邦題「恐るべき子供たち」、原語だと Les Enfants Terrible (アンファン・テリブル)は、日本の倉橋由美子が好きだったんだろう、パクってた記憶がある。
倉橋由美子はどうでもいいが、北朝鮮の金正恩と金与正、アンファン・テリブルだよな。ジャン・コクトーの作品では、機関銃で銃殺なんて事はなかったけど、現実は小説を越えて残酷で陰惨だ。
北朝鮮は現在実在する奴隷国家だが、共産主義はどこであっても、あんなようなものしか生み出さなかった。金王朝など、一刻も早く消滅する事が人類の進歩に決まっている。
2018年2月28日水曜日
2018年2月23日金曜日
書を捨てよ、二度と拾うな
本屋に行かなくなった。行ってもつまらないからだ。棚に並んでいる本のほとんどは内容もなく、文章もひどいシロモノだ。これで金を取ろうなんて、出版社というのはどういう了見なんだろう?
若者が本を読まないなんてあたりまえだ。手に取るに値しないものなど無視されて当然だ。質の低い商品を出しておいて、売れないのは消費者のせいだなどと言っていられると思うのは大きな間違いだ。
もう少し言うと、若者ばかりではなく、今の年寄りたちも、ほとんどは本など読んでいなかった。購入し、置いておくだけで、読んだとみなされる知人の話を聞いてすましていた。その知人が同じ事をしていた場合、間違った知識が流布されていた。
団塊の世代など、ほとんど読書などせず、漫画ばかり読んでいた。粗製乱造された人たちだからしかたがないとも言える。哀れなものだ。あそこで、日本の知性も伝統も品格も、ほぼ断絶した。三島由紀夫が「断弦」と言ったのは、あの人たちの時代だ。
彼らが、本当はほとんど本など読んでもいないのに、読んでいたつもりになって、若い人たちをけなしたり、脅したりするのは哀れではない。実に見下げ果てた振る舞いだ。
大体、「本を読め」などと曖昧な事を口にする者は、問いただすと、10年も前に読んだ一冊の一節を後生大事に引用できたらいい方という程度で、実際は何も読んでいない場合が多い。その10年前の一冊も速読の本だったらいい方という体たらくだ。
世界的に、読書などする人は極めて少ない。必要がある人だけだ。
いや、今、量だけで言うなら、ネットで日々読んでいる文章はもの凄いものになっているはずだ。そして、メールやライン、SNSでの発信で、かつてないほどの文章を書いているだろう。内容も、表現も、おやおやと思うものも多いが、それだって新聞よりはマシだ。
情報の発信や発言で、これまで特権的な位置にいた人の中には、この大衆化を嫌う人もいるようだが、それはその人が相手にされていない事のエビデンスでしかない。
高木貞治の「解析概論」は名著だが、興味もない人は存在すら知らなくて当然だ。最近読んだ「データ・スマート」は面白かったが、これも読まない人の方が多いだろう。ロレッタ・ナポレオニの本は手当たり次第に読んでいて、今は新刊の「North Korea」にかかっているが、やはり知っている人しか読まないだろう。
若者が本を読まないなんてあたりまえだ。手に取るに値しないものなど無視されて当然だ。質の低い商品を出しておいて、売れないのは消費者のせいだなどと言っていられると思うのは大きな間違いだ。
もう少し言うと、若者ばかりではなく、今の年寄りたちも、ほとんどは本など読んでいなかった。購入し、置いておくだけで、読んだとみなされる知人の話を聞いてすましていた。その知人が同じ事をしていた場合、間違った知識が流布されていた。
