2018年2月1日木曜日

タンパ・レッドの言葉

自分にできることをやれ。できないことは、考えるな」

 タンパ・レッドが、アーサー・クルーダップに言った言葉。(ウィキペディアのアーサー・クルーダップの項参照)

 タンパ・レッドはボトル・ネック・ギター奏法の名手として名を馳せたブルース・マン。アーサー・クルーダップ(あだ名はビッグ・ボーイで、アーサー・ビッグ・ボーイ・クルーダップ(Arthur "Big Boy" Crudup)なんて呼ばれたりする)はエルビス・プレスリーが憧れたブルース・マンで、エルビスのデビュー曲の「ザッツ・オールライト」はクルーダップの曲だ。「ロックン・ロールの父」とも呼ばれたが、不遇で、農業労働者として働きながら音楽活動を続けた。
 エルビスは、自分がクルーダップの境地に達したら、誰も聞いた事もない音楽が作れるのにと言っていた。エルビスはクルーダップの曲を3曲もとりあげている。

 プレスリーのバックボーンはゴスペルとブルースで、プレスリーが出現しなかったら、アメリカ音楽はカントリー一色になっていて、ブルースなんて知られる事もなく消え去っていたかもしれない。人種差別団体のKKK団(クー・クラックス・クラン)が、黒人音楽を広めているプレスリーを狙った事もある。

 出来ない事をなくそうなんて考えずに、出来る事だけに集中しろというのは、とても現実的でいい教えだ。何でも出来るなんてのに意味はない。リソースをどこに振り向けるかの決断はとても重要だ。
 昔、学校で抱負をと聞かれたから、得意な学科をもっと伸ばしたいと言ったら、これとこれが成績悪いから、先にそれを何とかしろとダメ出しをされた。罠だった。言わせといてそりゃないだろ。中学生はうんざりした。人の気持ちを台無しにする教師はとても多かった。どうも、教員というと軽蔑してしまうのはそんな体験からだと思う。あいつら、きっとみんな日教組だな。

 タンパ・レッドはいい。出来る事に取り組むだけだって大変だ。出来ない事になんてかまっている余裕はない。苦労人の言葉だ。



2018年1月31日水曜日

やはり生産性は低い気がする

 1日、手間な事をやっていて、明日も続けなければならない。いや、明日で終わってくれればいいなというのは願望だった。
 ここを抜けられると、少し楽になるのだけれど、まだ抜けられるかどうかわからない。
 何の話か、人にはわからないだろうけど、ただの愚痴だからつまびらかにはしない。



2018年1月30日火曜日

生産性の低い月曜日

 昨日夜更かししたので、今日は寝坊してしまった。
 生産性、極めて低し・・・

 京大の風車技術の先生が、電力会社の送電網について頓珍漢な事を言ったのを朝日が取り上げて話題になっているのを知る。朝日新聞はもう最初から救いようがないが、京大の先生もダメっぽい。ガンバレー、みたいな・・・

 ブレンダ・リーから始めて、タミー・ワイネットの「スタンド・バイ・ユア・マン」を聞いた。ワイネットの曲は、映画「ブルース・ブラザーズ」で、カントリー音楽をからかう場面で使われていた。映画のあれはカントリー・ミュージシャンの方が面白がったんじゃないかと思う。
 ワイネットはすごく好きな歌手だ。もちろん、ブレンダ・リーも大好き。昨日はダスティー・スプリングフィールドを聞いていた。「Only want to be with you」や「You don't have to say you love me」なんかだ。「You don't have to say you love me」は、プレスリーも取り上げたあの曲、「When I say I needed you~」と始まるヤツ。邦題は「この胸のときめき」だったっけ? 元はカンツォーネで、男性歌手が歌ってるから、エルヴィスが歌う方が正解かもしれない。でも、最初にスプリングフィールドで聞いたから印象が強い。
 スプリングフィールドは、ただのポップス歌手ではなくて、リズム・アンド・ブルースなんかもよく歌っていた。ああ、007の「Look of love」なんかも歌ってる。あれは凄くいい。邦題は「恋の面影」。バカラックの曲だ。バカラックって、あの人が音楽を手がけると、映画が豪華になる作曲家だった。もうそういう人はいない。

 この冬は寒くて、着るものが欲しいんだけど、ネットで探して、ちょっといいかなと思った服が、次の日にはサイズがなくなっている。もう考えてちゃ買えないみたいだ。寒いせいで、衣類が売れているのかもしれない。

 ああ、ダラダラと書いてたら、明日になってしまった。ええと、まだ29日の設定です。よろしく。



2018年1月28日日曜日

『「反原発」異論』を読んでいる

 吉本さんの『「反原発」異論』を読んでいる。長崎浩さんとの対談からはじまって、つい全部読んでしまっている。
 前書きを副島隆彦氏が書いているが、太田龍もどきのヘタな陰謀論よりも、はるかにいい事を書いている。感情的な人のようだから、自分を抑えて冷静に思考を進める事を学ばないとすぐに限界が来るんじゃないかと思うけど、ともかく、ここではいい所を見せてくれた。
 この本で、「反原発」の背景にあるマルクス主義が主題で、マルクス主義がダメだという認識は吉本さんも、長崎さんも同じだ。その上で、人類と科学の関わりをかなりの所まで、つまり、ここから先はないかもしれないという所まで考え、話している。
 全学連や全共闘は、長崎さんより猿に近かったんじゃないかな。

 吉本さんは、マルクス主義を否定するけど、マルクスは否定しない。
 ロシアで革命が起き、途中からのこのこと帰国したレーニンが、革命指導部に背後から襲いかかり、革命を乗っ取った後、マルクス主義は革命思想の主流となった。
 それまではアナーキズムが革命思想の主流であり、マルクスは知らない人の方が多かったし、マルクスを知る人には、マルクスを嫌う人の方が多かった。
 マルクスは、身勝手で頑固で偏屈で、人を見下していたから、嫌われて当然だったと思うが、異常なところがあり、人望のないマルクスが、思想的にも孤立していたのは性格的な問題ではなく、やはり思想的に魅力がなかったからだと思うのだが、吉本さんは、その、革命思想の主流になる前の変人マルクスさんの思想を評価している。
 その評価というのは見かけより大きな事だと感じるのだけれど、今は謎と言うしかない。ここで妙にわかったふりをすると、底の浅さがバレる気がする。
 ただ、革命以前のマルクスさんなら、福島を「フクシマ」と表記して、何もないのに何事かありそうな演出をするたぐいの連中や、わけのわからない反原発派を吉本さんと同じように「恐怖を組織する」者たちと否定しただろうという気もする。おそらく、もっと凄まじい罵詈雑言を投げつけただろう。

 マルクス主義など、もうどうでもいいものだが、科学の問題は興味深い。そこは、後で、吉本・長崎対談について考えてみる事にする。




2018年1月25日木曜日

長崎浩なんて、誰も読まないかも

 西部邁が自殺したというので、ああ、ブントがまた一人死んだなと思ったら、長崎浩を思い出した。久しぶりに読んでみようと思い、吉本隆明の『「反原発」異論』を読み直しはじめた。それと『乱世の政治論 愚管抄を読む』も読んでみようと思っている。



2018年1月23日火曜日

今日は朝から雪かき

 Eva Cassidy と Chuck Brown のデュエットを聞く。やはりいい歌手だ。
 チャック・ブラウンも歌上手いけど、エヴァも負けていない。それに、2人とも歌の解釈が高度で重層的な音楽を作り出す人たちだ。そんな事もあって、いい共演になっている。
 朝から雪かきで節々が痛むところを、楽にしてくれて感謝した。



アルバム名:
The Other Side

曲名:
    Let The Good Times Roll
    Fever
    You Don't Know Me
    I Could Have Told You So
    Gee baby, Ain't Good To You
    I'll Go Crazy
    You Don't Know What Love Is
    Drown In My Own Tears
    God Blues The Child
    Red Top
    Dark End Of The Street
    The Shadow Of Your Smile
    Over The Rainbow
    You're Changed


2018年1月20日土曜日

看護婦、いや、もとい、看護師

「看護婦と女房、どっちがいい?」
「考えるまでもなく、答えは決まっている。いや、これは先に答えの決まっている質問で、誘導尋問だ」





条約

「誰か、韓国は約束なんか守らないぞって、北朝鮮に教えてやれよ」
「大丈夫だろ。北が守るわけじゃないから」



フィンちゃん、またね

 ICANという、通信講座みたいな名前の団体のフィンさん、日本に来たけど、ウチの方でも前に佐藤栄作という人が同じ平和賞もらったんですよ。ええ、それで、日本は基本的にはその政策を受け継いでね、ここまでやって来たんです。はい。
 基本的にというのは、大体、自民党政権だという意味です。時々、間違って左翼が政権につきますがね、それが無能だし馬鹿ばかりで困ったもんなんです。おや、愚痴になってしまいましたね。
 とにかく、お互いに平和を望む者同士、また、ノーベル平和賞をもらった者と、その後輩という間柄です。仲良くしましょう。これからはフィンちゃんと呼ばせていただきます。
 あ、もうお帰りですか。それでは、さようなら。



2018年1月19日金曜日

頑張っても無駄かも・・・

 差別はどこの国、地域にもあるが、そのように一般化しないで言うならば、旧社会主義圏には、古い型の差別が強く固定されていた。これは統治のために意図的に放置したのかもしれないし、社会主義では差別などないという事にしてしまったために無理やり無いフリを続けたため、かえって酷い形で野放しになっていたのかもしれない、もしかしたら、近隣への侵略的な意図があって、軍事行動への共感を醸成するために政治的に差別の固定を計っていたなんて事もありえる。
 もちろん、各国の共産党の考えはソビエト・ロシアの共産党が、このように考えろと指示した通りの統制された思考だったので、ソ連には差別などないという隠蔽に、世界中の共産党が協力した。こうした画一性、宣伝を事実の上に置く党派的思考、嘘と隠蔽は共産党の体質と言っていい。その意味で、新左翼も共産党と同じ体質だったから、彼らの存在にたいした意味はなかった。
 そういう次第で、共産主義には差別が組み込まれている。
 現在、支那や北朝鮮では強い差別意識が政治的に醸成されていると考えていい。
 日本で言うなら、デタラメな反原発のために福島や福島の人々の差別を作り出したのは、それに近い人々を含めて、共産主義のやり口そのものだった。

 さて、もっと一般的な差別、誤解を恐れずに言うならば「自然」な差別(やはり少し恐れて言葉を足そう。差別する事が自然というのではなくて、どこにでもあるようなものとして歴史的に一定に定着した差別)は、相対的なものであり、流動的なものでもある。
 これは差別が社会的なものだからそうなる。何となく差別が普及し、何となく続く。常識というか、空気というか、コードというか、サブカルチャーというか、そういうものとしてある差別だ。
 こういうものを扱うのは難しい。どうしてかというと、よくわからないからだ。
 いつ始まったのか、なぜなのか、なぜなくならないのか、あるいは、なぜなくなるのか、全部わからない。色々と説明はあるが、これといったものはない。
 酷いのになると、日本人は差別が好きな、差別的だからだという乱暴な話まであった。これは支那の事例を出せばすぐに粉々になってしまう阿呆な言説で、左翼らしい、まったく話にならないしろものだった。そんな事で差別がなくなるなら誰も苦労はしないよ。苦労を知らない人は物事を台無しにするもんだな。
 なぜわからないかというと、ひとつには、差別をなくす事に性急で、そのための議論として語られるばかりという事情もあった。その型の議論だと、結論が先に決まっているようなものだから、発展などする余地はなかった。
 差別をなくそうという党派性が、かえって議論の深化を阻害したわけだ。
 また、問題が問題なだけに、今、そこにいる人が傷ついてしまう可能性があり、とりあつかいに神経を使わなければならない。そういう事も含めて、面倒臭いし、近寄らないのが一番だという、当然の判断があって問題が放置されたという事もある。
 差別は社会的なものだが、社会運動によってなくせるものかどうかはわからない。多くの人が、差別は嫌だな、なくなるといいなと思っているが、すぐにはなくならない。それは差別が無意識のものでもあるからだろうと思える。
 無意識と言えば、「差別は悪い事だ」と思う人がいるとする。これはあたりまえの話だ。そして、「悪い事だから、自分はしない」と考えるとする。これも気持ちとしては理解できる。だが、「だから、自分はしていない」と思い込むようになると、待てよ、浅すぎるだろうと言うしかなくなる。
 教員なんかにも、こういう人はよくいるが、社会運動をやっている人にも、この手がいる。無意識という事がわかってない。あまりにも簡単に考えている。で、それはソ連の嘘と一緒の運命をたどる。その人が意識せずに差別していた場合、それをなくすのは大変な骨折りになる。まず、ないはずのものがあるという所から始めなければならないのだ。こういう人によって、ゴールは余計に遠くなってしまう。
 文化を歌舞音曲だなどととらえていたら大間違いだ。階層的に歌舞音曲となって表出もするが、文化というのは、その社会なり共同体の成員の無意識としてある共通の感覚のようなものと、とりあえず比喩的にしか指し示せないもののようだ。
 差別は、かなりいい加減なものだが、意図的になくす事が出来るかどうかはわからない。そういうものだと考えるしかなさそうだ。
 だから、ほかの社会問題と同じく、政治的に、つまり、力で解決しようとしても効果は見込めない。社会問題を解決すると触れ込むたぐいの政治家は絶対に認めないだろうが、政治の効果は極めて限定的だ(政治に過大な期待をするのは後進性の現れだから、そろそろやめるべきだというのは、こういう理由だ。しかも、過大な期待を温存する後進性は、同時に利権などが絡む場所でもある)。しかも、日本では、共産党系、社民党系、新旧民進党系の政治家や活動家が生産的な結果をもたす能力がない事ははっきししている。
つまり、リベラルと目される人々にはほぼ何もできない。
 だが、本質的にあまり関係ない、そうした動向とは別のところで、今ある差別は、いつか、いつの間にか、何となく、よくわからない形で消滅するのではないかと思う。ひどく時間がかかるという大きな欠点はあるにしても、問題はこの形でしか解決しないのではないかと思える。



2018年1月18日木曜日

ジョン・オーツに舌を巻く

 John Oates の Bluesville Sessions を聞いて、完璧と言える出来栄えに舌を巻いた。ホール・アンド・オーツは好きなグループではあったが、それほど気にした事はなかった。若くはなくなってもハードロックばかり好きだったせいだと思う。
 それが、Bluesvills Sessions というアルバムタイトルに惹かれて聞いてみたら、負けた。
 Serchin' こう来るかぁ・・・All Shook Up 、来たぁ・・・
 解釈が面白くていいし、演奏力に問題があるはずはないし、凄いと言うしかない。
 で、つい、エルビスの All Shook Up 聞いて、やっぱ凄いと、もう一度尊敬したりした。

 ホール・アンド・オーツ、気にしてなかったって、俺、やっぱ、しみじみ浅かった・・・


アルバム名:
Bluesville Sessions

 曲名:
 Mississippi Mile
 Searchin'
 Come Back Baby
 It's Alright
 All Shook Up
 Please Send Me Someone To Love
 Something You Got
 Deep River
 Sittin' On Top Of The World
 He Was A Friend Of Mine
 Dance Hall Girls
 Maneater

嫌な感じ

 黒塗りで物議をかもし、ダウンタウンは美味しい思いをしているけど、騒いでる人たちは、文化的文脈を理解していない感じがあるな、おやおやといったところから、段々とおかしくなって来て、硬直した普遍主義を振り回し抑圧的に振る舞いはじめているように見える。
 そういうのは嫌な感じしかないなぁ・・・





いくつかの記事を追記しました

 ここのところのアップで、バンドの事を書いてましたが、バンド名だけじゃ素っ気なさすぎるので、アルバム名と曲名を追加しました。



The Jive Aces

アルバム名:
 Amazing Adventure
 It's Skiffle Time
 King of the Swingers


 :It's Skiffle Time
  曲名:
  Mama Don't Allow
  Uklele Swing
  I'm Satisfied With My Gal
  Mr. Sandman
  Get Me to the Church On Time



