、共産党政権下の時代と比べると、まあ、これでも悪くはなっていないんじゃないかと思う。

ロシアがまともな国になるのに何世代かかるかわからないが、他人事で良かったと感じる。


改革が厄災をもたらした例というと、ロシア革命が筆頭だが、中国革命なども現役の厄災と言っていいだろう。

日本だったら、改革派を気取っていた民主党政権なんかも失敗ばっかだった。改革も、リベラルというか、リベラルという名の左翼ベースでは、気分と主観しかないのと、能力不足が重なって、まったくうまく行かないのがあれではっきりした。深い傷が、まだ残っている。

同じような細かな例で言えば、今は静かになったが、選挙前にザワついていた自民党の「改革派」議員たちだ。あの方たち、何か考えてる感じがまったくなかったのが恐ろしかったね。まあ、筋を通すとかなくて、議員でいたいだけの卑しい連中なんだろうね。普通、獅子身中の虫というのだと思う。ああいう人たちは、今風に言うなら、大丈夫ですだ。


で、ずっと日本の重しになってる、最もダメな「改革」は、戦後という歪んだ空間を作った憲法による改革だった。改憲は、これを何とかして、歪みから抜け出そうというだけの話だからだ。改憲なくしては、有益な改革などありえない。平和を望むなら、憲法九条はなくさなければならない。

改憲で、いったん占領下の「改革」をチャラにして足踏みを辞め、世界平和と近代日本の安定のための、つまり、日本の近代の完成のための前進を開始しなくてはならない。


2021年12月7日火曜日

「改革」って、自分をアピールしたい人がやりたがるんだよね

 世の中に「改革」好きの人っている。「改革」すれば何でも良くなると思い込んでる人だ。

もちろん、間違っている。今、やれているなら変えない方がいい事って沢山ある。そういうのは、どうしようもなくなったら、しかたなく変えればいい。「改革」の失敗は無残だ。その無残さは、たいてい、末端現場にしわ寄せされる。

変える場合は、ゆっくり問題を見つけて、問題点を問題点として現場に浸透させた上で、変えても問題が出ないようにして時間をかけて変えるのが基本だろう。拙速はいけない。人事異動で上がった人物が自己アピールのためにとりあえず何か変えるというのは、もう迷惑以外の何ものでもない。

中国武道の先生が、中国武道での変化は、

「変わらないために変わる」

と教えてくれた。

ものすごく砕いて言うと、攻撃を避けて体をかわすという動作は変化だが、打撃を受けていないという状態を変えないための変化という事だ。

「改革」などすると、手順が複雑で面倒になったり、手間が増えたりと、苦々しい事態となるのが相場だ。

変化というのは、必然がなければ変わらない方がいい。



2021年12月3日金曜日

左翼って、勝手な意味で言葉を使い、人を混乱させる  北京オリンピック、ボイコット

 2021年12月の(何か用か?)9日、10日にオンライン開催される民主主義サミットをロシアが非難した。

ロシアや中国の「民主主義」は、日本共産党式に訳せば「民主集中主義」で、民主主義ではないから、それで仲間はずれにされれば反発するのは当然ではある。でも、仲間はずれにするのはもっと当然だから、ロシアや中国、それにシリアとか、イランとか、キューバとか、ニカラグアとか、ベネズエラとか、北朝鮮とか・・・とか、そういう国々はしかたがない。

日本でも、日共や左翼、リベラル左翼が口にする「民主主義」は「民主集中主義」で(そりゃあ、日共がソ連の子分だし、左翼やリベラル左翼は日共の派生だからね)、真ん中の「集中」をはしょって言ってる(あるいは、そこだけ小さな声にしてる)。でも、重要なのはその「集中」の部分で、そこが進歩派系の言葉では「全体主義」、普通に見れば「左翼(の)ファシズム」になっている。

「集中」という言葉にそんな意味はないが、どんな言葉でも、あの人たちの手にかかれば、意味を捻じ曲げられ、別の内容を付与された隠語になってしまう。まあ、共産主義の権力欲や陰謀、無能、陰湿さといった諸々を隠蔽する隠れ蓑を被せられてしまう。何で隠すかというと、本心を知られたくないんでしょうね。

だから、かつて内ゲバで最強を誇った民青は、民主(集中)青年同盟で、集中同盟とでもするべきだった。ただ、党中央が集中(査問、除名)した結果、勢力は衰えてしまったらしい。何だか、ハガチー事件(アメリカの外交官を襲撃した、タリバンみたいな野蛮な事件)で集中された全自連(だっけ? まあ、違っててもいいや)と同じ運命をたどった。

集中を日共用語ではなく一般的に言えば、その一部の意味は「専制」となるかな、その意味で言う集中国家ロシアが民主主義サミットを非難しても、「何言ってんの、馬鹿じゃないの?」としかならないのはあたりまえだ。


北京オリンピックをボイコットしよう。



2021年11月30日火曜日

「陰謀」は都市伝説にすぎないが、もしかしたら、アレは・・・

 キリスト教、イスラム教はユダヤ教の分派だが、反ユダヤのユダヤ人マルクスの共産主義も、ユダヤ教から派生したカルト教団と見た方が現実に即しているかもしれない。ポール・ジョンソンの『ユダヤ人の歴史』によれば、プラトンもユダヤ教の剽窃だそうだが、そこは判断する能力を持たない。ただ、中世キリスト教のプラトン主義の展開は、ユダヤ神秘主義のキリスト教への浸透と無関係ではないかもしれないと想像してみたりする。