団塊の世代など、ほとんど読書などせず、漫画ばかり読んでいた。粗製乱造された人たちだからしかたがないとも言える。哀れなものだ。あそこで、日本の知性も伝統も品格も、ほぼ断絶した。三島由紀夫が「断弦」と言ったのは、あの人たちの時代だ。
彼らが、本当はほとんど本など読んでもいないのに、読んでいたつもりになって、若い人たちをけなしたり、脅したりするのは哀れではない。実に見下げ果てた振る舞いだ。
大体、「本を読め」などと曖昧な事を口にする者は、問いただすと、10年も前に読んだ一冊の一節を後生大事に引用できたらいい方という程度で、実際は何も読んでいない場合が多い。その10年前の一冊も速読の本だったらいい方という体たらくだ。
世界的に、読書などする人は極めて少ない。必要がある人だけだ。
いや、今、量だけで言うなら、ネットで日々読んでいる文章はもの凄いものになっているはずだ。そして、メールやライン、SNSでの発信で、かつてないほどの文章を書いているだろう。内容も、表現も、おやおやと思うものも多いが、それだって新聞よりはマシだ。
情報の発信や発言で、これまで特権的な位置にいた人の中には、この大衆化を嫌う人もいるようだが、それはその人が相手にされていない事のエビデンスでしかない。
高木貞治の「解析概論」は名著だが、興味もない人は存在すら知らなくて当然だ。最近読んだ「データ・スマート」は面白かったが、これも読まない人の方が多いだろう。ロレッタ・ナポレオニの本は手当たり次第に読んでいて、今は新刊の「North Korea」にかかっているが、やはり知っている人しか読まないだろう。
大学の先生などは、使いもしないのに、値段ばかり高い自著を学生に押しつけて、印税でセコい稼ぎをして来たが、そういうみかじめ料、もう田舎やくざでもやってないぜ。
読書が趣味だから、邪魔だなと思いながら、いつまでも買っては読んでいるが、あまりお勧めはできない。本当に場所ふさぎだからだ。
ここ数年、多くの本を読んできたに違いない知識人が、色んな所で馬鹿さらす姿を見るにつけ、知性と読書も関係がないと感じるようにもなった。間違って読書が趣味になってしまった人は、読み続ければいいが、それだけの事だ。
読書が趣味だから、邪魔だなと思いながら、いつまでも買っては読んでいるが、あまりお勧めはできない。本当に場所ふさぎだからだ。
ここ数年、多くの本を読んできたに違いない知識人が、色んな所で馬鹿さらす姿を見るにつけ、知性と読書も関係がないと感じるようにもなった。間違って読書が趣味になってしまった人は、読み続ければいいが、それだけの事だ。
2018年2月20日火曜日
2018年2月14日水曜日
北朝鮮工作員
あの、東京だけど、2件知ってる。
いっこは知り合いの親がやってたアパートに間借りしてた夫婦。北朝鮮のスパイだった。張り込みの警官が「怪しい者ではありません」と名刺をおいてったという。
もういっこは、友達とかじゃないけど直接知ってる。
自民党議員にも、官僚にも、スパイなんかいるだろ?
情報はかなりモレモレじゃないかしらね。
そういうのはある事で、どうってことないわけじゃないけど、許容というか、想定というか、その範囲内なら、普段は無視しといていい。
現実は、ドラマとかよりもはるかにダラッとしてるんだよ。
いっこは知り合いの親がやってたアパートに間借りしてた夫婦。北朝鮮のスパイだった。張り込みの警官が「怪しい者ではありません」と名刺をおいてったという。
もういっこは、友達とかじゃないけど直接知ってる。
自民党議員にも、官僚にも、スパイなんかいるだろ?