Earl Seratte & The Blues Kings

アルバム名:
 Verite

  曲名:
  Why Don't You Love Me
  She Walks Right In
  Walkin' In Your Sleep
  That Girl
  Complicated
  4:59 In The Morning
  Just A Little Bit
  Bendin' Like A Willow Tree
  Walking By Myself
  Keep On Movin'
  Don't Drink The Water



The Dixie Tabernacle

アルバム名:
 Nashville Swamp

  曲名:
  Sixty Five Days
  Taht Aint Right
  Aint Living Long Like This
  Supply and Demand
  Shake a Log Mama
  Something Else I Don't Need
  Creeper (a True Story)
  Waiting On You
  North Little Rock Blues
  It Was All a Lie
  The Long Goodbye




2018年1月17日水曜日

The Jive Aces もいいよ

  T Rex 以後の英国の音楽はあまり聞かないのだけれど、もちろん、いくつかの例外はあって、The Jive Aces はよく聞く。何だか、ポピュラー音楽の老人市場にぴったりはまってる気がするけど、しかたがない。ウインウッドとクラプトンのマディソンスクエア・ガーデンのライブを聞いて、ああ、ブラインド・フェイスよりいいかもなんて感想を持つんだから、マーケターの狙い通りに反応しているのは確かなんで、どうしようもない。
 で、The Jive Aces もいいよ。



以下のアルバムを聞きました。(2018/1/18 追加)
アルバム名:
Amazing Adventure
It's Skiffle Time
King of the Swingers

曲名が多くなるので、曲数が少ない、そして、「時間通りに俺を教会に連れて行ってくれ」という、大好きな曲が入っているという2つの理由で It's Skiffle Time というアルバムの曲だけを紹介します。「Get Me to the Church On Time」は「マイ・フェア・レディ」というミュージカルの中の曲です。

Mama Don't Allow
Uklele Swing
I'm Satisfied With My Gal
Mr. Sandman
Get Me to the Church On Time

2018年1月16日火曜日

Earl Seratte & The Blues Kings いいよ



 Earl Seratte & The Blues Kings。
 名前の通りブルースバンドで、昔風に言うならブルーアイド・ブルースとなるのかな? ポリコレだとどう言うか知らない。要するに白人バンド。いいです。

以下のアルバムを聞きました。(2018/1/18 追加)
アルバム名:
Verite
曲名:
Why Don't You Love Me
She Walks Right In
Walkin' In Your Sleep
That Girl
Complicated
4:59 In The Morning
Just A Little Bit
Bendin' Like A Willow Tree
Walking By Myself
Keep On Movin'
Don't Drink The Water





2018年1月15日月曜日

The Dixie Tabernacle がいい

 The Dixie Tabernacle というバンドがとてもいいのだけれど、CDが売られていない。スポティファイにも登録がない・・・バンド名は、南部の幕屋という意味になるのだろうか、音楽は、おそらくスワンプ・ロックというのだろう、素敵なブルース・ロックだ。


以下のアルバムを聞きました。(2018/1/18 追加)

アルバム名:
Nashville Swamp

曲名:
Sixty Five Days
Taht Aint Right
Aint Living Long Like This
Supply and Demand
Shake a Log Mama
Something Else I Don't Need
Creeper (a True Story)
Waiting On You
North Little Rock Blues
It Was All a Lie
The Long Goodbye

2018年1月11日木曜日

しかたがない。来るなら戦おう

 北朝鮮か支那が(もしかしたらロシアもかな)日本を攻撃し、攻め込んで来たら降伏するとか、逃げるとか言っている人がいるようだ。考えてみよう。

 北朝鮮、支那、ロシアの軍隊の場合、略奪、強姦、虐殺といった事が行われる可能性が極めて高い。おそらく、やると考えておくべきだ。また、降伏を受け入れず、攻撃を行う可能性もわりとある。ロシアなどは、シリアでの行動をリファレンスすると、非戦闘員と戦闘員の区別はしない。
 つまり、降伏すれば、運良くそれが受け入れられた場合でも、略奪、強姦、虐殺の憂き目にあう。女性や子供の場合、さらに人身売買の商品にされる可能性がある事もつけくわえておく。

 つまり、降伏するよりは戦う方が生き延びる確率は高い。

 次に、逃げるという選択だが、戦う事に退却は含まれているのでそこは除外して、ただ逃げるという選択を考える。
 いつ逃げるかによるが、攻め込まれた時点で逃げる事を選択したとすると、相当な資金を持っていなければ逃げられないだろう。円が下落していた場合、別の通貨か金、あるいはダイヤモンドといった物が必要になる。
 つまり、金があるなら逃亡は選択肢になりえる。
 で、飛行機に乗れた場合はいいかもしれないが、船しかなかった場合、太平洋横断をしなければならない。翻訳でいいからレヴィ・ストロースの『悲しき熱帯』の最初の方を読むと、たかが大西洋を渡ってアメリカに行くだけで大変な思いをしている。船は考えない方がいい。
 さて、飛行機で逃げられる人は逃げればいいが、おそらく庶民は飛行機に乗れないだろう。つまり、逃亡という選択肢は狭き門なのでこっちが選択しても、弾かれてしまう可能性が高い。

 生き延びたければ戦うしかない。
 これは好戦的とか違うとか、そういう問題ではない。選択の余地などないという事だ。
 危機になると韓国の金持ちは子供をアメリカに留学させるという。北朝鮮軍の虐殺を恐れての事だろう。
 今の危機を危機と感じ、選択できるうちに逃亡を選択したいなら、日本で発言などしていないで、さっさとどこかに行ってしまう事だ。
 日本にいて、逃げるだの降伏するだのと言っているのは、結局、意匠でしかない(ここで、意匠はかつての小林秀雄と同じ意味あいで言っている)。

 危機管理とは、今のうちに逃げてしまうといった事で、結果として危機が発生しなくても管理は成功したとなる。何かが起きてからドタバタともみ消しをはかるようなのは危機管理と言わない。何も起きないように、あらかじめ手配りをしておくのが危機管理であって、なかった事にするのではない。
 昔風に言うと、そこんとこよろしく。



2018年1月10日水曜日

北朝鮮選手団、素直にドーピング検査受けるかね

 平昌オリンピックに参加を巡って韓国と北朝鮮が会談やってるけど、あれってオリンピックと政治が一緒くただよな。
 まあ、構わないんだけどね。

 しかし、もう、韓国ってどうでもいいね。関わり合いにならない方がいいだけだね。



2018年1月8日月曜日

最近は放っておくんだけどね

 探検隊を捕まえた人食い人種が、探検隊を煮る鍋をかけた焚き火の周りで、槍を持って踊ってるのって好きだ。探検隊は、たいていイギリス人かフランス人だが、どちらが食通をうならせたかの記録は見た事がない。人食い人種のレポーターの女が、一口食ってすぐに「うーん」と無理に声を出し、「フランス人はまったりとしたコクがありますね」とか「英国人は食感ですね。とても歯ごたえがあります」とかやると、今のテレビになる。
 ところで、日本に一番近い人食いの食文化って、支那のものなんだよね。
 多文化って言うけど、この食文化も多様性に入るのかな?
 表面つら物分りの良さそうな顔してる奴ら、食われてもいいな。
 つまり、多様性なんか認めない人たちを、多様性の名で認めるというのは、矛盾でしかないけど、その矛盾を指摘する事を頑迷さの現れとして退けるのは知的な荒廃だという事で、つい、馬鹿は引っ込んでやがれと言ったりしてしまうが、それは一見上品そうなみかけで知的荒廃というか、知的認知症というか、薄らボケを誤魔化すのが見てられないからだ。
 これは多文化主義に限った事ではない。

些細な話なのだが

 お湯にうまいまずいがある。
 電子レンジで沸かしたお湯はまずい。
 電気ケトルのお湯もまずい。
 ガス台で沸かしたお湯はうまい。

 お茶やコーヒーを入れる時にはガス台で沸かしたお湯の方がおいしい。
 電気ケトル屋さんは、ただ水を高温にするだけでなく、おいしく沸かす機能を工夫したらいいと思う。



2018年1月6日土曜日

本質を欠く礼を何と表現するのだろうか?

` 池坊の膿婆ァが「礼」を欠いていると貴乃花を批難したそうだ。
 さて、どうだろうか?
 暴行があった。これは刑事事件だ。相撲協会の内規よりも法が優先されるべき事態だ。貴乃花は規範通りに行動した。
 貴乃花には、相撲協会に対する不審があった。暴行事件をうやむやにされてしまう危惧があった。そこで協会の手を触れさせない方向に持って行った。
 おかげで、私たちはその後の成り行きをかなり知る事が出来た。
 ここは強調しておきたい。貴乃花がああした行動に出なければ、事件そのものがなかった事にされた可能性すらあるからだ。
 そして、事態の推移から、相撲協会、危機管理委員会、そして、評議員会といったものが、気味悪く癒着している臭いを嗅いだ。
 貴乃花に対する処分は、貴乃花の危惧が当たっていた事を証明したと言える。

 池坊膿婆ァは、貴乃花が八角理事長からの電話に応答しなかった事を「著しく礼を欠いている」としているが、貴乃花はやり取りをすべて文書で行う事として証拠を残し、後で言った言わないの泥仕合になる事を避けた。
 貴乃花は相撲協会に不審を持っており、その不審を理由として危機管理委員会による弟子の聴取に応じない姿勢をとった。つまり対立があったわけだ。
 対立を前提としているのだから、貴乃花の行動は礼にかなっている。証拠の残らない所で脅しでもかけようとしたのか、安易に電話をかけてくる八角の方が礼を失しているのだ。
 また、大きく、貴乃花の行動は相撲に対する礼から一分も外れていない。それに比べて、相撲協会、危機管理委員会(しかし、笑わせる名称だ)、評議員会には、無理を通して道理を引っ込ませてでも現状を維持しようという欲があるだけだった。「礼」などとよくもまあ言ってのけたものだ。

 池坊膿子の言う「礼」というのは、形骸化して中身のない、その本質とは正反対で誠のないシロモノでしかない。
 何かね、池坊の流儀ってのは礼なんかどうでもいいのかね? たいしたもんだね。




2018年1月4日木曜日

池坊の糞ババァ、ウミを出すって、てめえが膿だぞ

 日馬富士の暴行事件から始まった相撲協会の騒動、貴乃花親方を理事解任したけど、相撲協会、腐りきってる感じがする。
 それと、危機管理委員会、何だか薄汚い。おまけに、あの池坊の婆ァ、ありゃとことん糞ババァだな。
 何だか、大好きな相撲、嫌いになっちゃって来たな。



四文字言葉 マルクス

 マルクス主義を信じる人たちは、1989年に最後のチャンスを得た。これはソビエト・ロシア崩壊おめでとうの200%引きバーゲンと言うべき大サービスだった。だが、それで反省し、マルクス主義を捨てなかった人たちがいた。検証能力がなく、また怠惰、かつ鈍感、あるいは単に頭がおかしかったのだろう。
 ソビエト・ロシアでも、支那でも、東欧でも、北朝鮮でも、マルクス主義が人に強制と暴力と死と不幸をもたらす厄災であり、しかも、それが好転する見込みはまったくないという事実は明らかだったのに、何も感じない人たちがいた。
 マルクス主義とその影響下にとどまった人はまったくの馬鹿か、人類に害を及ぼしたい悪意の人か、とにかく異常者だと判断する以外にない。
 マルクス主義は出来もしない事を出来ると思い込み、あげくに失敗に失敗を重ね、歴史を後退させ続けた。マルクス主義を信じる人、何となくいいと思っている人たち、つまり、そのシンパもふくめた左翼は、今にいたるもせっせと人類の足を引っ張ろうとしている。まったくタチが悪い。
 まあ、それ以外、マルクス主義に出る幕はないのだから自然の成り行きではあるが、邪魔だし、困ったものだが、社会主義国ではないので、収容所に入れたり、殺してしまったりするわけにはいかないので、困り続けるしかないのだろう。
 今、日本で停滞していたり、形式主義だったり、不効率だったり、統制的だったり、風通しが悪いのは、左翼が浸透した部分だ。役所などにはけっこういる。
 そういう部分を見て、それを「日本的」だとか、「社会主義」だとか言う人がいる。
「社会主義」であるのは、左翼が浸透した部分だからその通りなのだが、それを「日本的」だと言うのは誤解だ。それはシロアリの巣を見て、それを家だと思うのと同じだからだ。
 シロアリの巣などどしどし駆除した方がいいのだが、シロアリというのは例えで、本当は人間なので乱暴は出来ない。まったくやっかいなのだ。
 ここでは、投票による多数決という民主主義を毛嫌いするくせに、「民主的」とだけはやたらと口にするリベラルや、過去にしがみつき、現在に背を向ける「進歩派」などもふくめて、左翼をマルクス主義に入れた上で言うが、少なくとも日本では、「マルクス」は四文字言葉だ。

2018年1月2日火曜日

small talk:2017年を振り返って

「めずらしく去年一年を振り返ってみた」
「そろそろお迎えが近いか・・・で、どうだった」
「一番感じるところがあったのは内山高志の引退だった」
「ボクシング選手だな」
「そうだ。長い間チャンピオンだったが、先一昨年(2015)、ジェスレル・コラレスというパナマの選手に負け、一昨(2016)年の再戦でも勝てず、去年(2017)に引退した」
「確か、そのコラレスという選手、一度計量に失敗するとか、この体たらくで大丈夫なのかという印象だったな」
「そうだ。だからまさか内山が負けるなんて誰も想定していなかった。内山はボクサーとして最高峰に立っていると誰もが感じていた。それまでの試合内容がずば抜けていたんだよ」
「コラレスとは格が違うと思っていたわけか」
「まさしくそうだ。だから負けた時、何が起きたのか、まったくわからなかった」
「それで、続けて同じ相手と再試合したんだな」
「再試合については、チャンピオンが挑戦者の国に来て試合をしたという点でコラレスは賞賛されていいと思う」
「何だか頼りないだけじゃなくて、いいところもあったわけだな。で、試合は」
「うん・・・コラレスは逃げ回るんだよ。内山がそれを追う。何も知らずに見ていたら、内山がチャンピオンだと思っても不思議ではないという内容だった」
「だが、追い詰めきれなかったのか」
「おそらく、追い詰めたと思った瞬間、相手の術中にはまっているという感じになるような相手だったんだと思う。内山もうかつには飛び込めなかったんだろう」
「逃げているのか誘っているのかわからないわけだ」
「俺たちからすればチャンピオンらしくない戦い方だが、あっさりと否定されてしまったね」
「弱い選手というわけではないんだろ」
「当然だ。今はもうチャンピオンではないが、内山以外にも防衛している」
「だが、横綱相撲ではなく、実を取る戦い方をするわけか」
「そうだ。例えて言えば、内山は最強の正規軍でコラレスは中南米のゲリラだった」
「非対称戦だな。正規軍が苦手とするのが対ゲリラ戦と言われている」
「それだ。内山は、前にも妙な戦い方をするフィリピンの選手相手に手を焼いた」
「聞いていると、本来なら避けるべき相手と戦ってしまったように思えるね。戦略的な過ちだ」
「どうしてもやらなければならないなら、勝てる戦術を取るべきだったという事か」
「ああ、一本調子だったんじゃないのか」
「戦略がなく、戦術的に柔軟性に欠けるというのは日本の問題とされる所だな」
「日本はオペレーション・リサーチでもかなり遅れを取っているからね」
「内山の引退とそういう事がつながっているという事か」
「うーん・・・かつての三矢研究で想定された事態が現実味を帯びて来たんで、話がそう流れたとも言えるし、どうかはわからないが、考えてみても無駄ではない所だとは言えそうだ」
「ともかく、大晦日に内山の試合がないというのは寂しいものだったよ。超一流の選手の引き締まった試合で一年を締めくくるのはいいものだった」


2017年12月23日土曜日

small talk:カラオケ昭和歌謡

「ちょっと前の毎日新聞に柄谷行人のインタビューが掲載されてた。憲法9条の話だった」
「毎日新聞2017年11月27日、東京朝刊の「そこが聞きたい 憲法9条の存在意義 ルーツは「徳川の平和」 思想家・柄谷行人」というインタビューだ。ひどいもんだったね。柄谷行人て、ありゃ、馬鹿だったんだな」
「柄谷行人というと、こっちもちょっと構える所があって読んだんだが、この人、この程度だったのかと情けなかった」
「宮台あたりだったら、どうせチャラチャラしてるんだから読まなくてもいいかとなるんだけど、とりあえずこのくらいなら読んどかないととは思って読んだ。だが、いちいちあげつらう気にもならないような内容で、呆れるというよりも心配になった」
「わざと宮台なんかの名前を出すなよ。あれは誰でも馬鹿だと思ってるんだから」
「柄谷の憲法9条の存在意義のインタビューを読んで、東大全共闘を思い出したよ」
「あいつらの何をだ?」
「安田講堂の攻防の時、他の大学から来た連中が機動隊とぶつかっている時に、東大の連中は歌を歌ってたという話だ」
「ああ、外人部隊だった連中はよくボヤいてたな。いかにも東大生らしい話だ。で、柄谷の言ってる事は、その歌みたいなもんだと言いたいんだな」
「そういう事だ。それで考えてみたら、今は取っ組み合ってる連中はいなくて、みんなで歌歌ってるだけだと納得した」
「だったら、柄谷だけじゃなく、あいつら、みんなカラオケ教室にでも行った方がいいな」
「ああ、その通りだ。頑張って昭和歌謡を稽古するといい」
「昔は憲法なんて踏みにじって、天皇制打倒とか言ってたくせに、旗色が悪いとなると9条でございって、原則も何もない連中だ。何が「9条の会」だ」
「柄谷も含めて、めでたくやってりゃいいよ。もう邪魔ですらないんだからさ」



(毎日新聞2017年11月27日 東京朝刊)

2017年12月22日金曜日

一番腹減るのは何歳ぐらいかな???