 キリスト教の千年王国は実現しないからまだいい。マルクス教団カルトの「革命」はロシアで実現してしまったため、惨めで陰惨な厄災となった。ソ連崩壊でその失敗がある程度明らかになったけれど、おそらく、本当のところは私たちが知っていることよりも酷い。しかも、失敗している国家は他にも不必要に多くあるし、さらに、マルクス主義カルトに洗脳されたままの連中までいる。

 ロシア革命後のレーニン=スターリン系マルクス主義カルトは、東欧、アジア、南米で失敗と悲惨を繰り返している。その大まかな所は一部なりと把握できる。だが、もうひとつの系譜であるロシア革命前からあるヨーロッパ貴族のマルクス主義カルトの動向はほとんどわからない。

 フランス革命でブルボン家を倒したフランス貴族たちは、今でも100家族がフランスの富を独占し、君臨している。西欧諸国のこうした貴族たちは、今はEUの行政官の地位に納まっている。この貴族たちの中にマルクス主義カルトが入り込んでいるかもしれない。アメリカのブラック・パンサー党との戦いの中からイルミナティ陰謀論を蘇らせたラビ・マービン・アンテルマンによれば、イルミナティは共産党だが、共産党の陰謀性とカルト性がイルミナティ像と重なるのは、アンテルマンが共産党をイルミナティと呼んだからかもしれない。

 カール・マルクスとも交友のあったユダヤ系ドイツ人のハイネは、確か『歌の本』の中で、ドミニコ会を想わせる強硬派の異端狩り修道会が、実はギリシアの異神を祀る集団だったという話を書いている。これが事実なのか、どこかで聞いた噂なのか、創作なのかわからないが、この話は、ユダヤ的であると同時にキリスト教的なイマジネーションであるように受け取れる。余談だが、ハイネがユダヤ人を毛嫌いしたルターに帰依したのは、ルターがユダヤ教神秘主義に血道を上げていたカトリックを批判したからかもしれないとちょっと思ってみたりするが、まあ、本当のところはわからない。

 イルミナティは、カトリック保守派との内部抗争でテロ活動を展開したイエズス会がカトリックを追放され、英国とロシアに逃げ込んでいた時期の地下活動のひとつだったようにも思えるが、とにかく、騒ぎ立てて商売をしたい人は大げさにしたがるだけの事のようだ。秘密結社の陰謀が、陰謀論者の主張するように着々と成功していたら、今頃、世界は北朝鮮のようになっている。

 大体、色々な陰謀の費用を考えてみるといい。地震兵器が使う電力の供給を考えてみるといい。考える力の乏しい人が、行き詰まって言い出すのが「陰謀」でしかない事がすぐにわかる。「陰謀」など都市伝説でしかない。

 ただ、ヨーロッパの貴族マルクス主義カルトが存続しているとしたら、フェミニズム、環境派、LGBTといった運動は、そのサブブランドと考えることはできるかもしれない。


2021年11月28日日曜日

身も蓋もなさと幻想の写像としての歴史

人間の美男子・美女は、ひっつめて言うと生命力を感じさせる人だろう。

生物にとって子孫を残す事は至上命令だから、子孫を残す確率を高められる相手を求めるのは当然だ。生殖し、繁殖するための選択だ。だから繁殖力のありそうな個体が「美」となる。

陽気な人が好まれるのも、身体能力の高い人が好まれるのも、同じ理由だ。

繁殖力が強く、丈夫なメスは美女という事だ。繁殖させる力が強く、丈夫なオスは美男子となる。

これが基本で、この基本に色々と注文がつくというか、バリエーションが出来て美男美女も様々となって行く。これが文化文明の基本で、これにそって歴史が発展して来た。

で、それが行き過ぎると不健康になり、繁殖という主目的から外れてしまうのも出て来るようだが、生命力=美という基本は変わらないし、変わりようがない。

共同体にとっても、この基本は共通していて、繁殖し、個体数が増える事で共同体が大きく、強くなるのを志向する。そのために他の共同体と争いになる場合は、戦わなくてはならない。これは善悪の問題ではない。

戦えば死者が出る。女は繁殖のために必要で命が惜しいから、男を戦士にする。こちらの命はそれほど惜しくない。別に女が弱くて男が強いからではなくて、種の維持という最重要の主題に照らしての役割によってそこは分かれる。

共同体は成員の生命の維持=子孫繁栄のための器だが、個々の成員の子孫が残らなくても、全体として繁栄すればいいし、繁殖すれば補充も出来るので、男が多少死んでも問題はない。

原始時代から、古代、いや、かなり近い時代まで、そういう身も蓋もない事情は変わらなかっただろうから、その事情を無視していい悪いをあげつらってみても意味はない。それ以上に、一部の者たちが共有している、薄っぺらな思いつきの価値判断を無造作に振り回しても健全性が壊れるだけだ。

歴史は歴史自身の速度で進む。それを早める事にも、止める事にも、成功した者はいない。自分はそれをやってのけるなどと、思い上がってはいけない。不可能はある。

来たるべき未来に取り残されているのは、今、自分は新しいなどとのぼせている者たちだろう。それは繰り返されて来た。


2021年11月23日火曜日

フェミニズム ー カラ騒ぎの終焉

フェミニズムには、何だかトンチンカンだなと思うところがあったり、すぐに仲違いするんだなと呆れるところがあったり、上野千鶴子のような幼稚なのをいつまで代表面させとくんだろうと不思議だったりして来たたが、基本的には威厳を感じて来た。だが、連続強姦魔広河隆一の犯罪に対して曖昧な態度をとって来たのが明らかになった事で、見切りをつける事にした。社会運動としてのフェミニズムは、本質的に自壊したと思う。