情報はかなりモレモレじゃないかしらね。
そういうのはある事で、どうってことないわけじゃないけど、許容というか、想定というか、その範囲内なら、普段は無視しといていい。
現実は、ドラマとかよりもはるかにダラッとしてるんだよ。
2018年2月13日火曜日
『「反原発」異論』の吉本・長崎対談
吉本隆明と長崎浩の対談は、長崎の
という言葉で締めくくられる。これは長崎にとって切実な問題意識だろう。
長崎は、吉本の「心的現象論」を
吉本はこの長崎の言葉を「過大評価」としつつ、
読んでいて、「心的現象論」のモチーフを再認識したり、「重層的な非決定」というのはそういう事かと納得したり、何度も立ち止まる。
さすがに二人とも、いいことを沢山言っている。
おそらく、反原発を主張している人たちには、この対談が「反原発」への異論として出されているという事が理解できないと思う。理解できるなら、反原発などに賛成したり、同調したり、運動に参加したりしないはずだからだ。
そして、ここで話し合われている事の本質がわかる人の中で、しかるべき立場にいる人たちは、原発の制御、事故防止に向けての具体的な方策、つまり、技術的な裏付けのあるやり方に取り組んでいるだろう。
恐怖に道徳を抱き合わせ、政治を盛って原発の再稼働を止める事が、巨大科学・技術に侵略された人間の衰弱した敗北主義だという事は言っておこう。
彼らに理解はできないとは思うが。
: 敬称は、心が引き裂かれる思いで、あえて略した。
巨大科学・技術がとめどなく「人間」を侵略していく現実に対しても、道徳的意味で抑制(節度)を利かせようとするくらいで・・・抑制になっていないのが現状であるわけです。抑制の方法論的追求が現在の課題のように思います。(長崎浩)
という言葉で締めくくられる。これは長崎にとって切実な問題意識だろう。
長崎は、吉本の「心的現象論」を
人間身体に対するサイバネティックス。あるいは、いま認知心理学が「心」を機能主義的文法に置き換えることに熱中しています。広い意味で人間機械論の復興です。それにまた私の拡大解釈では、廣松歩さんのマルクス主義(社会理論)でも、自然主義=人間主義的な自然と人間の関係が「場の理論」に置き換えられるわけですね。
そうしますと、吉本さんがなさっておられる心的領域のお仕事は、こういった機能主義的思考の出現の必然性を予感なさったうえで組み立てられているように思われ、そういう気持ちで読んできたのですが。(長崎浩)と評価するが、これは、この問題意識から出ているのだろう。
吉本はこの長崎の言葉を「過大評価」としつつ、
僕が〈心的現象〉に取り組むときに、漠然と想定していたのは、ソリッドな物質観があやふやになっていて、それと同時に人間とか主体という概念が危うくなっている。そういうときどうしたらそれを掴まえることができるかといったら、ある了解性の次元を排除して、ある次元を採用するという意味の選択を、いずれにしろ拒否するということが先ず最初にありました。それ以上には、現在についても将来の事象についても先取り的な意味を持っていたわけではないのです。(吉本隆明)と答えている。また、この後で、
ぼく自身はマルクス主義はいかなる形をとっても生きられないだろう、しかしマルクスは生きられるという考え方をとってきました。それではマルクスの何が生きられるのか、といったとき、マルクスが哲学として生きられるのは自然哲学と自己疎外論である、それではどうしたらいいのかという問題意識で心的現象論を展開しました。そこで、どうしたら可能性をみつけることができるのか、どこで活体化できるのかを考えるとき、とにかく削らないことだと思ったのです。(吉本隆明)
読んでいて、「心的現象論」のモチーフを再認識したり、「重層的な非決定」というのはそういう事かと納得したり、何度も立ち止まる。
さすがに二人とも、いいことを沢山言っている。
人間が分子生物化学過程として、いくら解明されても、人間の総体には到達しない。マルクスの思想の場合でも、認識論的選択をした場合、同じことに陥ってしまうのではないかという気がするのです。(吉本隆明)