僕は二十歳だった。 それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとは誰にも言わせまい。
 というのは、フランスの作家ポール・ニザンの作品『アデン・アラビア』にある言葉だけど、この言葉に触れてわざわざ

人生でいちばん美しい二十歳

と言った人がいそうな気がする。

そうだね、せいぜい7番目だね

なんてのもありだね。

 ポール・ニザンはエマニュエル・トッドのお祖父さんだけど、ちゃんと読んだ人は少ないらしい。
 まあ、青春が美しいとかどうとか言われてもね、ただ若いってだけで美とかあんま関係ないからね。



2017年12月14日木曜日

あの日の後

 震災の後ちょっとして、獣医さんからパニックになった犬や猫への鎮静剤の投与で忙しいと聞いた。
 当日、一匹だけでマンションの留守番をしていた猫が、怖がってマンションにいたがらないので猫を連れて実家に帰った女性の話は、別の所で聞いた。
 その頃飼っていたウチの猫は平気だったので、あの時、人が一緒にいたからだろうという話になり、あんたでも役に立つことがあるんだねと、女房に妙な感心をされた。

 福島の原発が停止に失敗した事故で、あれだけの大地震で事故はたったの一件で、他の原発は無事停止して安全を示し、しかも、事故を起こした福島でもその程度はさほどでもなく安心したが、難癖をつけて騒ぐ連中はいるだろうな、嫌だなと思っていたら、やはり左翼と新興宗教が騒ぎはじめた。
 驚いたのは、その騒ぎが影響力を持ってしまった事だった。犬や猫も鎮静剤を必要としたのだから、パニックを起こした人たちが、闇雲な恐怖心から馬鹿げた行動に走ったのも自然かもしれない。その影響力までは測れなかったが、そういう事が起きるのは予想できたという意味でも、あたりまえの成り行きだったのだろう。

 脱原発は、原発事故への反応というよりも、震災のショックに根を持つように思えてしかたがない。脱原発は、観念的に科学を否定し、文明を否定する考え方で、それを選択したという事は、日本では、非常に偏った情報空間に生きる事を選択したのと同じ意味を持った。情弱というのは、そうした選択をした人たちと言ってもいいかもしれない。
 脱原発をしかけた左翼は、日本を否定し、北朝鮮や支那の味方をしたい人たちで、支那や北朝鮮の核兵器や原子力発電、科学や統制社会、言論弾圧、軍国主義などは肯定しているから、情弱層を作り出さなくては嘘が通用しない。情弱の罠は脱原発が入り口だったと言える。そして、そんな罠に引っかかってしまったのは、震災の恐怖と、あまりに大災害で錯乱していたからだ。犬や猫までがパニックに陥ったのは、その恐怖や錯乱が根源的だったからだ。
 でも、実際は文明の中でしか生存できないのだから、いつまでも恐怖という自然に縛られているわけにはいかない。時間はこっちの味方だよと歌う "Time is on my side" は、いい曲だなと改めて感じたりもする。




311、あの日に 5

 東日本大震災の日・・・

 家にいた。グラグラと揺れはじめた時、あ、地震が来たなと思った。いつもなら、その思ったあたりで揺れが収まるのだが、そこから激しかった。
 ドンと縦に揺れた後、グラグラと横揺れがあったように感じた。
 驚いて、テレビをつけた。それから、数日間、インターネットとテレビに釘付けになった。
 余震が断続的に続いた。落ち着かないと言ったらなかった。

 その頃、群馬県の館林という所で仕事をしていた。東武伊勢崎線で通っていたのだが、数日間、電車が不通になった。電話も通じない。毎日、何度も電話をかけ続けた。
 勤め先の事務の女性は、あの日の夜、ご夫婦で牛丼を食べに行ったら、もの凄い人でかなり並んだと言っていた。
 群馬あたりだと車で出る。揺れが続く中、人のいる場所に行きたかったのかもしれないと思って聞いていた。
 その後、ガソリンが値上がりしたのか、地元の人たちは、どこでガソリンが買えるといった話をしていた。

 電車や駅で、どこかに届けるのだろう、沢山のヘルメットをかかえている人を何人か見かけた。そんな人をぼんやり見ながら、ああした物も売り切れになっているだろうから、買える所で買って、必要な所に持って行くのかもしれないなどと思っていた。のんきなヤツだった。

311,あの日に 4

 東日本大震災の日、あるガス設備屋さんは・・・

 セミナーで品川の東京ガスにいた。
 揺れた後、屋上に避難するよう指示され、屋上に出た。
 高速道路が見えた。火を吹いている車がいた。
 その後、解散になり、仲間と駅に向かった。
 途中の商店街では、どの店も無料で通行人に飲み物を配るなどしていた。
 電車には乗れなかった。ホテルに行ったが満室だった。
 カラオケに飛び込んだら、運良く入れた。
 家族に電話をしようとしたが通じなかった。
 朝までテレビを見て過ごした。

 翌朝、かなり遠回りすれば帰れそうなので電車に乗った。



2017年12月13日水曜日

311、あの日に 3

 東日本大震災の日、ある主婦は・・・

 掃除をしに実家に行っていた。
 揺れた後、これは家に帰ろうと決めた。
 バス停に行った。若い男が一人いた。
 バスは来なかった。
 しかたなく歩いて家に向かった。
 途中、隅田川が逆流しているのを見て、怖かった。

 

311、あの日に 2

 東日本大震災の日、ある呉服屋さんは・・・

 最初の揺れがおさまってすぐに、とにかく食べ物を手に入れようとコンビニに行った。
 もう何もなかった。棚が空になっていた。
 電車が止まったというので車を出し、従業員を家に送り始めた。
 道路は混雑しており、ほとんど動かない場所も多かった。
 朝までかかってみんなを自宅に送り届けた。

 コンビニの棚が空っぽになった光景が忘れられない。



 

2017年12月12日火曜日

311、あの日に

 東日本大震災の日、牛丼屋さんで働いていた人は・・・

 交通機関が止まり、帰宅できなくなっていた。店は営業を続けていたので、そのまま働いていた。どんどん客が来て、しばらくすると食材が底をついた。
 店を閉め、従業員全員で別の店舗に移動した。
 その店にも客がつめかけていた。その店でも応援として接客した。
 また、食材がなくなった。再び、別の店に行った。
 こうして、小さな店舗から大きな店舗に向かって移動して行った。客は切れる事なく、どの店もいっぱいだった。
 朝まで働き、電車が動くようになったので帰宅した。

 ある店で、みんなに慕われているおばちゃんが、若い店員を心配して、食べ物を持って、自宅から店に自転車でかけつけたという話を後で聞いた。



2017年12月11日月曜日

科学が到達していない場所

 東日本大震災の衝撃から抜けられない知人が、除染が進んでいないと、その進行の遅さを嘆き、安倍首相を批難していた。
 その姿は、古くからの庶民の像そのものであり、ある種素朴でもあった。
 少しうんざりしながら、安倍政権が批判されるとしたら、非科学的で無意味な除染を続けている事だと思った。
 除染などやめ、さっさと安全宣言を出し、こんな問題ですらない問題を終わりにし、原発を再稼働させればいい。それが最良の方法だというのはわかっているはずだ。
 そうでないとしたら、延々と除染を続け、何十年も、いや、百年以上も無意味な作業を続ける事になる。いくら馬鹿げていても、行政はやるとなったらやるだろうが、やったからといって意味が発生するわけではない。
 日本の足を引っ張る事にだけ血道をあげる日共にかぶれてしまった人たちのために、馬鹿な事を放置する必要はない。さっさとケリをつけた方が彼らが熱病から覚めるのも早いのではないか・・・
 などと、そんな事をつらつら考えながら、この私の考えは知人とは正反対に見えるのだろうなと、その事実にいつも通り少し困りつつ、話が終わるのを待っていた。
 その日は、色々なものが終わるのを待っていた。
 その後に期待しているものがあったためだ。
 震災以来、こんな場面が多い。



2017年12月9日土曜日

政治に関心があるなんて、不幸なだけの話だ

 東日本大震災時の原発の停止中断事故で起きた事のひとつに、多くの人が感情によって政治的になり、日共や左翼(つまり、マルクス主義カルト)や宗教カルトの勢力拡大に簡単に加担してしまうという現象があった。
 言い方を変えれば、政治は感情によって動いてしまうという事だ。
 とりわけ、左翼は二言目には「怒り」を持ち出して人の感情を煽ろうとする。彼らの政治運動の中身は感情とグロテスクな進歩意識から出て来るものだ。
 感情に左右されるというのは政治のありようとしては原始的というか、野蛮な状態と言える。感情に左右されてしまうと、政治は簡単に暴力を呼び込む。感情的になって、暴力に流れてしまうわけだ。
 そこを越えて、政治に理性を据えるとする。これは見方を変えると、利害の問題となる。利害の調整を政治の役割とするのはこの段階にあたる。
 感情に左右される、原始的な政治のありようを、別の見方から見れば、理想主義的な政治ともなる。政治に理想の追求を求めるのは、利害を度外視する事にもつながる可能性がある。この場合、利害は理性だから、理性を振り捨てて感情のままに振る舞う事を政治に許す結果となる。
 理想主義の究極は神聖政治で、造物主たる神のためには、被造物たる人間の生命存在など無に等しい事になって、いくら人間が死のうとも神のためには惜しくなどない。これは一神教にとって当たり前の話であって、実際、歴史にあって何度も繰り返されて来た。
 現在では、聖戦などと言ってテロを繰り返しているイスラム過激派が理想主義的な政治を実行している。
 このように考えて行くと、理想主義的な政治よりも、せせこましく、汚れた利害の政治の方が理性的であり、よりまっとうだと見るしかない。
 多数の利害に沿った政治が行われるのが民主主義だとすれば、そこに民主主義のいい所がある。そこに、組合などを通じて、党派的な理想などを持ち込んで利害をそっちのけにする行為は、共産党や社民党によって行われて来たが、理性的に見れば、そうした行為は民主主義にとってのノイズでしかない。また、理性ではなく、理想=感情に左右されているという意味では、政治の反動的なありようでもある。

 信仰や理想は、個人の自由の範囲にあるべきもので、それが社会性を持つところまでは許容範囲になりうるが、政治との区別を見失うと有害だ。

 今のところ、政治は感情で動いているようなので、こんなものにつきあうほど根気のある人以外にはオススメできる代物ではない。興ざめするほど馬鹿馬鹿しいものだ。
 若い人は、政治などに興味を持たず、恋愛や遊びや趣味に力を注ぐのがまともだと思う。不満の毒を吐き散らす妙な人たちは避け、嫌だなと感じながら避けているのが、人生の積極性だ。


2017年12月8日金曜日

ジャズと演芸、あるいは、電撃戦と比島決戦、そして、朝鮮戦争


 イメルダ・メイからメイつながりで、ウナ・メイ・カーライルを思い出した。
Una Mae Carlisle という綴りだから、ユナと読む人もいるが、ウナでいいと思う。
1915年生まれで、1956年死亡だから、41歳という若さで亡くなった事になる。
10代の時から、ファッツ・ウォラーなんかに引き立てられて歌っていたらしい。作曲もするし、ピアノも弾く。でも、やはり歌が抜群にいい。とても個性的な歌唱で癖になる。
「Blitzkreig baby」(電撃戦の可愛子ちゃん?)という曲が最初に気に入ったが、ドイツ軍をからかった戦意高揚の曲なのだろうか、

電撃戦ベビー、あんたは私を爆撃できないわよ
 こっちの言い分は当たり前なんだから
こっちが銃をとったら、あんたは目の前からいなくなっちゃう
電撃戦ベビー、あんたは私を吹き飛ばせないわよ
電撃戦ベビー、かわいいね
 みんなあんたのパラシュートを着て、
さあ、政治宣伝しよう
電撃戦ベビー、あんたは私を爆撃できない
そうだとしたら、日本ならさしずめ「比島決戦の歌」みたいなものだ。
 また、この話になるが、東京コミックショーは、出し物にまぎれて将校クラブで米軍相手に「比島決戦の歌」を口ずさんでいたという。
「これ聞いてたあいつら、みんな朝鮮で死んじまった」
 ショパン猪狩はこんな風に言ってた。
 笑えるけど、悲しくて、戦後の薄暗さを感じる、何とも言えない瞬間だった。

 話はかなり外れてしまったけれど、ウナ・メイ・カーライル、いい音楽家だから、機会を作って聞いてください。スポティファイに入っていて、無料で聞けます。

「una mae carlisle」の画像検索結果

イメルダ・メイの "Life Love Flesh Blood" がいい

商品の詳細
 前から好きだった歌手イメルダ・メイの新作(2017)「Life Love Flesh Blood」が素晴らしい出来だ。日本語に直訳すると「生、愛、肉、血」となるタイトルだが、「生命、愛、身体、心」という感じに読めばいいのかな?
 歌唱力は抜群で、特徴のあるいい声で注目していた。ロカビリーなんかやってて、凄く可愛かったのが、もうお姉さんになってしまった。
 それでだろうか、声の特徴は少し引っ込んでしまって残念だが、歌唱力は深みが出てきた。曲もいい。
 何だか嬉しい作品だ。


2017年12月6日水曜日

不可能は誰に対しても平等であって、努力する人にもしない人にも同じく不可能だ

 例えば、政治がうまく行っていれば、誰でもがフーリエ解析を理解できるようになるといった事は起きない。まったく別の系に属する事柄だからだ。
 ならば、どうして政治に、例えば幸せを求めるのだろうか、幸福という主観的な価値観は個人的であり、政治がそれをどうこうできるなどありえない。
 政治的な問題があって、国民が政治的不平等下に置かれているといった不幸に陥っているのならば、例えば北朝鮮や、ソビエト崩壊前のロシア、東欧諸国、あるいは、大躍進や文化大革命時代、毛沢東指導下の支那などを想起すればいいと思うが、その場合はソビエト崩壊に匹敵する変化が必要だが、ソビエト崩壊がKGB(現FSB)という巨大政府秘密機関が計画立案実行した行動だったように、政治的不幸に陥った国家において、その不幸を解決する方法は、必ずしも民主的な方法、つまり選挙によって解決できるものではない。いや、政治的不幸の状態にもよるが、最もその解消を必要とする状態であればあるほど解決方法も解決能力も、国家内のどこにも存在しない可能性すらある。