広河隆一は親パレスチナ派で、言ってみれば国際派左翼の筆頭といった位置にいた人物だったかと思う。フェミニズム運動の活動家や支持者は、卑劣な性暴力被害者よりも、左翼著名人の対面を重視した。それは、フェミニズム運動が、女性の権利を掲げながらも、実際は左翼運動の道具のひとつにすぎなかったためだとしか考えられない。原則を逸脱して、党派性に走ってしまったわけだ。

イタリアのロレッタ・ナポリオニが、著書「テロ・インク(テロ株式会社)」の中で、親パレスチナ派はPLOの腐敗を隠蔽したと批判しているが、広河はそういう批判を受けねばならない側の一人だろう。広河は事実を報道するジャーナリストではなく、親パレスチナ、親ソ連という党派性のジャーナリストだった。

広河をめぐっては、左翼性による隠蔽の連鎖しか見えない。フェミニズムは、隠蔽に加担した事で、自らの基盤を裏切った事になる。女性一般ではなくて、左翼女性(の中の、自分の党派性の内側の女性)の運動でしかなく、そこから半歩も出なかった。

それでも、反省するでもなく、フェミニズム活動家や指導者たちは、元気に日本叩き、自民党叩きに邁進している。とりわけ、最近は環境派と一緒になって(左翼だからね)文明を窮屈な所に押し込めようとしている。物凄く空虚に頑張っていて迷惑だ。このザマで、フェミニズムが女性のためになどなるわけがないと思う。

フェミニズムも、環境派も、掲げている内容とはまったく別物で、やっているのは奇矯な人か奇特(一応、わからない人もいそうなので皮肉だと、記述的に注記しておきます)な人ばかりで、世の中の進歩の役になど立たない事がバレて来ているから、これから終わっていくだろう。もう伸び代はない。


まあ、世界的にはマネジメントのうまい人達がいるから、お金を回して、存続して行くんだと思うけど、人の使い方がけっこうブラックな滅私奉公だし、マネジメントなんかもできない日本だと、小集団が点在し、細々とやって行く、宗教的な姿になるとしか思えない。


フェミニズムって、左翼やリベラル(偽装左翼)しかいない所が、まず嘘だよ。


思えば、「Me Too」騒ぎって、中ピ連の焼き直しだったな。(わからない人は、お年寄りに聞いてみよう。検索した方が早いだろうけど)。


もう、ジェンダーがどうしたとか、くだらない妄説など気にしない。フェミニズムのおしゃべりは空っぽすぎる。ジェンダー論は性を社会的問題にするためのファンクションのつもりなんだろうけどね。


「男は敵だ」と自分たちで(感情的に)規定しておいて、その後で「どうして味方じゃないのよ!」と怒り出すような所があって、おやおやと思っていたが、今はトランス運動が似たようなやり方でフェミニズムを攻撃している。両方とも時代錯誤を感じさせるが、被害者意識と権利意識のありようが時代錯誤なんだろう。


エコロもフェミニズムも、欧米先進国が、他の地域・国家にマウントを取る役に立つといった需要があるだろうからとりあえず続くだろう。ネットで出羽守と揶揄される嫌われ者たちと同じようなものだ。間違ってもそれ以上だとは思わない方がいい。


2021年11月12日金曜日

トゥーンベリのスタイル

 グレタ・トゥーンベリを見ていて、その行動の背後にある文化スタイルを思い起こす。

その文化スタイルは1968年頃の馬鹿げた時代を思い起こさせる。あれは、他の人が何と呼ぼうとも馬鹿げたとしか言えない時代だったが、トゥーンベリにはその馬鹿げた時代の薄っぺらで愚劣な文化スタイルから飛び出してきた印象がある。

今はそんな薄ら馬鹿はほとんど見かけなくなったが、あの時代、団塊の世代から、少し下まで、男女ともそういう奴らは沢山いた。

さて、これは何なのだろうかと考えてみた。今の欧州の指導者たちが、若い頃、この文化に触れていただろう事に思い至った。そう、トゥーンベリは、今は年寄りとなった指導者たちの若かりし頃の下位文化の空気を感じさせる。だから、指導者たちにわかりやすい。いや、わかりやすいと言うよりも、年寄りたちが、勝手に自分の青春を思い起こし、わかったつもりになりやすいのである。

トゥーンベリがそうであるのは、親たちが、あの時代の下位文化にどっぷりと浸かった親に育てられ、子供もそのように育てたからなのか、もっと別の誰かがデザインしているからなのかわからない。

年寄りは、トゥーンベリが若い世代の代表のようにとらえるが、若い人たちは、大人が注目するから、大人の目を通してトゥーンベリを見る。

そういう妙な形になっているから、トゥーンベリを何かの代表とか、象徴とか、そういうものだとするのは大間違いだ。


あの頃の文化が、今の時代に影響を残している部分もあるのかもしれない。片田舎には、妙なものが取り残されている事はままある。

欧州の指導者たちは、青春の思い出に浸りつつ、さて、それはさておきと、現在の現実に向き合い、欧州の影響力を強化するために環境問題を利用するだろう。環境問題を盾にとり、欧州による世界支配の強化といった、まったく別の課題を成し遂げようとするかもしれない。だが、姑息で陰険で横柄なだけの欧州に、世界を担うだけの力など残っていない。

トゥーンベリの、今ひとつの迫力のなさ、刺激の足りなさは、欧州の力のなさに由来しているかもしれない。

とりあえず、トゥーンベリについて、今の所これ以上考える事はなさそうだ。その主張は取るに足りないし、何より、退屈な人だからだ。


日本だと、環境派は左翼の中ですらはみ出したカルト的な部分の最後の居場所でしかなかったのだが、左翼が相手にされなくなって行く中で全体的にカルト化し、環境問題で合流してしまった観がある。実際はどうかわからないが、独善的な知能の低さは、おしなべて彼らの性質だ。