十九世紀の古典物理学が完成し、そこから方法論が抽出され、適用世界が必然的に人間的事象にまで拡大されていった。その結果、古い意味での人間主義や自然主義が否定されていき、物理学的な計算可能な概念への人間の再定義化がされるようになります。概念的整理がひとたびなされると、そのレベルで無限に方法を進めることができるわけですから、「人間」と「自然」に対する知的破壊作業が進んでいきます。そうみてくると機能主義は必然性をもった思考方法であるとは考えられます。しかし、同時に、再定義され消去された人間、自然の根拠に残るものに絶えず復讐される可能性をもった思考形態であるといえるように思います。(長崎浩)
おそらく、反原発を主張している人たちには、この対談が「反原発」への異論として出されているという事が理解できないと思う。理解できるなら、反原発などに賛成したり、同調したり、運動に参加したりしないはずだからだ。
そして、ここで話し合われている事の本質がわかる人の中で、しかるべき立場にいる人たちは、原発の制御、事故防止に向けての具体的な方策、つまり、技術的な裏付けのあるやり方に取り組んでいるだろう。
恐怖に道徳を抱き合わせ、政治を盛って原発の再稼働を止める事が、巨大科学・技術に侵略された人間の衰弱した敗北主義だという事は言っておこう。
彼らに理解はできないとは思うが。
: 敬称は、心が引き裂かれる思いで、あえて略した。
2018年2月11日日曜日
学校は社会の問題児なんだけど・・・
後にスタンフォード監獄実験と呼ばれるようになった心理学の実験が行われた事がある。
生徒を2つのグループに分け、それぞれ看守と受刑者の役を演じさせ、どうなって行くかを観察する実験だった。
その結果、看守役の学生たちは、受刑者役の学生たちを虐待するようになって行った。
実験を主催した教授までがその空気に支配され、暴走し、異常になって行くのを止めようとしなかったという。
これは有名な実験で、アイヒマン実験と呼ばれる実験の一種に分類されるものだという。
アイヒマン実験は平凡な市民が、一定の条件の下において非人道的な行為を行うという事を示したものだ。
で、何が言いたいかというと、学校って、こういうアイヒマン実験の空間になってしまっている場合があるんじゃないのかという事だ。
イジメなんか、その可能性がある。
これは、そこらの教員には想定外だろうし、対応するどころか、呑まれている場合も多いだろう。
学校で心理実験をやっているわけではないし、ナチスのアイヒマンと同列に論じられる事が理解できない人もいるだろう。
だが、悪い人間ではないのに、生徒に暴力をふるったり、いじめを放置したり(いじめがあるのを知らなかったというのは、完全な言い訳だ)、いじめを助長したり、率先していじめを始めたり、生徒を虐待するといった行動をとる教員がいる事の説明は、アイヒマン実験から説明できる可能性がある。
生徒にしても同じだ。悪い子ではないはずなのにイジメをするとしたら、その理由はこうした人間の危うい部分を見るしかないかもしれない。
まあ、そういう事を考慮しながら教育のシステム設計をするなんて芸当が出来る者が、文部省や学校関係者にどれだけいるかわからないし、まったくいないかもしれないとも思うが、教員が刑事犯罪である暴力をふるった場合など、個人の責任を厳しく追求すべきであるのは当然の事として、それとは別に、システム・デザインについても、点検する必要がある。
学校関係者が、自分たちはいい事をしているんだから、これでいいんだ、などといった意識を持ち続けている限り、学校は社会の問題児である事をやめないだろう。
アルマーニ、サカゼンであったっけ?
「東京・銀座の中央区立泰明小学校がアルマーニの制服を決めたとかで話題になってるね」
「標準服とか言うんだろ。昔はなかったよな。で8万円という価格が問題になってるらしいね」
「小学生に制服って、泰明小学校は北朝鮮みたいだな」
「いや、標準服のある小学校は多いよ」
「日本の中の北朝鮮か・・・」
「嫌な文化だな」
「教育関係者、左翼が多いからな」
「学校が北朝鮮ぽくなるのは、最後の左翼が同じ所に行ってしまうという事か」
「文部省の利権を解体したら、そういう人たちも力をなくすね」
「いや、標準服のある小学校は多いよ」
「日本の中の北朝鮮か・・・」
「嫌な文化だな」
「教育関係者、左翼が多いからな」
「学校が北朝鮮ぽくなるのは、最後の左翼が同じ所に行ってしまうという事か」
「文部省の利権を解体したら、そういう人たちも力をなくすね」
「しかし、金のかかる北朝鮮か。嫌な感じが倍増するな。標準服じゃなくて『ヒョジュン服』とか言うんじゃないか」
「校長が1人で決めて、父兄から批判が出ても辞めないって頑張ってる」