 肥大化した社会保障制度、産業の国有化による不効率、既得権確保にのみ走る組合といった問題で「病人」と呼ばれたかつての英国は、民主的な選挙でマーガレット・サッチャーが政権についた事で解決の方向を見出したが、あれは西側先進国だから出来た事であって、そのまま世界に広げて一般化できるものではないだろう。せいぜい、日本にあてはめる事が出来るくらいかもしれない。
 英国病は、北海油田の成功で英国が産油国に転じた事で解決したとされるが、今の日本でなら、稼働していない原発を再稼働させる事で経済に大きなはずみをつけられる可能性が高い。

 まあ、政治に出来るのはせいぜいそこまでだ。政治は政治・経済問題に対処する以外の事は出来ない。利害の政治的調整だ。これがひとつの考え方。

 これとは別に、政治は理想を実現する手段だという考え方がある。
 社会問題をはじめ、様々な問題を政治的に解決しようという考え方だ。これは立法によって法規制を行うという方向になるだろう。

 政治を利害の調整サービスと考えるか、理想追求の手段と考えるかは大きな違いがある。小さな政府を目指す立場は利害の調整サービスの側になるだろうし、理想追求の側は大きな政府になる傾向がある。
 政治に理想追求など無理だから、政府は小さい方がいい。これは原則だと思える。例えば、社会的な問題を政治的に解決しようとするのは、例え目的が良かったとしても、あまりいいやり方とは考えられない。
 何故かと言うと、良い目的であっても、それを法律で社会に強制する事になるからだ。権力で社会を統制するという事だ。目的が良くても、そのやり方では目的の良さを損なってしまう可能性が高い。しかも、目的の達成は不十分な水準にとどまるだろう。

 大きな政府が国民を丸抱えして、何でもかんでも面倒見ますなんて、うまくいくわけがない。いや、それ以前に出来るわけがない。それは社会主義が失敗するのと同じ理由だ。
 そういう次第で、政府は小さくして、法規制は少なくし、何から何まで行政が面倒を見るなんてことは考えない方がいいんだけれど、ここで戦う気はないから、大きな政府が好きな人たちが失敗して行くのを止める事はしない。

 お互いに、死にそうでも、助けないでいようね。


婆さんは象徴ではないけど・・・

 つい先頃、女房が歩いていたら、ヨボヨボの婆さんが、両手に大きなスーパーの袋を持ってヨタヨタと進んでいたのが、ついに息が切れたか止まってしまったという。
 慌てて近寄り、声をかけると、
「あたしゃ人の世話になるのが嫌いだし、まだまだ大丈夫なんだよ」
 と意地を張っている。それでも荷物を持つと抵抗するわけでもないので二つの袋を持ったところ、後から来た若い男が、自分が持つと言って持ってくれた。
 そこで、女房は婆さんを支えて歩き出した。
 この婆さんはすぐ近くの四階建てのマンションの四階に住んでいた。四階建てというのはエレベータがないという事で、婆さんは両手に大荷物を持ち、階段を登るつもりでいたのである。
 そもそも、どうしてそんなに沢山買い込んでしまったのか、浅い疑問は次々と浮かんで来るが、婆さんの思い込みの前では、そのような疑問など消え去るのみ。ともかく、その場が無事におさまったのをよしとする他なかった。
 老婆は、まだ、自分は歩ける。天皇陛下と同じ歳だが、陛下がまだ頑張っていらっしゃるんだから、自分も平気なのだと、飛躍した論理を口走っていたという。

 今日、女房と乃木将軍は偉い人で、奥様の辞世の歌もいいなどと話をしているうちに、ふと、その婆さんを思い出した。
 陛下の退位の決意は、私たちにその存在を強く意識させた。陛下の御退位と婆さんのむやみな自立心が重なり、わたしたちをはさみこむ。

救いがあるような、ないような

 菊池寛が
「代数は役に立たなかった。世の中で役に立つのは小学校でやった算数だけだ」
 といったと、数学者の遠山啓が書いている。実に菊池寛らしい。
 遠山は面白いと感じ、苦笑いをしながら紹介しているのだが、こちらとしては、菊池寛は本当に馬鹿だなと、ガッカリしながら頭を抱えるしかない。遠山のような温かい目で菊池寛を見るだけの高みにはいないからだ。
 遠山よりは菊池寛にはるかに近い、低~いところにいるから余裕がないという事も大きい。
 という事で、実は自分にガッカリしているわけだが、今さらとりもどせるものでもない。それでも、
「世の中で役に立つのは小学校でやった算数だけだ」
 などとは言うまいと思う。
 そんな事を言う人は、代数などロクにやっていないに違いないし、算数だって、本当は怪しいものだからだ。
 数学をけなしても、自分が勉強をしなかった言い訳にはならない。勉強すべき時に勉強しなかったのは、怠惰だったからだと、いやでも認めるしかない。
 それで、自分の怠惰さを戒めるのが正しい道で、開き直って、怠惰を邁進するのは間違った道なのだが、ゆるく戒めて、時々、少し開き直る凡夫の道もない事はない。
 で、たいていは凡夫の道を歩むのかもしれない。




2017年11月2日木曜日

産経の整理部、無能なのか?

 産経新聞のサイトでよく記事を読む。ひどい文章がわりと多いのでちょっと気になる。内容ではなくて、日本語として違うという意味での「ひどい」だ。朝日などは内容がひどい。

 2017年11月2日の朝、7時台ぐらいに掲示されていた記事だ。

 まず、「嗚呼、絶望の党。「逃亡中の女王」と仏紙に揶揄された希望の党・小池百合子代表の進む道は」と題した記事。

 この中で「妙に演技がかったその仕草」
 とあるが、こういう言い方はない。正しくは「芝居がかった」だろう。
 整理部は何をしている? ネットの記事にはかかわらないのだろうか?

 次に、「勝てない韓国サッカー 中国にランクで史上初めて抜かれる体たらく 「恨」が炎上中」という記事。

熱狂的なファン5人が、韓国代表が帰国した10月15日に仁川国際空港へ詰め寄せた。
とある。
 おそらく「詰めかけた」と「押し寄せた」が混ざり合ってしまったのだろう。
 しかし、どちらも大勢の行動を表す言葉で、5人の行動を表しているこの場合の用法ではない。
「押しかけた」なら、一人でも使うが、この場合にはそぐわない。
 つまり、この場合、記事で「詰め寄せた」などと表現すべき内容はまったくないので、こういう無様な事になっている。
「韓国代表が帰国した10月15日に仁川国際空港で熱狂的なファン5人が」とすべきだろう。


 それから、これはいい所をついた記事なので惜しいが、日本語が出来ていない。
日本代表部の外交官につかみかかられた! 広報資料なのに「それ、内部資料でしょ。返しなさい」 報道封殺よりユネスコの審査改革を進めたらどうですか?」という記事。

「それ、内部資料でしょ。返しなさい」。日本代表部の外交官が、私が持っていた議案につかみかかった。
つかみかかるは、胸ぐらをつかむといった対人攻撃に使う言葉で、この場合の用法ではない。日本の外交官が暴力をふるったとしか受け取れない文章になってしまう。
 ただ「議案をつかんだ」とか、「つかみ取ろうとした」が適切だろう。

 産経の整理、何やってるんだ?


追記(2017/11/03):
「つかみかかる」だが、「つかみかからんばかりの勢いで」という言い方もある。この記事の場合は、これが適切かもしれない。だが、これを短縮して「つかみかかった」とは出来ない。



2017年10月30日月曜日

情報 2017.10.30

北朝鮮の韓国攻撃は軍事境界線からの長距離砲撃が中心となる。米韓が共同戦線で対峙する事となる。
米軍が陸軍を動かさないという情報が一部にあるようだが、奇妙な話。



物事の区別がつかない人がいるから・・・

香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」(電子版)が、北朝鮮の核実験場、北朝鮮北東部豊渓里でこれ以上の核実験を行えば、山が崩壊して放射性物質が吹き出す恐れがあると、支那の地質学者が北朝鮮に警告していたと報じた。

北の核実験場で放射能漏れの恐れ、中国側が警告 (読売新聞)


北朝鮮の事だから、きっと、それでも、無謀で無意味な核実験を行う可能性がある。
馬鹿げた事をやめる知性があれば、今頃、こうなってない。

で、発電やめてるこっちと、核実験やめないあっちと、どっちが馬鹿なのか、判定がつけられない。
あっちが馬鹿なのははっきりしているが、こっちが馬鹿ではないと言えないからだ。



2017年10月26日木曜日

慰安婦問題問題

 あのさ、韓国、もう慰安婦像を国旗に描き込んだらどう?




2017年10月24日火曜日

鉄はあんたのツラの皮

 百合子さん、
「今回の総選挙で鉄の天井があると改めて知りました」
 なんて言っちゃって。
 こっちは、
「鉄面皮」
 を改めて知りました。

 今回の選挙、要するに落ち目の民進がどうなるかで、百合子にすがった方は敗北し、すがらせてもらえなかった方は、日共に面倒見てもらって立民で一応息をついた格好になった。百合子も日共も後が怖いが、日共の方がはるかに怖い。日共は、この選挙で影響力を拡大した。

 当面は、北朝鮮との関係をどうコントロールして行けるのかが大きな課題になる。一応、理解力の乏しい人向けに言っておくと、相手をコントロールするのではなく、関係をコントロールするんですよ。北朝鮮なんかは直接相手をコントロールしようとするけど、それは馬鹿げている。ロシアも、アメリカで変な人権活動家を利用して社会的な亀裂を深めようと工作したのが問題になってるけど、そういうのは関係のハンドリング能力、つまり、外交能力のなさの現れでしかない。まったく、いつまでそんな事やってんだか・・・
 日共も同じく、マルクス主義を保守する、硬直した組織だから、直接相手をコントロールする事しか知らない。古臭くて、面倒な人たちみたいだ。
 ま、元民の末路なんてどうでもいい。

 あ、そうそう、鉄の天井もガラスの天井もないですから。そこんとこ、いい加減な嘘を繰り返さないよう、お願いしますね。これからアイアン百合子と呼ぶから。



2017年10月22日日曜日

女ヒトラーではないけど、逃げ子だね

 百合子さん、旗色が悪くなったら逃げ子になっちゃったね。
 無責任で勝手な人だね。もう、都知事辞めてくんないかな。
 都議会の野党は、逃げ子に攻勢かけて辞任に追い込んでよ。お願いだよ。
 都議会の野党が本気だせば、都1が耐えきれるわけないんだからさ。





国家主義=国粋主義という間違い

 浜矩子という人が、毎日新聞に書いた意見で、
「民主主義対国粋主義」
 と書いている。
 困ったな、無教養だな。
 明治時代、薩長藩閥政府に対して、粘り強い活動を展開し、選挙実施にこぎつけた民権運動から国粋主義が生まれた。
 こうした流れを分けて見る場合、日本では、政府を国権派、民権運動を国粋派とするのが歴史を踏まえている。
 国権派は欧米に学べと、国費で優秀な者を留学させた。この人たちの中から、愚劣な欧米かぶれが出て来て、何だこの馬鹿はという反発から、国粋主義が生まれた。国粋主義は国家主義ではなく、日本文化を大切にする以外、日本人のありようはないだろう。日本人は日本文化を発展洗練させ、高度化するしかない。何でも欧米のものをありがたがるのは、さもしい後進国根性でしかないという考えだ。
 国権派も国粋派も、もちろん、愛国派だし、尊皇攘夷というところも共通するから、そのあたりで混乱があるのかもしれない。
 でも、愛国者、即反民主主義ではないのは誰でもわかると思う。
 尊皇攘夷だから、反民主主義という事も言えないのも理解できるはずだ。
 共産主義は愛国ではなく、尊皇攘夷でもないが、一党独裁の全体主義国家を形成するから、選挙で民意を問い、指導者を選出する民主主義ではない。共産党は民主主義という言葉を、「自分たちに都合がいい」という意味で使うだけだから、民主主義でも何でもない。民主主義的な選挙で、ほとんど選ばれないのはあたりまえだ。

 大体、今、国粋主義者っているの? 俺、自分を含めて2人しか知らないよ。

 国家主義=国粋主義というのは、戦後にはびこった大きな間違いだ。





SF 猫ベーダー

 地球侵略に面倒臭い事は何一つ必要ない。人類を支配下に置くには猫になるだけで十分だ。
 男は女に隷属している。だから女に愛されればいい。
 こうして、猫は地球に君臨し、カキカキやコロコロ、ガジガジやバリバリ、人を猫まみれにし、ウンチとオシッコをし、自分で決めた通りに好きなように毎日暮らしている。
 わざわざ空飛ぶ円盤を飛ばして、大々的な攻撃なんかしたり、陰謀を張り巡らしたり、宇宙人てな、ありゃ、馬鹿だぞ。

 さ、今日も猫のブラッシングしなくっちゃ。おいで、オブラシでちゅよ。いらっしゃい・・・




2017年10月19日木曜日

日本にヒトラーなどいない

 どこから出てきた話なのか知らないが、小池百合子をヒトラーになぞらえる言い方が色々な所でなされている。
 どういうつもりか知らないが、次のオリンピックの開催都市の知事がヒトラー云々される人物だと、その国の人間が言っている事になる。正気か?
 小池百合子は自分に対してヒトラー発言をした相手をすべて訴える必要がある。それは、東京都知事としてしなければならない事だ。ここで大人になるというのは、人を出まかせにヒトラー扱いするような行為は徹底して問題にされるという事の範を示す事だ。

 小池百合子は失敗した画家でもなければ、陸軍のスパイだった事もなければ(そもそも陸軍がない)、どこに起源があるかわからない共産主義くずれの右翼小結社に入会してもいない。全体主義というなら共産党は完璧な全体主義政党だが、希望はそうではない。ポピュリズムというなら、民主主義国家でポピュリズムと無縁な政治家など存在しない。
 小池は目端はきくが、結局はただの馬鹿で自分勝手な人で、豊田のように怒鳴り散らすような真似はしないというだけだ。小池の方が腹が黒いのだろう。だが、それでも、ヒトラーよばわりしていいなどという事はない。
 現在の世界で、人をヒトラーよばわりする事がどういう意味を持つ行為なのか、それは理解しておいた方がいい。

 ともかく、小池百合子は、ヒトラーを引き合いに出して小池百合子について語った人たちを訴えるべきだ。これは東京都知事として義務だ。

 そんな言い方が横行するようでは、文化程度が低すぎるだろう。




 