2021年10月16日土曜日

再転向論

 日本から言えば大東亜戦争、世界史的には第二次世界大戦、日米戦としては太平洋戦争の前、左翼知識人はほぼ全員がマルクス主義を放棄した。これを転向と言った。転向しなかったのは、吉本隆明の言によれば3人だったという。

戦後、転向した知識人のほとんどが再転向し、こぞって共産党になだれ込んだらしい。

この「転向」を問題視し、責め立てる風潮が一時期あったらしい。転向論というのがそれで、頑固一徹とか、この道一筋とか、人はそういうの好きだというのもあって、転向した人はひどく責め立てられたのではないかと察する。

今となっては奇妙で醜悪な感じがするが、戦後の始まりの時期、知識人たちは、こうした一種の踏み絵を課された。

まあ、知識人の事だから、処世術として転向と再転向を済ませた人たちも多かったと思う。今風に言えば、ほぼほぼそういう人たちだっただろう。

戦後、日共に入った人たちの多くは、敗戦のショックで錯乱し、共産主義が正義だと思い込んでしまったのだろうと推測できる。マルクス主義がいいだなんて思えるのは錯乱以外の何ものでもない。

それとは別にソ連に抑留された日本兵も、帰国後、かなりの数の人が日共勢力に合流したようだが、これは収容所で洗脳された人々だった。後に、この洗脳方法が、朝鮮戦争の時に中国によって米兵に行われた。洗脳され、暗殺者になった者を ”manchurian candidate” と言うが、あらかたの英語辞書からこの言葉はもう削除されてしまったようだ。

錯乱や洗脳は悲惨な話だが、これらは転向論の問題領域から外れる。

いまさら転向論なんか持ち出したのは、戦前、マルクス主義を捨てて、普通の国民になったのが、そんなに問題視されるような悪行だろうかという疑問があるからだ。疑問に思うのだから、悪行だなどと見なしていないし、共産主義が正義だなどとは当然考えていない。

今だから言える事だけれど、マルクス主義、共産主義、あるいは社会主義の国はどこもひどいありさまで、例えば北朝鮮がとりわけひどいという事もなく、マルクス主義を奉じた国としてみれば、平均的なひどさでしかない。社会主義国家などというのが失敗国家の道だというのは、もう、今になってみれば明々白々だと言っていい。

よく間違えている人がいるが、どの国も腐敗した者たちに牛耳られている事をあげつらって、真の社会主義ではないなどと言い抜けできるものではない。そうではなく、真面目で実直で清廉潔白で能力のある人々が誠心誠意やったとしても、社会主義国家は失敗する。これはもう議論の余地などない。マルクス主義はいかなる政治的選択肢からもすでに外れている。

特に言っておくけど、中国が失敗国家ではないとアテにしているとしたら、ひどい間違いだ。国内で格差を作り出し、富を集中させ、虚飾の豊かさを演出しているだけで、中身は典型的な失敗国家だ。

ここから見れば、戦前の転向が正しい選択だった事は疑いない。それを後になって、やっぱこっちが正しいかな? と、再転向したのは、知識人などと言っても、実はロクにものなど考えていない軽薄才子だったからだろう。再転向が軽々しかったのは、転向が軽々しかったからだ。

ということで、軽薄才子の後輩たちである、現在の「進歩的知識人」は、転向などせず、ずっとそのままでいるのがいい。敵に回してもどうって事ないけど、味方にしてもどうって事ないか、面倒なだけだからだ。



2021年10月9日土曜日

我らが嘘なる至高

  嘘には種類がある。他愛ない嘘から悪質な嘘、それから大切な嘘というものもある。

 例えば神話などは荒唐無稽で、嘘と言えば嘘なのだけれど、人にとってこの上なく大切な虚構だ。それは嘘でしか表せない、人の存在に関わる何かが語られていると共同的に感じとられているからだろう。こうした嘘は、それを守るために命をかけても惜しくないし、その精神と行動の真実は嘘の大切さとつりあうほどの重みがある。そこにあるのは美の原型だと言えるかもしれない。

 これを別の言い方で言えば形而上という事になるのだろう。ここは象徴主義や神秘主義に近い場所であり、また、当然、信仰とも深く関わっている。

 この虚構は自然発生し、時間をかけて磨かれて来たのだろう。日本でなら、国学や民俗学がここに関わって来た。あるいは、文学もまた、虚構であるがゆえにこの系譜を汚している。

 吉本隆明はこの虚構を共同幻想という言い方で語った。発表当初から、その意図が受け止められたとは言い難く、乱暴に曲解されたように感じるが、国家も、信仰も、民族も幻想だという吉本の指摘は的確だ。そして、吉本はその幻想=虚構を必要とする人間というものを、よく知っていたと思う。

 隣人は嫌いでも、愛国心を持つ事は出来る。隣人は身も蓋もない現実で、国家は幻想、ないし、虚構だからだ。次元が違うため矛盾が生じないのである。

 こうした虚構を、現在の上っ面の感覚で嘘=悪という、かなり幼稚な倫理で裁いてはいけない。方便といった軽口ではなく、虚構は人の精神に必要で、それは真剣で深刻な話である。虚構がなければ文化も文明もありえない。崇高さもない。この虚構がなければ、人もまた、そこらを這いずり回っている虫と大して変わるところはなくなってしまう。こんなふうに言っても大げさではない。