「教育システムが生んだ歪んだ人間だな。そういう奴が校長になりやすいのかね。和田利次校長って、こんなので頑張って、くだらなさしか感じられない」
「アルマーニ着て、和田バッチつけた生徒が上級小学生で、着てない子は掃除当番ばかりさせられる下級生徒になる。泰明小学校の和田王朝が続く限り下級生徒は給食が食えない」
「小学校で核ミサイル開発したりしてな」
「ヒョジュン服バブルの頃なら行けたかもね」
「バブリ~! なんてやるわけか」
馬鹿な大人ほど英語で子供を苦しめる。だが、その前に、あんた訛ってるよ
英会話って、普段、日本語でも話をしない奴が外国語だと突然喋りだすなんてありえない。女はおしゃべりだから、沈黙に耐えきれずに何とかしゃべろうとする。男女差という事で言えば、どっちが上達するかはっきりしている。
外国語だと母語よりも性能が低下する。だから、外国語習得においても母語が豊かな人が圧倒的に有利だ。
母語で話す内容のない奴が、外国語で言うべき事などない。英会話を勉強するなら、何かそれなりの内容のある事を喋り、聞き、会話をするのが目的なはずだが、母語でやっている事の何割減かになるのだから、ゼロに近い奴は、もっとゼロに近くなるだけだ。そういう人は無駄だから英会話など辞めた方がいい。もっと好きな事や楽しい事があるはずだ。
また、文法が必要だとか、不要だとか、無意味で馬鹿をさらけ出した議論があるようだが、必要な人はとことん必要だし、そんなに必要のない人は少しだけ必要だというだけだ。文法は植民地教育の簡単のために作られたものだから、きちんとやっておいて損はないが、下層民と認知されるので良ければ、文法から外れて喋っていても、たいていは理解してもらえる。
自分はどのレベルのどんな事をしたいのかで学習は大きく変わる。最低限でいいなら、今の日本の教育よりも、もっとうんと簡単にして、中学で現在形の普通文だけをやるぐらいでいい。後、辞書の引き方は教えた方がいい。
つまり、英語圏に違法移民になって、何とか最底辺の仕事にありつける程度という事だ。
もっと上の仕事につきたいなら、文法もきちんと学び、難しい文献も読みこなし、正しい発音でしゃべりと、かなり堅苦しい世界に生きなければならない。
目的、つまりゴールもはっきりさせないで、闇雲にどう学習するかを議論するというのは、まったく馬鹿丸出しだし、無駄だし、でも、強引に結論を出し、子供にわけのわからない負担を強いる事になるから、やめた方がいい。
母語で「喋れる」だの、「お声がけをさせていただく」だの、デタラメな日本語を使って生活しているのは親だが、そこはもう手の施しようがない。子供が外国語習得で会話を重視したいのなら、本来なら、母語の発音、イントネーションから学ばせなければならない。
でも、学校教員できちんと日本語が話せる人はなかなかいない。なまっている人も多いし、イントネーションは酷いものだ。また、時たま、間違った言葉を使う人もけっこういた。
という事で、教員の質から言って、母語の習得に問題がある以上、外国語学習には大きな壁がある。
だから、多くを求めるのはやめて、旅行で使える程度のものを中心に教え、もっとやりたい子を邪魔しないようにだけすればいいんじゃないだろうか。もっとやる子は学校なんかではなく、塾で勉強するから、その邪魔をするなという事だ。
外国語だと母語よりも性能が低下する。だから、外国語習得においても母語が豊かな人が圧倒的に有利だ。
母語で話す内容のない奴が、外国語で言うべき事などない。英会話を勉強するなら、何かそれなりの内容のある事を喋り、聞き、会話をするのが目的なはずだが、母語でやっている事の何割減かになるのだから、ゼロに近い奴は、もっとゼロに近くなるだけだ。そういう人は無駄だから英会話など辞めた方がいい。もっと好きな事や楽しい事があるはずだ。
また、文法が必要だとか、不要だとか、無意味で馬鹿をさらけ出した議論があるようだが、必要な人はとことん必要だし、そんなに必要のない人は少しだけ必要だというだけだ。文法は植民地教育の簡単のために作られたものだから、きちんとやっておいて損はないが、下層民と認知されるので良ければ、文法から外れて喋っていても、たいていは理解してもらえる。
自分はどのレベルのどんな事をしたいのかで学習は大きく変わる。最低限でいいなら、今の日本の教育よりも、もっとうんと簡単にして、中学で現在形の普通文だけをやるぐらいでいい。後、辞書の引き方は教えた方がいい。