2017年10月17日火曜日

small talk:革新の尻尾

「民進が希望に合流すると決めたが、希望は入れる人を選ぶとした。それで選ばれなかった人たちが立憲民主を作った。無所属を選んだ人たちもいる。希望に入れた人たちはやれやれと安心したかもしれない。だが、メイク百合子がデタラメぶりを発揮しまくり、相手にされなくなった。百合子人気のなくなった希望は民進にとって、選挙で当選するための希望でもなくなった。そうしたら、選挙後に、民進を存続させると言い出す人たちが出てきた。何だこれは」
「長期低落で支持を失っているのが身にしみていたんだろう。それで選挙となり、目先の当落で取り乱し、後先考えずに百合子人気をアテにして「希望」行きを希望した。だが、百合子は嫌いな子は入れないと言うので、人気にあやかれないと追い込まれ、一度放棄したこれまでの立場に戻り、立憲民主を作った。元々人気がなかったのが、昔の政策で出ていますとやったら妙に人気が出た。この過程で政策のデタラメさもあって百合子人気は消滅した。都知事の仕事をまっとうしていないうちに国政に乗り出してしまったのが失敗だろう。面白がって支持していた人たちが、あれ、都は? と疑問を持ってしまった。私は愛されているとのぼせ上がり、移り気を丸出しにして愛想をつかされてしまったと思う。例えば、「しがらみのない政治」とか言ってのけたけど、都民ファーストというしがらみを自分で作っておいて、何言ってやがるんだという事だ。そういう事がひとつやふたつではなかった。人気なんか吹っ飛ぶさ。それで元民の合流組はまったく立場をなくした。この成り行きを見た参議院議員が合流してもいい事がないし、立憲にも行きたくない。このままがいいと、合流決定を反故にする事にした。すべて民進議員の目的が議員になる事であって、議員になってやりたい仕事などないからだろう。ただ議員になりたいだけですという人間や団体を支持する酔狂な人などそうそういないから、人気がないのは当然だ」
「政策というのは、こういう仕事をしたいという内容を示したものだと定義できる。それを実行するために議員になったのに、あっさりと反対の政策を掲げる党に入るというだけでどうかと思うのはあたりまえだ。お前ら何をしたいんだ? 本当はやりたい事などなくて、議員になりたいだけだとしか見られなくて当然だ。しかも、それで入れてもらえないとなったら、やっぱりこっちの政策に戻ると言って、別の集団を作った。信用できない。それは立民も存続派も同じだ」
「自民党反対しか政策がなくて、国や国民のために何ひとつやってないのに、議員にだけはなりたくて、その上政権が欲しいってわけだ。冗談じゃないぜ」
「人気がなくなったので、人気がありそうな所に移籍しようとして断られ、たいした知恵もないので元に戻ろうとしている。確かに下方弾力性の中にいるわけだから、身動きすればするほど低落する。それで動かない方がマシだという選択になる。でも、それは座して死を待つだけの事で、社民がたどった道だ」
「民主党は元々、革新リベラルと保守派が勢力拡張のために集まった政党で、従来の各政党を飛び出したという点だけが共通項という人たちだった」
「野合の道を突き進んだという意味では、彼らはブレていないわけか」
「しかし、革新リベラルというのは何だろうね」
「日共別働隊とか、日共応援団みたいなものでしかないね」
「日共はソ連の指令で動いていた組織で、朝鮮総連の下、つまり、北朝鮮労働党の下部組織の下部組織だ。これがぬけぬけと「革新」を僭称し、ソ連、支那、北朝鮮のための活動をして来た。東側のお手伝いをする事がリベラリズムの中身だった。彼らは戦後ずーっとそんな事をやって来た」
「自由主義を意味する本来のリベラリズムの定義とは隔たりがある。ただ、不平等の是正や福祉などがリベラリズムの政治に入って来て大きな政府を支持するリベラルもあって、このあたりは論争になっている」
「日共や容共勢力の言う「革新リベラル」はそんなレベルのシロモノじゃなくて、ただの「革新陣営」だよ。その「革新陣営」の中身は、日共と親日共の事さ。真剣な検討に値する思想の話ではなく、連中の自己申告の話であって、検討に値する中身などない」
「確かにそうだな。冷戦時代にソ連に媚びていた連中やソ連の手先を革新陣営と呼ぶという定義でいいな。これが戦後、連中の言う平和憲法下で居心地良くいられた。だが、ソ連崩壊でぬくぬくしていられなくなった。連中はその原因がソ連崩壊だと認めたくなくて、やれ「保守化」だやれ「9条の危機」だとか言い出した」
「ただしソ連-北朝鮮の手が入っていたのはいわゆる革新陣営だけではない。保守政党、日本では自民党内にも代理人と噂される人物がいたりもした」
「共産圏の国々の情報機関は西側とは比べ物にならないほど冷酷で汚い情報活動をしていたからね何があっても驚いてはいけない」
「そういう共産圏の影響が強い革新陣営が妙に清潔イメージを売り物にして来たのも気持ち悪い話だ」
「ヨーロッパの過激派左翼テロリスト、イタリアの赤い旅団とか、ドイツのバーダー・マインホフとかは、ソ連の後ろ盾を受けてテロ活動をしていた。武器供給者はパレスチナ過激派のPLOやPFLPだった。ヨーロッパ過激派は営利誘拐、銀行強盗といった犯罪で活動資金や武器購入費を稼ぎ出していた」
「南米の左翼ゲリラは麻薬カルテルと手を結んで山岳地帯などを支配した。キューバが麻薬密輸の中継基地となり、同時に武器売買もやっていた」
「ヨーロッパの過激派は70年代、盛んにテロをやったが、これはソ連に西欧侵攻の意志があったからだ。社会不安を醸成し、国を弱体化させるための工作として、過激派を捨て駒に使った」
「南米での活動は対米戦略だったが、とにかく西欧を最優先目標とした」
「テロの嵐が吹き荒れた時期をヨーロッパでは「鉛の時代」と呼んだが、日本が狙われていたらと思うと恐ろしいな」
「新左翼や全共闘の薄ら馬鹿どもなどは勝手に爆弾を作って事件を起こしていた。不発だったために表に出ない爆弾事件も沢山あったらしい。そんな連中が左翼気分のままで年寄りになり9条の会とかで日共と一緒になってやっている」
「それが革新リベラルの中身という事だ。もうちょっと言うと、テロや暴力沙汰の兵隊をやっていた連中と、それを踏み台にして権力を得たコスい連中がいて、革新リベラルを売りにするのは、権力に近づいたコスい方だろう」
「左翼とリベラリズムは何の関係もないのに、そんな事も理解できない程度の知能で革新リベラル勢力になっている連中だな。そんなものは消滅するだけだから気にしなくていい。日本で言えば戦後、世界史的には冷戦期という時代に成立しえた革新勢力の尻尾が残っているというだけだ。この尻尾、雑音でしかないが、当分は消えそうもない。だが、左翼とは無縁の、本来のリベラリズムは自由の問題として重要だ」
「自由の問題は、政治的には個々人や家庭の所得の問題として考えられるんじゃないかと思う。専門家ではないから感想でしかないが、これは税金の問題ではなくて、労働の問題だ。しかも、賃金だけではなくて、労働時間や労働環境、転職環境の問題として出ている部分だ」
「政治的に処理できる自由の問題は、そこでほぼカタがつくんじゃないか。後は社会的な問題と、それから、何というか文学的な問題とでも言えばいいのか、当面カタがつきそうもない部分が残るだけになる」
「そうだな。文学的な部分は、わがまま勝手でかまわないし、カタなんかつかないんだから、考えないでいい。政治的、それから、かなり難しいが社会的な問題に整理がついたら、もういいんじゃないかね」
「労働問題というのは、自由という事を考える時に、経済での通貨のようなものとして見ていいんじゃないかと思う」
「よくわからないが、重要そうな感じがするね」
「うまく言えないから、うまく説明できるようになるまで取り消しておいた方がいいかな?」
「いや、いいんじゃないか。こっちの宿題として、そのうちやりますとしておこうよ」
「そうか、じゃあそうしよう。まだ思いつきなんだけどね」
「いつになく長くなった。このあたりにしとこう」



2017年10月12日木曜日

small talk:虫と信仰

「何だか、この選挙で自民党がまた圧勝しそうだと言われてる」
「そうだといいね。野党がくだらなすぎて話にならない。安倍政権を止めるとか、自民党を止めるとか、そういうのばかりで、積極的な話、つまり政策が出て来ない」
「メイク百合子が出したのは無茶苦茶な話で、政策と呼べるシロモノではなかった。応援している橋下は 「公約なんかで政党を選ぶな」 なんて、凄い事を言ってる。この人も政治家の資質がないね。メイク百合子ほど馬鹿じゃないけど、どんどん頓珍漢になる」
「資質のある人は現実で磨かれて行くけど、ダメだね」
「野党がダメなのは、話が出来ないからだ。国会で話をしなけりゃ、やる事がない。だったら議員になる必要がないんだ」
「聞く耳を持たず、反対するだけのために議員やられちゃ、国民は迷惑なんだよな。いつまでもそういうのを伝統芸のつもりでやらないでもらいたい。芸じゃないから」
「議論をするには、前提を共有している事が必要で、その前提というのは、今なら、北朝鮮の脅威に対処する必要があるという程度の認識は共有していなければならない。外交努力、つまり、お話し合いが足りないって言い出すようじゃ、これまでの経過を何も知りませんと表明しているのも同然で、話にならない」
「そういうのは東京新聞に任せておいてほしい。これまで忍耐に忍耐を重ねて話し合いをしようとしてきた、ダメだった。圧力もかけた、それでもダメだから、それじゃどうしようかというところで、知恵を出し合う。国会に期待するのはそれだろう。そこで意見の相違があるのはあたりまえだけど、憲法9条を守れだの、海外で戦争を始めるだのとありもしない事を言い出して、議論しようともしないんだから、野党は国会を妨害するために議員になっている獅子身中の虫でしかない。それで支持してくれは虫が良すぎる」
「虫だからな・・・」
「国会が議論の場として機能するには、話し合いをする気持ちと能力のある人たちが出て来なければ無理だ」
「従来の野党には能力も気持ちもないね」
「まったくない」
「話し合いというと、何でもかんでも妥協だと心得ている政治家が多いが、妥協しなければ前進しないので暫定的に落とし所に置く場合と、内容を良くしていく議論がある。今の野党じゃ、どちらも無理だ。国民が9条を唱えれば平和が続くというのが対案じゃね」
「その連中は9条を写してればいいんだ」
「写経ならぬ写9条か。忙しい人のためには1文字9条もありとかな」
「古代に9条があったと古9条を発見する奴も現れるかもしれない」
「立民も元民も、日共もみんなそっち方面に行った方がいい」
「9条が憑依して世直しを訴えたりするかも」
「朝日の記者あたりは村のお地蔵さんに「九条」と刻んでおいて騒いでもいいかも」
「自作自演がすぐにバレるんだろ」
「本当にそのレベルだな。何が政権交代だ」
「きちんと議論が出来て、話をまとめられ、野党であっても、行政に政策を反映させられる内容があれば、自然と政権を任せようとなる。中身がないのに政権よこせと騒ぐだけで信頼は得られないよ」
「一度任せてとんでもない事になったしね」
「悪夢だった」
「でも、自民党も、ここで緩んでしまうと結果が悪くなる。目先の選挙の向こうにある事態としては、大きな国の危機がある。自民党にこそ、そういう中で総力戦をやっているのを忘れないでもらいたいね」
「その通りだ」




2017年10月11日水曜日

現実に耐えられない腰抜けが嘘に溺れる

 マルクス主義が革命を行わなければ実現できないと考えていた事は、革命なしに資本主義が実現して来た。資本主義はもっと多くを実現したので、比較するのは荒唐無稽なほどだ。革命運動は、資本主義諸国で社会の発展と進歩を邪魔して、不効率をもたらす役割を果たすと同時に、社会にその時点では実現不可能な要求を突きつける人々を生み出し、その人々は問題解決の幅を狭めた。
 その頃、マルクス主義諸国は、様々な失敗を積み重ね・・・失敗と悪行のリスト・・・、軍事を除くあらゆる面で資本主義諸国に遠く及ばず、国民を不幸にしただけだった。

だが、資本主義諸国の中に惨憺たる有り様のマルクス主義を延命させようとする人々が存在して、スターリンを、毛沢東を、レーニンを次々と切り捨てて来た。彼らは真性のマルクス主義思想ではないというのだった。つまり、彼らは中国革命もロシア革命もご破算にし、マルクス主義革命はいまだ実現していないとした。
 マルクス主義を現実の歴史過程から切り離して、いまだ実現していないものとすれば延命できると考えたのだろう。
 よくも今更そんな事を言うもんだ、後出しもいいところだ、冗談じゃねえよと思うが、この場だけ百歩譲ってみる。

 譲った後にまず問題となるのは、それで、今まで実現していないそのマルクス主義の革命とやらに、どんな必要性があるのかという事だ。
 そんなの、別にいらないんじゃないのかと考えるのは、マルクス主義に取り組もうなんてよりも、はるかに自然で筋が通っていると思える。

 また、そのマルクス主義は、当面、研究室から出る事が出来ない運命にあるが、それはどうだろうかという問題もある。
 これまでのすべてのマルクス主義を間違いだと否定する事は、それに関わっていた人すべてを否定する事になる。彼らは間違いに深く影響されていて、間違い陽性だ。それを正しいマルクス主義に近づけたら、間違いの方が正しいマルクス主義に感染し、せっかくの正しいマルクス主義をロシア・マルクス主義に引き戻してしまう可能性がある。
 従来のマルクス主義者は馬鹿ばかりなので治癒の可能性は極めて低い。
 彼ら間違いマルクス主義は、従来の主流というか、それしかいなかったので、外から見たら、当然ながら同類にしか見えない。
 そこで、正しいマルクス主義はロシア・マルクス主義の影響下にある人々の死滅を待つしかなくなる。
 100年ぐらいは待つ必要があるかもしれない。

 他にやる事がないなら、マルクス主義をいじる空虚を止めはしないが、譲るのはそこまでだ。実際はロシア・マルクス主義とその関係者の延命にしかならないに決まっている再評価など、無意味以上に有害だ。浅すぎるぞ。

 そんな所になど未来はない。




トニー・ジョー、ありがとう

「雨の夜のジョージア」。
 最初に聞いたのはブルック・ベントンの歌で、シングル盤のジャケットは、セーターを来てナイロン弦のギターを抱えたベントンの姿だったと思う。
 驚くべきことに少年だった事があって、心に染みるいい曲だなと思い、覚えた。

 ギターを抱えた放浪者が貨車に乗り込んで雨をしのぐ。ボロボロになった恋人の写真に言葉をかけて気持ちを引き立て、ギターを弾いて時間をやり過ごす。ひどい雨の中・・・

 久しぶりにこの曲を聞いたのはボズ・スキャッグスの「メンフィス」という曲集の中でだった。「メンフィス」は曲、演奏、歌唱のどれもが素晴らしく、スキャッグスの最高傑作だと思う。「雨の夜のジョージア」はナイロン弦のギターが効果的に使われている。これは土砂降りの雨を避けた貨車で放浪者が弾くギターなんだ。

 この曲の作者はトニー・ジョー・ホワイトという人で、この他にはプレスリーがレパートリーにした「ポークサラダ・アニー」という作品が有名だ。

 トニー・ジョー・ホワイトは何だかボソボソと歌う。どうしてか、そのボソボソに惹きつけられて、ずっと聞いてしまう。
 娘はミシェル・ホワイトという歌手で、父親の作品「マヌーザ」を歌ったりしている。

 ベントンとスキャッグス、他にも多くの人が取り上げているホワイトの名曲。いつ聞いてもいい。


追記:セーター姿でギターを持っているシングル盤のジャケットは、ブルック・ベントンではなくて、クラレンス・カーターだった。長い間間違えていた。(2017.10.17)

2017年10月9日月曜日

疑問:2

 宮崎勤事件でロリコン・オタクがアニメの影響を受けて連続幼女殺害事件を起こしたという見方がされたが、事件を題材にした最近のドラマで、ビデオテープが積み上がった部屋の映像に重ねて、そのほとんどがテレビの娯楽番組であり、「いわゆるロリコン映像は数十本程度だった」とナレーションされたらしい。


 うーん、という事は、危険なのはロリコンだけではなくて、オタク全般となるのだろうか・・・???