 虚構と言っても、中国共産党が「抗日戦争」などと言う嘘は邪悪な詐欺でしかない。毛沢東は国共合作後も国民党軍を背後から攻撃していただけで、日本軍とはまったく戦っていない。つまり、国共合作など、中国共産党が国民党を欺くための嘘でしかなかった。それを、後からとってつけて、さも日本と戦ったかのように振る舞い、恥晒しを隠蔽しようとしているだけだ。

 これは人間存在が希求する虚構ではなく、下心見え見えのデタラメでしかない。中国のような歴史はあっても伝統を破壊した国には、形而上的虚構など不可能で、人間精神は虚構を政治利用するところまで荒廃しきっている。

 現人神などというが、現実に人が神であろうはずはない。しかし、この虚構の文脈では、神は存在するし、現人神も須らくいる。この当たり前の二重性を生きる事は、善良な人々が神を敬い、誠実であろうとする事であり、世界中で、人はこうした正しい生活を続けて来た。これを文明と言うのであり、文化というのであり、豊かさというのである。このような自由で平等な国を作り上げて来た日本は、現人神という神性を国民の象徴とするにふさわしくあろうとして来た。それは、事さらに何かしたというのではない。ただ、働き、暮らしているだけだ。

 現人神が生涯をかけて象徴である事に向かい合う事が日本であり、庶民が、無言のうちに苦楽を生きる事が日本である。

 私たちは嘘を磨き、至高のものとした。



2021年8月27日金曜日

チャーリー・ワッツ追悼

ちょっと忙しくしていたら、チャーリー・ワッツが亡くなっていた。2021年8月24日の事で、年齢は80歳だった。

ローリング・ストーンズのリズム・セクションは強力で、抜群の推進力を持っていた。その推進力を担っていたのがチャーリー・ワッツだった。もう辞めてしまっているビル・ワイマンは今となっては目立たないベースに感じられるかもしれないが、ワッツとピッタリ合ったビートを出していた。ローリング・ストーンズのリズム隊が他の人達だったら、彼らはもっとつまらないバンドになっていただろう。事実、ワイマンが抜けた後のローリング・ストーンズはもうひとつつまらなくなっていた。

ローリング・ストーンズのワクワクする音楽は、ワッツとワイマンが支え、作っていた。

ワッツは元々ジャズをやりたい人だったから、これからはそっちの方でいい音楽を作ったかもしれない。いくつか残っている音源を聞くと、くつろげるジャズを演奏している。

ローリング・ストーンズはビートルズが解散した後、ロック音楽を引っ張ってきたバンドだった。イギリスのバンドは、アメリカ市場で受けて、アメリカで稼いでやっていくものなのだが、アニマルズやデーブ・クラーク・ファイブのように拠点をアメリカに移さずに人気を保って来たのはさすがだった。そのローリング・ストーンズを支えた唯一無二のドラマーとして、チャーリー・ワッツは記憶すべき音楽家だった。

ロック音楽が高齢者のものとなり、まあ、終わった今、かけがえのない人を失った事を、高齢者たちは気がつかないかもしれない。もちろん、その一切が若者には関わりのない出来事だ。



2021年8月26日木曜日

ガンダーラ陥落。文明の灯火は消えるのか?

タリバンは、反動と言うなら、もう正真正銘の反動だ。しかも、アメリカとの会談を時間稼ぎに使い、結局、約束を反故にする狡っ辛い野蛮人だ。話をするには、鞭で折檻しながら保育園から教育を施すしなさないといけない連中だろう。そんな野蛮人がアフガニスタンを掌握するに至ったのには、ちょっと歴史がある。

アフガンはソ連の友好国だった。だが、政府に反対する勢力が過激化し、治安が不安定化したため、ソ連軍がアフガンに侵攻した。反政府勢力が勢いづいたのは、アメリカがベトナムに供与していた武器をアフガンに送ったためだった。当時はカーター大統領の時代だったかな? 

ソ連の侵攻でアフガンが戦争状態となり、アメリカは、ベトナムの仇をアフガンでとエキサイトした。アメリカは反政府勢力を支援し、パキスタン経由で武器援助を行った。中国製の武器まで送っていた。ロレッタ・ナポリオニによると(「テロ株式会社」未邦訳)、武器の大半は途中のパキスタンで消えたら。

昔々は、日本もアメリカも大使館を置いていた。段々と大使館施設の近くにミサイルが飛んでくるようになり、アメリカ大使館が退去するというので、日本大使館も退去した。

アフガン・ゲリラの戦いで、ついにソ連軍が退却したのだが、今度はゲリラ同士の争いが起こり、とどまるところを知らなかった。アフガン・ゲリラと言っても、部族ごとの部隊が戦闘していただけだったから、ソ連がいなくなって見ると、横で戦っていた奴は隣村で、昔から仲が悪かったという感じだったかもしれない。

アメリカは仲介に手を焼き、結局はタリバンを支援した。部族よりもまとまった勢力だったのか、アフガン・ゲリラの部族を退け、アフガンを掌握した。

タリバンというのは神学生の意味だと聞いたが、後に与太者化し、強姦や強奪をするようになったので、アレ? という感じで見ていた。結局、野蛮人の集団となった。もちろん、こんな程度の低い連中に統治などできるわけがなく、アフガンはイスラム・テロの巣となった。

その後、9/11の後、アルカイダの根拠地だというので、アメリカが、かつてのゲリラを再結集し、北部同盟として立て、アフガン侵攻を行った。

アメリカの猛攻でタリバンは兵員を2割にまで落とし、パキスタン情報部の手でパキスタン内に逃げた。元々ケツ持ちだったんだろう。とすると、タリバンの中枢はパキスタンの工作員、あるいは、協力者と見た方がいいかもしれない。他は野蛮人だ。