 昔、若造に「俺もオタクだから、ワハハハ」とやったら、嫌な顔をされた。


 前の「疑問」の答えは、そんなワケないだろだからね。




2017年10月8日日曜日

大人の男のくつろぎについて

 食堂に入って、
「アレくれ・・・何だ?」
 と言ったオッサンの話を聞いた。
 店員さんに理解できるわけがない。
 でも、そのオッサンのそういうの、身にしみてわかる年齢になった。
 これは大人の階段を登ったというか、天国への階段というか、そんじょそこらのオッサンというか・・・そういうものだ。レッド・ツェッペリンのあの曲も、食いたい物の名前がわからなくなって、いきなり「アレくれ」と言うオッサンの歌だと思うと、味わいが違って来る(そんな曲なわけはないが)。
 大人になるというのは、色々とわからない事が増えるというか、ほとんどがわからなくなって、でも、面倒だから、まあ、いいかと、そのままにするようになる事でもある。
 ファッションなんか、わからなくなるのは最初の方だ。ファッションなんか、どうせゲイの思いつきだから、いいや、みたいな気になる。中共の人民服は、絶対にオッサンがいちいち面倒がないように、いつでもどこでも一着で間に合うよう、面倒じゃないように考えたものに決まっている。
 悪しき部分で、体質が共通しているのを感じる。
 大人になるという事は、やたらと屁が出るようになる事であり、それがひどく臭くなる事でもある。ちっとも偉くない。年を取れば自動的に偉くなるなんて、どう考えてもありえない。自動的に来るのは劣化だけだ。
 そりゃあ、偉い人もいるが、みんながみんな偉いなんてありえない。ほとんどが、まったく偉くないし、それどころか、かなりくだらないものなのだ。
 だから、くだらないからといって軽蔑とかしてはいけない。平均的なだけだ。人間くだらないのが平均だと理解できれば、神経を尖らす事も減る。
 つまり、アレもナニだって事だな。うん、ムニャムニャ・・・



small talk:正義が作り出した低脳たち

「自民党が選挙妨害から逃げまわりながら、今度の選挙を戦っているようだ」
「前に安倍首相の街頭演説を妨害した連中のようだね」
「そうらしい、それを避けて演説する場所を突然変えている」
「英国だったら、ブックメーカーが会場当ての博打をやるだろうな」
「何なんだろうね、あの傍若無人は」
「自分たちが正義だから、何をやってもいいとのぼせ上がってるんだろうね」
「ワイマール期ドイツの共産党のようだね」
「それがナチスへの道を開いた。街頭で乱闘していた連中が、影響しあったあげく、共産主義運動をやっていた連中はナチスに転向した」
「イタリアのファッショ運動は元々組合運動だったしね」
「戦前に似てきたというのが左翼の常套句だけど、自分たちのやっている事が同じだというだけだな」
「恐ろしい馬鹿どもだ。あの馬鹿どもを使っている大人のタチが悪いんだろうな」
「その上馬鹿だ」
「正義の馬鹿か・・・」
「自民党は、馬鹿どもを相手にしないように頑張ってるね」
「間違えば暴力沙汰に及んでも不思議ではない連中だものね」
「暴力で選挙妨害か・・・山県有朋が草葉の陰で喜ぶだろうよ」
「そんな事にならないよう、手間をかけて低脳どもを避けている。政治は面倒なものだからね。こういう所でもちゃんとしているよ」
「大人に焚き付けられて自分たちが正義で、何をしてもいいと思い込んだ低脳どもなど相手にするだけ無駄だ」
「あいつら、人の選挙の邪魔をして遊んでいるより、自分たちが好きな立民とかの選挙運動でも手伝った方がいいのにな」
「そんな根気も、真面目さもないんだろう。誰かの足を引っ張って喜ぶような歪んだ連中なのさ」
「それじゃ嫌われるだけなのにな。このままじゃ、民主は立ったまま永眠している・・・なんて事になるぜ」
「そういうまともな事は、あいつらの知能ではわからないんじゃないかな」
「そうか、あんな事やってる連中だものな」
「そういう事だ・・・」




2017年10月7日土曜日

ゼロ度の高さというものもあるのだよ

ゼロ小池、凄い。内容ゼロだ。政治家だからゼロ先生だね。ゼロ師匠は北陽の伊藤だったけど、ゼロ度は先生のが高!



2017年10月6日金曜日

疑問

 山尾志桜里・・・蓮舫・・・辻元清美・・・福島瑞穂・・・豊田真由子・・・小池百合子・・・これらいくつかの個体が、女は馬鹿説の有力な証拠となるだろうか・・・?



2017年10月3日火曜日

smatll talk:御しやすい前チューと面倒くさい枝チュー

「百合子の希望が排除したのは、いると面倒臭い人とか、そういう人たちだろう。民進党の左派とか、政治姿勢だとか思想とかいう問題ではないと思うね。百合子さんにはそういうのないから」
「そうだな。枝野とか面倒そうだし、辻元なんかは馬鹿の鼻つまみで、いない方がいい。左派というなら、北朝鮮のハニートラップ疑惑の前原なんか左派もいいところだろう。こんな奴を抱えておいて、保守だ、防衛だって、冗談じゃないわけだ。線引は百合子より精神的にか、知的に弱い奴というだけだろう。前原は軽く手玉にとれる程度の奴だと踏まれたんだろうな」
「ああ、百合子、頭悪いからな。アクセサリーを選ぶ感覚で政策もどきを出しているだけだ。築地も、今回の原発ゼロも同じだよ。最後は持て余して放り出す。残るのは混乱だけだ。百合子をファシストに見立てる人がいたけど、ヒトラーですらない空虚だというのがわかってない」
「百合子の希望など、本質的には取るに足らない。被害が最小限にとどまってくれる事を祈るだけだ。それより、民主党の終わり方のみっともなさに、あの連中らしさがにじみ出ていると感じる」
「曲がりなりにも政権をとった民主党が、頭数欲しさに維新と組んで、あっさりと民進に名称を変えた時に、こいつらは矜持も何もないと思ったが、そのまま、落ちるだけ落ちて、浅ましさが肥大した」
「結局、政治の世界でやりたい事があるわけではなく、議員になりたいだけの人間の集合だから、目先の利害でチョロチョロ動き回る。民進はそういうネズミの巣だったが、それが今度は百合子の希望になる」
「簡単に手懐けられて、党友をあっさり裏切った前チューと、馬鹿だけど面倒くさい印象の枝チューで明暗が別れたが、どっちが明で、どっちが暗かは先になってみないとわからない」
「あいつらは、あいつらが思ってる政治をやっているわけだが、その政治のみみっちさ、無内容さ、筋の通らなさには呆れ果てる。その点では前原も枝野も同じだ。だって、枝野たちは百合子の希望に入れてもらえなくなったから、しかたなく新党結成だろ。それでまたリベラルの旗を持ち出しただけだ」
「そうだ。まず、人気に乗れそうだから、政策を一切合切投げ出した。だが、それでも乗せてもらえないとわかると、捨てた旗を拾った。選別する側は、選別するとは言っても、元々は正反対の政策を主張していた連中を入れている。両方共、中身も何もないのははっきりしている」
「選別する側、入れてもらえた連中、ダメで新党を作る連中、三者ともどうみてもこの先に見える末路は哀れだが、同情の余地はないな」
「誰が同情などするものか」





2017年10月1日日曜日

small talk:妙な論調

「百合子の希望は民進の左派を切るから容認するなんて妙な論調が出てる」
「支那や北朝鮮まで含めた支持があるんだから、いくらうっとおしくてもいなくなるわけがない。何を言ってるんだと思うよ」
「その支持勢力の一部は鳩山と一緒になって沖縄で座り込みをやっている。日本では、支那や北朝鮮と違って、彼らを投獄したり、殺したりしないから、みんな寿命まで生きて、子供に影響を与えたりする」
「救いのない図だな。だが、その通りだ。当面、そうした勢力は存続する。これはしかたのない事だ。少数であっても、これが議員として国会に出て来るだろうし、無意味でワケのわからない事を言って、色々な事を邪魔しようとする」
「それは止められないんだ。百合子の希望と彼らの存続は関係がない。百合子の希望は民進左派はいらないと言っているだけだ」
「これまでを見て、言っているひと言たりと信用できない百合子の言葉を信用して、容認するなんて、ユルユルなだけだ」
「そこにつけこんでここまで来た人を、まだのさばらせるなんてな、頓馬もいいところだ」
「百合子は、その頓馬さを見越して動いてるのさ」
「その通りだ。で、都1と希望は矛盾するから、どこかでどちらかを選択しなけりゃならなくなる」
「まあ、もしそうなったら、都1を置き去りにするだろうね」
「もしそうなったらね」
「しばらくは、嫌だな、薄汚いなと感じながら、見ないようにしてるしかないかね」
「そうだな。他にない」
「百合子はそういう事だが、民進党左派なんてそれほど問題ではなかった。民主党政権のPTSDで過敏になってるだけだ」
「愚かな選択恐怖症とでも言うべきかね。恐怖のあまり、愚かな選択を繰り返してしまう」
「百合子容認はその愚かさの一種だよ」



2017年9月30日土曜日

ガラパゴスな人々 4

 落合恵子さん、
「そこの装甲車の配置はなんだ! 市民に向けて、何をやってんだ、お前たちは!・・・苦しいとき、苦境に立ったとき、人間の価値が上がります・・・こんなめちゃめちゃな政権が、私たちや子供、孫の人生を決めるなんて、許さない・・・私たちは十分に歴史から学びました・・・暴力は暴力しか呼ばないということ・・・戦争は戦争しか呼ばないのです。市民をみくびるな!」
落合恵子センセイ、どうしてか感情的になっている。でも、仕事をしている人(警官)に向かって、「お前たち」呼ばわりはない。仕事中には、何を言われても黙っていなければならないのは警官も会社員も同じだ。
 センセイに「お前たち」と言われて、例え「このクソ婆ァ」と思ったとしても、黙っていなければならない。
 例え、「この婆さん、誰なんだろう? 徹子の部屋に出たかな、だったらお袋が知ってるんだが」と思ったとしても、じっとこらえる。後になったら忘れてくれるかもしれないが、でも、恵子センセイのやった事が、無抵抗な相手に罵声を浴びせる、精神的な拷問に近い行為だった事に変わりはない。残酷な人だ。
 それから、恵子センセイ、この場でどうして「苦境に立った人」が出て来るのか、よくわからないけど、それで自動的に人間の価値が上がるって、そういう飛躍して、非論理的、かつ倫理的な展開も意表を突く。
 苦しんでいる人が、価値なんか上がるより、苦しくない方がいいという気持ちになっても、それはそれで自然だ。いや、それよりも、人の価値と苦しみなんて無関係だ。要するに、恵子センセイ、重々しく見せかけて薄っぺらな事を言っている。で、人を苦しめたいわけですかね。
 押し付けないで欲しいな。恵子センセイ、苦境に立った事なんてあるんだろうか? いや、きっととっても価値の高い人だろうから、苦境の10や20、こなして来てるんでしょう。
 価値の高い恵子センセイは、学ぶ人でもある。しかも十分に学んでいるらしい。
 ええと、現代史の最近のところで言えば、世界中で左翼やリベラルの思考の枠組みを作って来たマルクス主義思想が嘘で固めた酷いものだって明らかになったなんてあたりは学ぶべきポイントのひとつだ。
 マルクス主義はロシア革命で革命思想のチャンピオンになったけど、ロシアの実情はひどいものだったし、ロシアの勢力範囲化におかれた東欧諸国も最低の状態だった。マルクス主義政党は世界中で人を抑圧し、侵略を行い、戦争をし、虐殺を行い・・・(悪行のリスト)・・・というのが現代史から学べる。そして、それを知っていた各国の共産党や知識人たちが、その事実を隠していたなんて事もわかった。
 マルクス主義は戦争しか呼ばないし、マルクス主義は暴力しか呼ばない。そこは学ぶべき事のひとつだ。
 マルクス主義は問題解決の処方に使えない事がはっきりした。それで、世界中で知的活力を持った人が、過去を乗り越えようと働いている。そこから、この後どうしようという動きからネオコンなんかも出て来た。ネオコンは真剣な動きで、ただの右翼あつかいで片付けられるようなものじゃない。その後、あの人たちはそれぞれの方向に進んで仕事をしているけど、そのうちにまた見えてくるものもあるかもしれない。
 でも、恵子センセイ、そういう事は学んでない様子だ。センセイ、市民を見くびってないかな・・・いや、待てよ。センセイの言う市民は、「プロ市民」とかいう人の事かもしれない。活動家とか、シンパとか、そういう層だ。どうも、この人たちは言葉に別の意味を持たせて専門用語化して使うから混乱する。共産党は世界中で嘘ばかりついて来て、同伴知識人もその嘘(左翼コード)の中でしか発言しないようになってるから、普通の日本語だと思って聞いていると混乱する。
 ここで恵子センセイは、市民は見くびっているけど、プロ市民は見くびっていない。それだけの話だ。
 こっちは、市民を見くびるほどの立場にないけど、プロ市民は薄ら馬鹿だと思っている。もちろん、こんな演説をしていい気になっている人たちも馬鹿だと思っている。ひどいガラパゴス状態だ。

 よく劣化なんて言葉が使われるけど、この人たちは劣化なんかしていない。最初からこうだったんだと思う。世の中が進み、向上したのに、この人たちが同じ場所にいて、進歩も何もしなかっただけだ。
 進歩派というのは、この人たちを指して言う言葉なんだけど、自分たちの事を進歩的だとして来たのに、実際は、現状維持を続けて来ただけだった。進歩というのも、彼らの用語だったのね。
 スペイン内戦の体験から、生涯に渡ってロシア・マルクス主義を批判し続けたアナーキスト、ジョージ・オーウェルはソビエト・ロシアの体制を批判した「1984年」という作品で、共産主義体制内の人間の考え方を二重思考と呼んだ。ダブル・スタンダードというのはこれなんだけど、その言葉は、彼ら左翼リベラルのダブルスタンダードな用語によく現れている。オーウェルって、やっぱいいな。

 2015年9月14日の事を例にとったけれど、2016年3月26日の集会でも「戦争できる国はダメ」とか言ってるから、違いはないだろう。

「戦争できる国はダメ」「再稼働は絶対許せない」 安保法反対集会、脱原発も
(産経ニュース 2016.3.26 17:23)

 この時は脱原発派も合流しているから、彼らも時間が止まった人たちの仲間でしかない。相手にするだけ有害だから、もう相手になんかしない方がいい。

 安保法制、いや、平和安全法制整備に反対する事、そのものを取り沙汰しているのではない事は断っておきたい。反対もあれば、賛成もあって、それは健全な事だからだ。もう過ぎた事を持ち出しているのは、反対する事に反対ではない事を明らかにするためだ。その上で、この人たちの反対の中身があまりにバカバカしいので、それを言っている。そのバカバカしさは今も継続しているからだ。
 こちらが耳を傾け、納得し、議論できる内容だったら嬉しいと思うが、まったく違うのでガッカリしている。この人たちは空虚で、感情的で、まったく取り柄がない。それは悲しい事だ。この人たちが笛を吹いても、ついて行くのは、決まりきった人たちばかりだろう。その光景は退廃的だ。でも、私たちは、憲法も平和も、そして、自分も国も社会も退廃させるわけにはいかない。




2017年9月29日金曜日

ガラパゴスな人々 3

 大江健三郎さん、

「70年間の平和憲法の下の日本というものがなくなってしまう」
このセンセイ、戦後日本の実質をその程度にしかとらえられないんだね。憲法は法律であって、バイブルでもコーランでもないから、一言一句手を加えてはいけないなんてものじゃないんだよ。左翼はマルクスの著作も神棚に上げて、そういう扱いをして来たけど、そういうのを物神崇拝という、きわめてプリミティブな段階の信仰のありようだ。
 今の憲法では平和が維持出来なくて、改憲する事で平和を維持するための法整備の基礎になるなら、それは平和のための改憲で、改憲した方が平和憲法になる。現状維持だけが平和だというのは説得力がない。センセイはそんな事もわからないのかと驚かされる。
 ここに集まった人たちは、平和というと「平和勢力」、民主主義というと「民主勢力」と同義だととらえている。「平和勢力」や「民主勢力」は共産党の自称だけれど、大江センセイもこの発言は、センセイが共産党のお墨付きから一歩も出ないで来た人だから出てきた言葉としか響かない。
 共産党とは無縁な政党が民主主義によって選ばれ、共産党とは無縁な人々が平和を実現しているのが、現在の世界や日本の現実だという事が、このセンセイにはまったく見えていない。
 共産党と平和や民主主義は、あまり関係がないし、平和を実現している勢力も共産党とはあまり関係がない。センセイには、もうそんな事は理解できないでしょうが、それが現実で、センセイの言う「平和憲法の下の日本」が、もしなくなるとしたら、それはセンセイと、センセイと嘘を共有している人たちの幻でしかなかったからだし、実際はなくなるものではないんですよ。
 もちろん、かつてのロシアをはじめ、現在の支那、北朝鮮など、海外の共産主義勢力はこっちの平和などおかまいなしに、侵攻か、軍事的圧力をかけようとしてますけどね。

 山口二郎さん、
「3カ月前、私はこの場所で、安保法制を進める安倍晋三を返り討ちにしてやろうと言いました。もうすぐです!・・・9月18日というのは一体何の日か、皆さん、知っていますよね。満州事変の日ですよ・・・・・・安倍晋三と気脈を通じているインチキなテレビや新聞に文句を言われる筋合いはない」
この後、すぐに安保法制は可決したので、何がもうすぐなのかわからなくなってしまった。
 さて、教授、9月18日が何の日か、誰も知らなくてもいいんじゃないかと思う次第なんですが、どうでしょうか? こんな所でテストやる事ないですよ。ここに集まった人たちで、それを知らない人は、知識による抑圧にさらされる事になるんですよ。教授。
 教授、つまらない事を知ってるけど、総合的に見て馬鹿ですよね、あなた。やっている事は、若い人相手に「お前らに真のロックがわかるか?」とか言って嫌われてるロック親父と同じですよ。これから満州事変親父と呼びましょうか?
 教授が馬鹿丸出しだというのは、その後の言葉で明らかだ。「安倍晋三と気脈を通じているインチキなテレビや新聞」って、どこをどう押したらこんな時代錯誤が出て来るんだろう? もしかしたら、中核派や革マル派の機関紙を読んで、そのまま信じてるんじゃないだろうか? そんな恐れを感じてしまう。
 きっと、森加計騒動を見て、テレビや新聞もやっと改心したかと思っているのだろう。インチキというのは、この教授にこそピッタリする言葉だと感じる。



2017年9月28日木曜日

ガラパゴスな人々 2

 講談師の神田香織さんは
「私たち・・・は、安倍さんを首相と・・・認めたくない・・・安倍さんは国民の安全と財産と幸福追求権のために安保法制を通すといっているが、お断りしたい・・・私たちは私たちの力で財産権と自由と幸せに生きていく幸福追求権を堅持しようではありませんか」
安倍さんを首相と認めたくないというのは、民主主義的で決まった指導者を認めないという事で、それは民主主義を認めないという事になる。別に民主主義が嫌いでもいいし、自分の財産や幸福を自衛しようというのも止めないけど、そういうリバタリアン的な姿勢と、国策はちょっと次元が違うんですよ。安倍政権の政策(安保法制)と神田さんの「幸福追求権」はまったく矛盾しないんですよ。安保法制は神田さんの幸福追求を邪魔しないんですよ。
 安保法制は有事の際に、国民の生命財産を守るための行動に混乱がないようにするという法整備で、有事の際、講談師さんが自力で、例えば北朝鮮とか、支那とか、国家に立ち向かえるわけがないので、そこは国家でやりましょうという話で、そのために法整備をするというのは、日本が法治国家であるという事で、法治国家であるという事は、権力を委託されている存在であっても、法律には従い、場合によっては罰せられるという事なんですよ。
 ハリセンから荒唐無稽な事を叩き出すのは高座だけになさってくださいね。

 鎌田慧さんは、
「いまこの国会の柵の向こうに見えるのは、何か。これは圧政と独裁と隷属です・・・自民党の独裁とは、なんと総裁候補に誰も出られない。こんな独裁、見たことないです・・・こういうふうな政党に私たちは支配されている。これほど悔しいことはないと思います」
公正な選挙によって成立した議会に圧政と独裁と隷属が見えるって、耄碌して幻が見えるのかな?
 この先生を典型とする人たちは、権力者を超法規的なものとしてイメージしている。超越的権力者と言ってもいい。そういう権力者は、近現代では、共産主義国家や、共産主義に強く影響されたファシズム国家がひとつの典型で、後は、後進国の独裁者になる。
 かつてなら、レーニンとかスターリンとか、毛沢東とかだろうか、小さい所ではキューバのカストロになる。今だったら、北朝鮮の金王朝とか、支那の中共とかは共産主義国家の専制支配者で圧政と隷属を実行している。
 で、センセイがこんな独裁見たことないとおっしゃるのは、安倍さんが独裁じゃないから、他の類型とマッチしないという話だよ。独裁者じゃない人を、無理やり独裁者に分類しようとして、「見たことない」って、薄っすらと馬鹿かも・・・
 支配なんかされてないから、そんな世迷い言を言ってられるんだが、日本が独裁国家だったら、今時、国際社会で相手にされてないって。そんな事もわからなくなってしまったのかな? いや、最初からわかってなかったりして・・・?



ガラパゴスな人々 1

 スマホの前の携帯の事をガラケーという、ガラパゴス携帯の略で、独自すぎる進化をとげたため、そこでしか通用しない閉じたものだという事を、ガラパゴス島の比喩を使って表現しているのだと思う。
 森加計報道、いや、騒動を見ると、マスコミは、ガラコミと言うべきかもしれないと感じたりもする。
 もっと平易に言うと、閉じて固まって、どうにもツブしがきかないのをガラパゴスというのだろう。だとすると、、リベラル知識人という人たちもガラパゴスだ。何と言うのだろう、ガラリベだと座りが悪いし、ガラ識人かな? ガラチーでもいいな。まあ、とにかくそういった人たちだ。
 古い話だけど、2015年9月14日に安保法制の反対集会で演説した知識人たちがガラパだった。今も言ってる事も、考えてる事も違わないだろうからちょっと見てみよう。

本当に有識者? 首相呼び捨てで批判「安倍の頭にくぎを」「安倍は絶対倒す」「安倍を返り討ちに
(産経ニュース より)

 代々木公園の集会で、沢地久枝さんは、

「子や孫、その先の世代まで何のためか分からない戦争に投じられ、血を流すことになる」
「戦争ができる国になるのは絶対に反対だ」
と語ったという。
 うーん・・・「何のためか分からない戦争」って、申し訳ないですけど、どの戦争か特定しなければ目的がわかるわけはないんです。ちょっと雑でしたね。
 それに「戦争ができる国になる」とおっしゃられても、今でも、必要があれば戦争は出来ます。
 何だか、中身がないお話でしたね。

 佐高信さんは、
「戦争に向かって、安倍晋三とその一派はまっしぐらに向かおうとしています・・・民主の『主』の字を解剖すれば、『王の頭にくぎを打つ』・・・権力者の頭にくぎを打つことが民主主義だとするならば、・・・私たちの力で安倍の頭にくぎを打ちましょう」
てな事をおっしゃった。
 安倍さんが戦争をしようとしてるとおっしゃているようですけど、どこでどんな戦争を想定していらっしゃるのか、わかりませんね。
 今だと、北朝鮮が日本やアメリカに戦争をしかける脅迫をしてます。それもものすごくまっしぐらですから、そっちに反対演説をなさると平和に貢献出来るかもしれません。
「民主の『主』の字を解剖すれば、『王の頭にくぎを打つ』」
 主という文字がそんなフランケンみたいな字だったというのは初めて知りました。さすがに知識人ですね。文という字にも、字という字にも釘が刺さってますね。高という時にも刺さってる。言という字にもだ。釘だらけだ。知識の識にも釘の刺さってる文字がある。うーん、凄い。
 で「権力者の頭にくぎを打つことが民主主義だとするならば」って、凄い事を畳みかけている。
 民主主義は多数決の事です。誰かに釘を打つ事ではないです。ええと、キリストの手足に釘を打って十字架に磔たローマは民主主義ではなかったし、民主主義と関連の深いフランス革命は釘を打ったんじゃなくてギロチンで首を斬った。あ、でも、フランスに漢字はなかった。それに、一般に言う「主」の成りたりは、「火」から来た象形文字で、釘とは関係ない。
 なんだか、凄い独自解釈で攻めてるけど、頭に釘とか、おどろおどろしいイメージをかもしだして、佐高さんて、昔懐かしいサブカル鬼畜系だったのかな。いや、カルト系かな・・・
 この先生、デタラメばかり並べて人を焚きつけようとして、あれだね、デマで大衆を動員しようと目論むポピュリスト型だね。
 しかし、
「私たちの力で安倍の頭にくぎを打ちましょう」
 って、脅迫とか、ヘイトとか言うヤツだね。これをツイッターでやったら、アカウント閉鎖だ。
 安倍のところを「朝鮮人」に変えたらどうなる?
 客観的にものを考えられない人なんだね。




2017年9月26日火曜日

small talk:百合子の希望は日本の絶望

「小池百合子、原発ゼロだってさ。ひどいもんだな」
「脱原発派に行くんだ。さすが小沢一郎が担ぎ出した人だ」
「豊洲騒動で何も理解できない、頭の悪い奴だってはっきりしたが、鈍感さだけで突き進んで、原発ゼロに到達した」
「まともに相手に出来る人じゃないから、脱原発派が混乱におちいるんじゃないかね」
「それで、途中でコロッと変わる」
「ああ、原発のげの字も言わなくなるだろうな」
「無責任な人だからね」
「都知事が国政に打って出る政党の代表ってのもひどいもんだな」
「これは都議会で問題にし、徹底的に追求すべきだよ。もう辞めさせた方がいい」
「百合子の希望になだれ込んでいる連中もひどいし。都政にも国政にも、百合子はいらない。だから脱原発方面に行って、頑張ってくれるといいと思うよ」
「何だか納得させられてしまったな。だが、脱原発のひどさは、確かに百合子とつりあっている」




2017年9月25日月曜日

中山恭子にはガッカリだね

 小池百合子先生、「希望の党」、ひと言忘れてますよ。
の希望の党」でしょ。
 先生、もう全部、私なんですから、忘れないでくださいよ。
 本当は「の党」にしたかったのに、我慢したんですね。



2017年9月22日金曜日

光州事件とタクシー・ドライバー、そして、日本

 WEDGEというサイトに、ジャーナリストの崔碩栄さんという人が、
という興味深い記事を寄稿している。
 光州事件を題材にした映画がヒットしたことで、光州事件の評価をめぐる論争が起きているという。

 光州事件というのは、1979年10月26日に韓国の朴正熙大統領が暗殺された後の混乱の中で、韓国南西部の光州でデモ隊と韓国軍が衝突し、民間人164人、軍人23人、警官4人が死亡した事件だ。この暴動事件は、今では民主化運動としてとらえられており、「光州民主化運動」と呼ばれているという。
 映画は、事件当時、光州に潜入したドイツ人ジャーナリストと、彼に雇われ、心を通わせる事となるタクシー運転手を主人公としたもののようだが、この2人が誰で、どのような人物なのかに興味が集まった事から、疑問が出て来たらしい。

 実は従来から

「朝鮮総連と韓民統(韓国民主回復統一促進国民会議)が送った御用記者だ」という批判がされてきた。韓民統とは、韓国の朴正煕政府に抵抗するために、当時野党の指導者であった金大中が1973年に日本で在日韓国人らとともに結成した団体だ(結成準備過程で金大中拉致事件が起こったため、結成は在日韓国人 金載華代表代行のもとに行われた)。

 のだという。つまり、親北の金大中の設立した団体が外国人記者を日本から韓国に送り込み、光州事件の記事によって反韓国の宣伝をさせようとした疑いがあった。しかし、この疑惑には裏付けがなく、陰謀論として片付けられて来た。
 だが、ドイツ人記者を空港で待ち構えていたタクシー運転手の名前が、別の大事件にも登場していた事から、疑惑の信憑性が一気に高まった。
 その事件とは、文世光事件だ。
 文世光事件とは、1974年8月15日に、在日韓国人文世光が朴正熙大統領を暗殺すべく、式典の客席から銃を乱射し、大統領夫人陸英修を殺害した事件だ。前大統領の朴槿恵は、この母親の死によって深い心の傷を負い、孤独な人となったと言われている。

 文世光は左翼活動家として、武装闘争の先頭に立っていたらしい。まだ邪推にすぎないが、この男を韓国に送り込んだのが、それこそ朝鮮総連と韓民統であってもおかしくはない。文世光が韓国で使ったタクシー車の所有者が、光州事件でドイツ人を乗せたタクシー運転手だったという。

 光州事件には、北朝鮮の工作員が深く関与していたと考えられる。朴大統領暗殺が突発的な事件であったため、北朝鮮は準備もなく、混乱に乗じての韓国侵攻までは出来なかったが、韓国軍の対応次第では光州暴動が拡大し、北の侵攻まで行った可能性もあった。自然発生的なデモ隊と軍隊の衝突が200人近い死者を出す惨事に発展するなどと考えてはいけない。

 光州事件は、北朝鮮が何をして来たのか、そして、北朝鮮の背後で、支那やロシアが何をして来たのか、彼らの思考はどのようなものなのか、彼らが、万が一の時にどんな事をするのか、私たちが向かい合っているのは、どのような相手なのかを考える大きな手がかりとなる。歴史認識が歪んでしまう韓国ではなく、日本でこそ、より正確な検証が出来るのではないかと思う。

 日本を舞台に、北朝鮮が何をして来たのか、何をしているのか、北朝鮮は日本においても、その秘密戦争を継続的に行っている。すでに仮想ではない敵国となった北朝鮮である。私たちは、脱原発派のようなデマや無知、誤情報に雷同、軽挙妄動に走る事のないように、北朝鮮とその行動について、正確な情報を共有しておく必要がある。

 崔碩栄の記事は必読だ。
韓国映画『タクシー運転手』の大ヒットで浮上した歴史論争」




2017年9月19日火曜日

small talk:左翼コードが破れる時

「選挙だね」
「当然だろうね。支持率が回復したし、野党は惨憺たるありさまだ。それに北朝鮮危機を前にして、出来る限りの事をするための法整備をするには、ここで信を問うしかない」
「支持率は党内を動揺させないために高い方がいい」
「都議選もあったしね。国政で巻き返すには攻めが一番だ」
「野党が弱いしね」
「いや、放っておいたらもっと弱くなるよ。今攻めてやるのは塩を送るようなもんだ」
「そういう見方もあるな。民進は最後まで迷走を続けそうだしね。放っておいたら消滅しそうだ」
「しかし、民進や社民もふくめて、進歩派や左翼は北朝鮮危機、憲法で世迷い言ばかり言ってるな」
「左翼コードに抵触しないように考え、発言する習性が抜けないんだろう」
「いくら現実と乖離していても、左翼コードに適合していればいいと思ってるんだな」
「いくら現実的に無根拠でも、感情論であっても、左翼コードに合っていれば、理性とみなされるから便利なんだよ」
「森加計なんかは左翼コードにぴったりだったんだな」
「そうだな。森加計はまったくそうだった。ただ、これまでは、何となく、自民党、悪いという左翼コードを世間が認めて来たが、森加計の問題としての内容のなさに呆れたのと、ネット言論が健全で、野党・マスコミへの反撃が行われた。戦後を通して進歩派は左翼コードをみんなに押し付けようとして来たが、ネットに押し返さる事になった。これは画期的だったと思う」
「ネットの時代になって、あいつらの嘘が通用しなくなったわけだ」
「いい事だよ。世の中、良くなってる」
「この選挙は左翼コードと現実の選択という事になる」
「うん、左翼はヒステリックになるだろうね」
「あいつらはいつでもそうだよ」
「違いない」




2017年9月15日金曜日

small talk:シモやワキどころか、頭がユルい

「週刊文春が民進党の前原誠司新代表が北朝鮮で現地美女との親密なところの写真を出した。1999年当時の写真だという」
「これは朝鮮のおネエちゃんと仲良くした事そのものが問題なんじゃなくて、それによってこうして騒がれる原因を作ってしまった脇の甘さが問題だ。弱みになる」
「民進党から離党した山尾志桜里議員と倉持麟太郎弁護士の不倫も同じで、亭主以外の男とヤッてたってのはただシモがユルいだけの話だ。そんな事ではなく、取りざたされてしまうような事をしてた脇のユルさがダメなんだ。こんなつまらない事で党の役職がパーだけでなく、離党するはめになった」
「シモではなく、ワキのユルさが問題だというのはその通りだよ。下半身は私事だが、上半身は公の問題だ」
「離党を余儀なくされるような秘密を誰か悪意のある者につかまれ、脅されて政治姿勢に影響したらどうする」
「そこらの企業の重役が女を囲っているのを掴まれて、会社の取引業者にさじ加減するといった程度の話ではない。権力に携わる者はつまらない弱みを作ってはいけないんだよ。つまらない事で脅されたり、足を引っ張られ、政治家としていかがわしい行為をしなければならなくなったらどうする。本人は身から出たサビだが、国民はいい迷惑だ」
「たかが民進党内の事だから、これで済んで良かったよ」
「不倫だ、おネエちゃんだという事そのものは、夫婦の問題だから当人たちでカタをつければいいが、自己管理が出来ていなかったというのは、政治家としてダメだという事だ」
「民進党の事だから、北朝鮮のハニートラップにかかっててもいいだろうという態度に出るかもしれないね」
「政治家としてダメだと言われても、そうなんです、民進ですから・・・と開き直るかもしれない」
「確かに、あの人たち、そのぐらい恥知らずではある・・・それじゃ、シモやワキだけじゃなく、頭も相当にユルいという事になるぞ」