そこでパキスタンだ。パキスタンは核保有国だが、パキスタンの核開発には中国、北朝鮮が協力している。パキスタンを介して、中国とタリバンは、かなり前からつながっていた可能性がある。そして、北朝鮮も関係していたかもしれない。北朝鮮は、イランの核開発にも関係しているし、アサド派シリアに派兵している国でもある。

で、今回、タリバンは従来のアフガニスタン政府を倒し、再び権力を掌握したわけだが、野蛮人が文明人になったわけではない。つまり、前回同様、まともな統治などできるわけがない。前は、アメリカも権力を取らせてしまった経緯もあったが、今回はない。資産凍結、経済封鎖をするだけだろう。

アフガンのように、暴力で押さえつけられたら、黙って従うしかない。何の後ろ盾もなく戦うなんて、映画の中だけの話で、今でも、世界中で人々は、ただ黙って従っている。反政府のデモなどがありえるのは、政府が野蛮な暴力で人々を抑圧してしまう国ではない。また、外国の秘密支援がなくては抵抗運動など組織できるものではない。

今後、第三世界のテロ勢力がタリバンとつながり、アフガンに入るようになるだろう。統制など取れるわけがない。

パキスタン、中国、イランが、どんな役割を果たすのか、果たさないのか、彼らの手に負えるのかどうか、遠くから見ているしかない。

邦人を脱出させた後は、我が国は、野蛮国などに関わり合わないでいいんじゃないだろうか。現地は色々可愛そうだけども、本気でタリバンを皆殺しにするための戦争をするというのじゃなければ、人道など通じる相手じゃないんだから。

彼の地には、もう文明の灯は絶えたんじゃないかと思うが、どうなんだろうか?



2021年8月25日水曜日

沈黙は金

 コロナ対策は、今年も厳しい自粛を求められる状態が続いている。武漢ウイルスがデルタ株になり、感染力を強化したためだ。今年は去年にも増して気を引き締め、怠りない生活をしなければならない。去年と違って、マスクが1万円するという事もなく、ホットケーキ粉が店頭からなくなるという事もなく、消毒液も買える。そういう面の不安はなくなっている。

だが、知人に感染者が出たなどという話が出ていて、感染爆発という言葉が実感を持つ。

それでも、今年はワクチンがあるのがまったく違う。去年、アメリカのトランプ大統領がワクチン開発に注力していなければ、そして、安倍さんが製薬会社と話をつけてくれていなければ、今、日本でワクチン接種など行われていない。

家族全員が2回のワクチン接種を済ませているという安心感は大きい。ただ、ワクチンで免疫を獲得したというのは、コロナに感染しても症状がほとんどないだけだから、感染したのに自覚がなく、コロナを撒き散らす側になる危険があるという事だ。やはり、ワクチン接種率が上がって行かないと自粛する以外にない。

延々と対策のための自粛を続けなくてはならないので焦れている人達も多いようだが、それで当たられたり、無謀な事をされても迷惑なだけだ。防疫とはこういうものなのだと受け入れるしかない。

マスコミや左翼政党は何が悪い、何がいけないと、馬鹿げた犯人探しを続けているが、世の中ギスギスするだけだからやめたほうがいい。悪いのはインチキばかりの中国なのははっきりしてるんだから、今、誰もが耐えなければいけない時に、余計なゴタゴタを増やさないでもらいたいものだ。本当に邪魔な人たちだ。

少しは役に立つ事を考えてみたらどうだ? 黙ってるだけでもいい。



2021年8月4日水曜日

近代日本における軍事の意味

黒船の到来で江戸幕府が旧来のやり方ではやっていけない事実を突きつけられたのは軍事と科学でした。江戸時代は、今の中国、北朝鮮など足元にも及ばないどころか、欧米すら凌駕する自由で活き活きした文化・社会を達成していました。欧米に及ばなかったのは軍事と科学でした。


少々寄り道です。日本はすでに軍事と科学以外はどことも遜色ない社会でしたが、無能な留学組が何事も西欧が上だとする事で自分の価値を高めようという意識を持ち、西欧かぶれぶりを発揮した事が国粋主義思想のきっかけでした。「馬鹿を抜かすな、このすっとこどっこいの唐変木」というのを名称にするわけにもいかず、国粋主義となった・・・というのは今作ったことですが、事情としてはそういう経緯です。


そこで、近代日本の改革は軍事に重点を置いたものにならざるをえませんでした。他の東アジアと同じく、欧米列強の植民地となるか、軍事優先の国家となって独立を守るか。当時の情勢はふたつにひとつでした。いえ、どちらかを選ぶような贅沢は存在しませんでした。当時の日本の国力では軍事優先で行くしかありませんでした。

欧米から身を守るために、欧米から学ばねばならない。近代日本は、多くの屈辱と苦しみに耐え、それをやってのけました。

明治時代に清=中国、帝政ロシアに勝利した日本は、その後、アメリカ以外の対戦国は、これをことごとく退けるまでに己を鍛えあげたのでした。

ですが、大東亜戦争の敗戦により、日本は徹底的に武装解除されました。

日本は軍事を破壊されただけでなく、共産主義という毒も注入されました。科学に流れ込んだその毒のありようを、私たちは、つい先ごろ目撃しました。

戦前の共産党は、仲間を殺したり、党の中心が逃げた先で腹を減らし、犬を鍋にして食ったりしながら消滅して行きました。最終的にはほとんどの党員、賛同者が転向しました。最後まで転向せず獄中にいたのは、仲間殺しで転向もできなかった宮本顕治など数人だったようです。(吉本隆明は3人だと書いていました)。