2017年9月13日水曜日

small talk:マスメディア対ネット言論

「ネット言論の中にマスメディアを批判する部分があるけど、これが面白いね」
「冷静にメディアの報道姿勢を検討し、的確な批判をしている。今のところメディアはネットに歯が立たない状態だ」
「何だかメディアに歯止めがなくなって暴走しているのを、彼らがチェックしている。メディアのダメさをネットがバランスしている観がある」
「メディアは正しい報道というのを取り違えている。このところ、彼らは倫理的に正しいというか、政治的に正しい報道をしようとしている。だが、報道の正しさというのは事実だ。反権力だとか、リベラルだとか、そういうのは報道の次元では二の次三の次になる。だが、そこが逆転して、事実そっちのけで、反安倍が政治的に正しいと主観的に判断し、その線で報道をまとめ、邁進している」
「どうしてそこまで血迷ってしまったのかは興味があるが、そこで出て来ている表出に症状として以上の意味はないだろうな」
「冷静さ、客観性、論理性といった面で、ここでネット言論として取り上げたい質の表出の方がはるかに上だ」
「その傾向は、東日本大震災以降顕著になった。原発事故報道の無残な脱原発偏向と、ネットが提起した脱原発への疑義の質を見れば、どちらが現実への対処力を持った言説であり、思考であったかははっきりしている。冷静に見れば、原発はすぐにでも稼働再開すべきだとなる」
「ワケのわからない恐怖にかられた迷信深い人々、無知な人々、共産党に扇動された人々、カルトにたぶらかされている人々が存在するから、原発停止が政治的に正しくなるというのは異常な歪みだが、対処としてはとりあえずそうした人々を置き去りにし、事実と時間経過によって原発稼働の意味が浸透するのを待つしかない。それが有効な説得になる」
「事実や科学的情報ではなく、恐怖心に訴えかける扇情報道がマスコミを席捲した。あの後、マスコミ報道の質は下落の一途をたどっている」
「マスコミに批判的な人々の発信をネトウヨとかひとくくりにしたがる人たちはいるが、その程度に扱っていいものとは思えない」
「マスコミが左傾していて、そのマスコミを批判するから右翼だというのは無意味というよりも有害なレッテル張りでしかない。活動家レベルにまで質が低下したという事かね」
「ネット言論は政治宣伝の道具としてネットを使っているのではなくて、自分の表出として真剣に行われている。そして、それが充実している。ネットの使い方のレベルがまったく違う」
「ネット言論は、そこに未来があるが、マスコミは過去にしがみついているだけで未来に向かおうとしていない」
「ネット言論の成熟とマスコミの崩壊か・・・」
「どう見ても、これは勝負あっただな」



2017年9月12日火曜日

small talk:先制防衛の論理

「北朝鮮が日本を攻撃したら、女子供も含めて日本国民、そして、日本に来ている外国人、在日韓国人、朝鮮人も殺されるだろう。憲法がどうのと言って、攻撃されるまで待っているというのは馬鹿げていると思う」
「そうだな。それに、日本が攻撃される場合、同時か、先に韓国も攻撃されている。近いとは言え海を隔てた日本を先に攻撃しておいたら、陸続きの韓国からの反撃がある。それがわかっていて、韓国を放置はしない。まず韓国侵攻があり、同時に日本攻撃となる。だから、韓国人は在日だけでなく、本国で殺される可能性が高い」
「北朝鮮は韓国侵攻ばかりを考えて来た。電撃作戦で韓国軍を撃破し、蹂躙するだろう。前の朝鮮戦争でも、共産軍は韓国人を虐殺している。今度もその可能性は高い」
「それがわかっていて、韓国も日本も何もしないでいる。防衛にいそしむというのは、今の場合、何もしないのと同じだ。北朝鮮が攻撃して来たら、こちらで人が死ぬ。それを待っているなどというのは人非人の考えだ」
「交通事故で人が死ぬと信号機が設置されると言われるが、そういう感覚でいられたら困る」
「憲法よりも、国民の生命の方が大切に決っているんだから、危機に際して臨時に憲法を停止し、危機が去ったら、元に戻せばいいだけだ。憲法の停止も、戦争に関係のある部分だけでいいんだから、出来ない話ではないだろう」
「そうだな。憲法の停止を公表するのも、後でいい。危機が去ったら、安倍首相が辞任し、国民に行動の評価を問えばいい」
「民主的なやり方だな。国民は安倍首相を支持するよ」
「今の状態での核武装論議など、無意味だ。そんな議論にリソースを割く必然はどこにもない。今は、防衛のために北朝鮮を無力化するにはどうするか、軍事行動も含めて、その方法を考え、実行する時だよ」
「その通りだな。北朝鮮/日共の紐付きではなく、真剣に考える人の中でも、反対の人はいるだろうが、直接の対話でなくても、議論を深める機会はあるだろう」



2017年9月10日日曜日

small talk:だから反ヘイトは嫌われる

「何だかツイッター社におしかけて差別ツイートの野放しをやめろと圧力をかけた団体があったらしいね」
「その団体のそんな行為を批判する人がいるのは当然だ。「ヘイトスピーチは表現の自由にあたらない」などとプラカードを掲げたらしいが、この考えの浅さがこうした団体の中身のなさを物語っている」
「高級な表現しか守るに値しないというのは理解できるが、間違っている。何が高級な表現かを決めるのは誰になるのかという問題を考えていないという点で、バカだ」
「きっと自分たちが決めるというつもりなんだろうな。表現が許されるか許されないかの裁定者になりたいんだろう」
「昔のロシアだったらKGB、戦前の日本だったら特高警察の管轄だな」
「うん、KGBならシベリア送り、特高警察なら竹刀叩き、IS支配地域なら殺される」
「ツイッター社はそのどれでもないから、彼らに対処させるなんて無理だろう。そんな事を言って圧力をかけるなんてモンスターもいいところだ。いや、ツイッターから金でもせびり取ろうという魂胆か?」
「ツイッターの検閲顧問に収まって収入を得たいのかね」
「昔の総会屋みたいだな」
「そうだな。総会屋の生き残りが反ヘイト屋になって復活するかもね」
「表現の自由というのは面倒くさい問題で、ヘイトスピーチだろうが何だろうが自由だとするのが一番簡単なんだ」
「表現というものがそれほど高級だと考えちゃいけないんだよ。どうしようもないクズがかなりはいっていると見ておいた方が確かなんだ。だが、それでも、そういうものの自由を守る事が表現の自由を守る事なんだ」
「守るべき表現というのは、守るべきではない劣性の表現に対する、優生の表現という事にしかならないんだ。表現の優生思想さ」
「表現の優生思想は自由とは対立するんだ」
「もうちょっとこだわって言えば、ある表現がヘイトスピーチであると決めるのは誰なのか、決める手順があるのか、その手順を決めるのは誰なのか、そういった問題があるんだ」
「そして、その問題をたどって行くと、その表現が守るに値するかどうかを決めるのは、結局、権威ある共産党か、北朝鮮労働党か、イスラム宗教指導者か、カトリック教会か、みたいな事になって、権力の問題に行き着いてしまう」
「ある時は表現の自由を、またある時はヘイトスピーチをダシにして、本当は自分たちの勢力を増やそうという野心があるだけなのさ」
「政治的な勢力、つまり権力を求めるのは、勝手にやればいいさ。だが、表現や差別に対する薄っぺらな正義を振りまくのは見過ごせない。反ヘイト団体にはものを考えた事のある者はいないのか?」
「ものを考えた事のある人間なんて、そんなのは憲法九条を守る会だっけ? あそこにだって一人もいないじゃないか」
「ああ、寒々しい人たちがいたな」
「脱原発も含めて、北朝鮮の核実験、ミサイル実験で、あの人たちが沈黙してしまったんで、せめて反ヘイト運動だけでも何かしようといった程度の事なんだろうけど、ダメさをさらけ出してしまった」
「あの人たちの知力と怠惰さでは表現の自由を云々するのは無理だと宣伝したようなもんだった」
「何を言うのも自由だ。だが、人に相手にしてもらえる自由というのはないし、また、他者には反論する自由もあるというだけでいいんだよ」
「その自由の範囲は、例えば、シャルリー・エブドはいくらでも宗教を小馬鹿にする自由を持っているが、イスラム教徒は襲撃をもって反論に代える自由がある。ただし、テロはテロとして対処される事になる。死刑のないEU圏では、その対処は現場での射殺となるという事だ。表現の自由を守るという事は、そうした血なまぐさい面を持っている」
「ヘイトだ何だというレッテルを張って、自分の正義を主張すればいいという程度の話ではない。そんなレベルで終始したいんだったら、おとついおいでという事だよ」
「そういう事だ。本気でもないのに、感情的になって自分の正義を主張したいだけなんだ。こりゃ嫌われるわな」



2017年9月9日土曜日

今も残る感動

 子供の頃、銭湯で知らない子たちが隣になった。お姉さんと弟らしい二人だった。
 あの頃の銭湯には子供だけ性別がなく入っていた。父親の子供連れだと、女の子でも男湯に入っていたし、女親と一緒だと男の子でも女湯に入った。小学生ぐらいまではそういう感じだったと思う。
 銭湯での事などどうして覚えているのかというと、その子たちが頭を洗った時、泡が灰色になったからだ。とても汚れていたのだろう。
 その灰色のシャンプーの泡を見て、私は
「カッケーッ!」
 と思った。それで印象に残っている。

 この感覚は、おそらく女性の共感を得る事はないだろうし、男でも裏切り者がいると思われるところだ。しかし、たとえ少数であっても賛同を期待できると信じる。

 後に肉体労働をして、土埃で体が汚れた時、頭を洗ったら、泡が灰色になった。その時、ついに俺もやったぜと嬉しくなった。小学生の時の事を、二十歳代まで引きずった事になる。



2017年9月8日金曜日

small talk:レーニンの反戦

「半島情勢は、もう戦争になるしかなさそうだね」
「うん、みんな戦争はあると思ってるね。北朝鮮があの調子じゃ、そういう事になる。戦争を回避するには、北朝鮮が核兵器をすべて廃棄する以外にないんだから」
「そうしなければ、同じ事を繰り返すだろうから、どのみちどこかで戦争になる。だったら早ければ早いほど被害が少ないのだから、どうしても開戦しかなくなる」
「北朝鮮内で革命が起き、人民が金マルクス主義専制王朝を打倒し、核を廃棄し、民主主義に基づいて韓国の軍門に下るという、最善の事態は考えられない。ならば、次善の策は戦争以外にない」
「一部の日共系進歩派は北朝鮮の話を聞いて、事を先延ばしすべきだと言ってるが、相手にされていない」
「あたりまえだ。子孫に北朝鮮の脅威という負の遺産を相続させるわけにはいかないだろう。社会保障に北朝鮮と、そんなものばかり残されたら末代まで恨まれるぞ」
「朝鮮半島危機で何だか石破がしゃしゃり出て来てるけど、何だあれは」
「暇だし、責任がないから、どこにでも顔を出して、好きな事が言えるというだけさ。責任のある立場だったら、余計な事は言えないし、マスコミの相手なんかしている暇はない」
「情報もすべて出せるわけではないから、色々と空白が出来る。これは、この情勢ではあたりまえの事だが、良く言えば、その空白を埋める役割を果たしているわけか」
「良く言えばね」
「人望のある男じゃないが、ちょうどいい所かもしれないな」
「反戦運動とかはどうなってるのかね」
「あれは戦争を始めなければ出来ないから、開戦を待ってるんじゃないかな」
「レーニンの反戦論は、第一次大戦でロシアがドイツと戦っていたのをやめさせようとした。ボルシェビキはドイツから資金を得ていたが、その条件がロシアの戦線離脱だった。それで戦争一般に反対するふりをして、ロシアを戦線離脱させたんだった」
「ああ、レーニンは戦争を売ったんだな。そして、その後は、軍備拡張に勤しむ事になる。ソビエト・ロシアは凄まじい軍国主義国家だったし、それはロシアが君臨した国々のすべてが同じだった」
「それから、資本主義国家の労働者は敵側に味方して、自国の権力と資本に打撃を与えるために戦争に反対しなければならないとか言ってたよな」
「そうすればマルクス主義国家が戦争に有利になると考えたんだな。マルクス主義諸国には労働者の権利なんかないからな、反戦運動なんてありえない」
「でも、軍事部門以外がどんどん疲弊、後退して行って、世界の半分を支配していたソビエト・ロシア帝国は崩壊した」
「腹が減ってはいくさができぬという程度の認識もなかったんだな」
「マルクス主義だからな。プーチンが北朝鮮は “草をかじっても核プログラムを放棄しない” なんて言ってるけど、マルクス主義帝国の内部をよく知っている者の言葉だな」
「向こうはすでに草をかじってるんじゃないか?」
「確かに、ああいう出方をしているという事は余裕がないという事かもしれないな」
「ただ、ここに来て太陽政策でもないだろうよ」
「ああ、金大中大統領もロクでもない指導者だったな。韓国が願望と北の工作に基いて、対北政策を失敗し続けて来た事に加えて、アメリカのオバマ大統領が8年間、何もしないでいた結果が、水爆実験に結実したわけだから、太陽政策の方面は万策尽きているよ」
「後は、冷静に、出来るだけ被害を少なくして、早く、危険を排除する事しかない」
「双方の被害を少なくするには、大きな力を一気に使うのが一番だね」
「そういう事だ。核施設を叩いて無力化した後に交渉というやり方もあるが、まず、核戦争の危機の除去が最優先だ」


2017年9月4日月曜日

この9月に寄せて

 権利という言葉を使うなら、どの国にも核兵器を開発し、保有する権利がある。しかし、核拡散防止条約に入っておいて、条約を履行せず、核兵器開発をするようなやり方をしたら、その国はまったく信頼出来ない事になる。
 これは北朝鮮の事を言っている。これまでの行動を見ていると、何事も堂々とできず、裏でコソコソとやるのが北朝鮮で、まったく信用出来ないのが明らかだ。会談などしても、また嘘を重ねるだけだから、みんなが時間稼ぎをしたい場合以外は無意味だ。

 日本も、核兵器を持つ権利はある。その必要があるという判断があれば、アメリカと何年かけても交渉し、様々な状態を整えた上で、核拡散防止条約を脱退し、核兵器を開発・保有する事は、可能性としてはありうる。
 まず、気休めにもならなくなった、馬鹿げた三原則をやめるだけでもいい。
 目前の危機に対してアメリカの核を持ち込んでもらう可能性を追求してもいいからだ。

 ロシアのプーチンは口先介入をしているが、言っているだけだ。
 また、支那がアメリカ市場・日本市場と北朝鮮のどちらを取るかは明らかだ。
 アメリカは、北朝鮮危機の対応をもって朝鮮半島に確固とした存在を打ち立てるべきだ。日本が出るわけにはいかない以上、極東アジアの安定と平和のためには、アメリカがやる必要がある。

 何の通告もなく、日本の承認もなしに北のミサイルが日本上空を通過した時点で、これは攻撃と同じだ。もう日本の側に憲法上の問題はない。あるのは、私たち自身の自衛の問題だけだ。