朝鮮人が刑務所を襲い、違法に脱獄させていた宮本顕治などを中心に、占領軍は日共を再建させました。秘密のナンバー2=実質トップは朝鮮人の金天海だったようです。

そして、ソ連が違法に抑留し、洗脳した日本兵を帰還させた事もあって、一時期の共産党は大きな勢力となりました。

しかし、朝鮮戦争で北朝鮮軍、中国軍と戦い、少しは目を覚ました米軍が馬鹿なやり方を改めたため共産党の拡大は止まります。シベリア抑留日本兵の大方も洗脳が解けた事でしょう。戦後、占領軍に迎合しようと共産党入りした知識人たちは、米軍が誤りを正したのを「逆コース」などと非難しました。国と国民のためになる事をすると難癖をつける今の野党と同じです。


共産中国の建国(現代の中国はあの時点で建国され、それ以前の歴史を否定し、踏みにじりはじめました。中国二千年などという駄法螺も、もう通用しません)、朝鮮戦争と、今に続く共産主義勢力の展開で東アジアの緊張が高まり、軍事を破壊された日本でも警察予備隊が設立され、自衛隊に発展しました。

ですが、自衛隊は手かせ足かせを課されています。今のままではまともな防衛活動も出来ません。法律がなかったり、邪魔をしているためです。自衛隊は超法規的に行動するのではなく、法律に従って活動します。今のままでは国を守るという目的を達成できなくされています。有事立法の整備は、国民にとって緊急の課題です。


近代日本における軍事と科学は、文明開化の核心でした。日本の文明開化とは、軍事と科学の発展の謂でした。

同時に、大東亜戦争によって西欧列強の植民地化によって踏みにじられていたアジアを解放するのは尊皇攘夷の大義でした。インドまでの東アジアを解放した事でその大義は半ばではあっても果たされました。科学の開化も申し分ないでしょう。破壊されたとは言え軍事の開化も一応は達成しました。残るのは、破壊された軍事の修復です。それは日本が国際社会で復権する事でもあります。

軍事的拡張主義冒険主義に走る、傲慢、かつ軽率極まりない共産中国によって緊張の高まる東アジアで、日本は、軍事を復興し、周辺の安定を維持し、文明を守らねばなりません。

同時に、これは近代日本の主題を終わらせる事でもあります。維新の完成とは、平和な東アジアの達成なのです。

中国の手先が、科学と軍事を攻撃し阻止を目論むのは、日本とアジアを、歴史の本道ではなく、袋小路に迷うこませようという意図あっての事です。

かつて西欧列強の植民地とされ苦しんだアジアが、今度は中国の圧政下に喘ぐ事となるのか、あるいは、日本と手を携え、平和と繁栄を手にするのか、これが現在の、歴史の分岐点です。そして、この分岐点は大きく太平洋の分岐点でもあります。太平洋が暗黒に閉ざされるのか、それとも、平和と繁栄と安定に開かれるのかは、大きくはありますが、答えのはっきりした問いかけです。



2021年8月2日月曜日

近代日本の主題と現在の課題

 日本の国粋主義は、よく誤解されていますが、排外主義ではなく、留学帰りが西洋カブれで薄っぺらな事を言い散らかし、日本を軽んじる反日傾向に対抗した思潮です。戦前の自由民権の思想でもあり、近代日本を良くしようという改革派でした。維新の完成という近代日本の主題に取り組んだ中でも重要な思潮ひとつです。

江藤淳が保守を作ろうとしていたのは、日本には保守思想がなかったからです。戦前の革新官僚が維新の完成を意識し、大正維新、昭和維新を唱えたのにも見られるように、近代に入ってからの日本のメインストリームは改革でしたし、それは今も変わっていません。

日本では改革がメインストリームで保守がない理由は、明治維新の未完にあります。明治維新は尊皇攘夷の徳川と尊皇攘夷の薩長土肥の戦いでした。どちらも尊皇攘夷なのに戦うというのはおかしいと感じる人もいるでしょうが、そうだったんです。割と近い関係にあると争いが起きやすいのかもしれません。薩摩藩などは、関ヶ原で負けたのが悔しく、「チェストー!」と叫んで江戸時代を過ごしたと言われていますが、それが維新の時に反徳川となって出たのかもしれません。ここは細かく理解するのは専門家に任せ、私たちは結果を受け入れて済ませましょう。

徳川幕府も、黒船の到来で、これは今までの通りではやっていけないと考え、改革を志向し、薩長土肥も改革を志向し、その方向は尊皇攘夷で概ね一致していたのが明治維新でした。

維新後、政府は近代国家を作るための改革に乗り出します。薩長が中心でしたが、優秀な人間がそれほどいるわけもなく、たいていは愚劣な連中でした。その手の人間にふれるのは字がもったいないので、やりません。自由民権派に対して、薩長を国権派と呼びますが、国権派の改革は概ね了解できるものだったと思います。ただ、色々と無理や横暴があったのも確かで、対抗勢力として自由民権運動が出て来ます。こちらの方では、自由民権運動と困民党運動が対立していましたが、細かな事情は不勉強もあってよくわかりません。まあ、主流は民権運動としておいていいでしょう。

明治維新で成立した近代日本の大きな主題は、維新の完成でした。国権派は日本の欧化をもって維新の完成を目指したと言っていいでしょう。それを国権の発動による強力な手法で行おうとしたのが国権派であり、それに異を唱えたのが民権派だったと見てもいいでしょう。改革という点では両者は一致していますし、その方向が欧化であるのは仕方のない事だという理解も一致していたと思います。その上での対立は、明治維新期の対立から来ているものだとする事も出来るでしょう。ここでは国権派と民権派の対立に踏み込むよりも、双方が改革派だった点を見ておきましょう。

明治以降、欧米列強に脅かされていた日本には改革の急だけが意識され、保守の余裕はなかったと言えるでしょう。その事情は大東亜戦争まで変わらなかったと思われます。

尊皇攘夷の攘夷論はアジア主義にもつながって行きますが、欧米列強からアジアを解放するとしたアジア主義は必然的に大東亜戦争につながります。

民権諸派と国権派が合同したのが大東亜戦争の大政翼賛会で、これが後の自民党になったと見る事が出来るかもしれません。

戦後、占領軍(連合軍=国連軍)によってやっと保護された日本共産党(連合軍に日本共産党の本部のソ連が入っていました)は、自分たちを「革命派」=革新派=改革派と自己規定していましたから、彼らが敵対する近代戦前期の日本すべてを保守としました。

そうした彼らの規定が、言葉の本当の意味とはかけ離れた無意味なものであった事は説明の必要もありません。彼らの「革命」はソ連に日本を侵略してもらい、占領後(略奪後でもあります)、ソ連の衛星国として、共産党に傀儡政権を作らせてもらう事でした。それをやりやすくする事、ソ連の侵攻・占領に道をひらく事が革新であり、改革の意味でした。確かにそういう「改革」と、近代日本の主題としての改革には意味の開きがあります。でも、自分たちが「改革」の本山だと取り違えた人たちには、改革が「保守」に見えたままでした。

現在のリベラル派も、共産党の派生ですから、本来のリベラルとはまったく趣を異にしていても平気です。おそらく不勉強で、元々のリベラルの意味は知らず、左翼の事をリベラルだと思いこんでいるのでしょう。

いや、最近は改革派として本流であるはずの自民党までが、共産党的な間違った言葉の意味で、自分たちを「リベラル」だとか言い始めています。よくも馬鹿が揃ったものです。

近代にあって日本を改革して来た人々、改革を担って来た人々は愛国者でした。彼ら先人は、根気よく、現実に向き合い、現実を改革して来たのです。口先ばかりで何も出来ず、混乱を撒き散らすだけの左翼とは違います。

「改革派」、「革新派」を標榜する左派は、自称としてその言葉を使っているだけで、未熟で馬鹿げた事しかしていません。時には、菅直人が原発を止めさせたような違法行為すら平然と行っています。

江藤淳はアメリカの大学で教鞭をとった人でもあり、勉強家でもあったため、世界をよく知っており、晩年は保守の創造に取り組んでいました。江藤淳は、日本に保守を望んだのでしょう。江藤淳の日本に保守がないという認識は鋭いものでした。ただ、維新の完成という近代日本の主題からすれば、保守は維新の完成の後にやって来るものです。まだ望むべくもありません。

日本のメインストリームである真の改革派は、黙って改革を進め、実行します。言葉だけの左派「改革派」は、改革を邪魔し、邪推し、誹謗し、止めようとし続けて来ました。極めて保守的で、変化を嫌う体質だからです。彼らの絶頂期から現在まで、ほぼ座して死を待つ状態で何もしないで来たのを見てもわかります。彼らは必要であり、自分たちのためになる現状把握、体質改善すらしないで、ひたすら「改革派」「革新派」の、無意味な看板だけを掲げてここまで来ました。実にバカバカしい連中です。

維新の完成=改革にとっての現在の課題が憲法の不備の改正である事は論を待ちませんが、同時に、民主党政権の負の遺物である原子力発電停止の終了と、原子力発電の再開である事も又緊急かつ重要な課題です。経済の大きな足かせとなっている、非科学的な原子力停止の解除すら出来ずに、憲法改正が出来るはずもありません。

尖閣への領土侵犯を繰り返し、台湾侵攻を目論む中国の野望を阻止するためにも、以上の国内問題の整理は緊急の課題でしょう。


2021年7月31日土曜日

カーネマンはコロナ禍をどう過ごしているだろうか?

日本の人口を、だいたいのところで 1億2536万人 ぐらいだ。コロナの累積感染者数は、2021年7月30日現在で 91万4776人だ。1億2444万人以上が感染していない。人口に占めるコロナ感染者の割合は 0.73%ぐらいになる。

これはこの1年半少々コロナ感染を防ぐために国を挙げて努力して来た成果なのだが、99%以上の人が感染していないという事が、今、対策の足かせになりつつあるかもしれない。99%以上の人にとってコロナに感染しなかったという事実が経験則となって、意思決定に影響を及ぼしている可能性がある。この経験則による意思決定をヒューリスティックと呼ぶが、この意思決定が合理的とは限らない。たいていは間に合うから使っているのだけれど、正しくない場合も多い。特にこのコロナ禍における行動の意思決定としては間違っていると言っていい。

それでも、99%の中の何割かの人が昨日まで平気だったからという経験則によって、それ以外の根拠などまったくないのに、今日も明日も大丈夫だろうと判断する。しかも、コロナ禍の経験は誰でも同じ、たった1年半ちょっとでしかない。その上、コロナは途中でデルタ株に変わり、感染率が高まっている。つまり、去年の経験則は役に立たない。しかし、多くの人がそれに頼って意思決定をし、外出し、人と会っている。ヒューリスティックは心地よく、酒も飲めるし、楽しく集まって騒げるからだ。

そして、そんな事をしてても、大丈夫な人の方が圧倒的に多いだろう。でも、1%は125万人だ。1年半ちょっとで0.73%の感染でこんなに辛かった。一気に1%の感染者が発生したら、医療は崩壊するだろうし、私たちは耐えられないだろう。


人は不合理な生き物であり、経験則で意思決定する事から逃れられない。

私たちは、自分が不合理だと自覚するよう努めながら、平時ではないコロナ禍を過ごすようにしたい。