つまり、英語圏に違法移民になって、何とか最底辺の仕事にありつける程度という事だ。
もっと上の仕事につきたいなら、文法もきちんと学び、難しい文献も読みこなし、正しい発音でしゃべりと、かなり堅苦しい世界に生きなければならない。
目的、つまりゴールもはっきりさせないで、闇雲にどう学習するかを議論するというのは、まったく馬鹿丸出しだし、無駄だし、でも、強引に結論を出し、子供にわけのわからない負担を強いる事になるから、やめた方がいい。
母語で「喋れる」だの、「お声がけをさせていただく」だの、デタラメな日本語を使って生活しているのは親だが、そこはもう手の施しようがない。子供が外国語習得で会話を重視したいのなら、本来なら、母語の発音、イントネーションから学ばせなければならない。
でも、学校教員できちんと日本語が話せる人はなかなかいない。なまっている人も多いし、イントネーションは酷いものだ。また、時たま、間違った言葉を使う人もけっこういた。
という事で、教員の質から言って、母語の習得に問題がある以上、外国語学習には大きな壁がある。
だから、多くを求めるのはやめて、旅行で使える程度のものを中心に教え、もっとやりたい子を邪魔しないようにだけすればいいんじゃないだろうか。もっとやる子は学校なんかではなく、塾で勉強するから、その邪魔をするなという事だ。
2018年2月10日土曜日
政治家ってなあサービス業だぜ。葬式まわりは業務外だけどね
例えば選挙で自分の(あるいは、自分が支持する)所に票が入るのが民主主義で、自民党に票が入るのは民主主義ではないと考えているのが左翼や進歩派だ。そういう得手勝手な連中と話し合いなんか出来るわけがない。相手にしないで、民主主義の手続きに添って、選挙で殲滅するしかない。
民主党政権後、そういう流れになって来たが、これは民主主義の危機ではなく、健全な民主主義の姿だ。多数決を「強行採決」と言い張るのも無視した方がいいのだから、多数派が多数決で立法を進め、どんどん政策を実現して行くべきだ。
ただ、自民党にその能力があるかどうかは知らない。
立法府の議員たちの立法能力が未知数というのがつらい現実だが、依頼心を捨て、役人に任せるのをやめないと、国民に見捨てられる。
国会で野党の顔色を見ていればいい時代は過ぎた。国民の顔色をうかがう能力を持たないと、自民党も見捨てられる。
自民党は立法サービスの質を高める余地をとても多く持っている。これが出来なければ、将来、別の保守政党に取って代わられる事になる。
知らないよ。
民主党政権後、そういう流れになって来たが、これは民主主義の危機ではなく、健全な民主主義の姿だ。多数決を「強行採決」と言い張るのも無視した方がいいのだから、多数派が多数決で立法を進め、どんどん政策を実現して行くべきだ。
ただ、自民党にその能力があるかどうかは知らない。
立法府の議員たちの立法能力が未知数というのがつらい現実だが、依頼心を捨て、役人に任せるのをやめないと、国民に見捨てられる。
国会で野党の顔色を見ていればいい時代は過ぎた。国民の顔色をうかがう能力を持たないと、自民党も見捨てられる。
自民党は立法サービスの質を高める余地をとても多く持っている。これが出来なければ、将来、別の保守政党に取って代わられる事になる。
知らないよ。
お前、ヤな奴のままでいいよ。人間、そんなにいいもんじゃないから
悪人がいい結果をもたらす事もあれば、善人がすべてを台無しにしてしまう事もある。
物事、意図した通りの結果が出るなんて、あまりない。
そこを単純に考えると、最悪の抑圧を生み出す。
物事、意図した通りの結果が出るなんて、あまりない。
そこを単純に考えると、最悪の抑圧を生み出す。
2018年2月9日金曜日
不老不死なんていらない
不老不死って理想のように言うけど、今、近づいているのは、老不死だ。モウロクしてワケわからないで、ただ生きてるというか、死なないだけで存在する。残骸だ。
自分がそうなる事を考えると心底恐ろしいが、様々な衰えを鑑みるにつけ、その恐ろしいありさまに近づいている。そして、ある時、一気に距離をつめるのだと思う。出来るうちに自死をと思わないでもないが、変死は色々とはた迷惑だ。
死ぬまで元気というのが理想だという感じもあるが、武道の達人がボケても、技だけはサエているので、家族や弟子が往生しているという話をチラホラ聞いたりすると、そういう元気も困りものだと思う。
うーん、まだらボケが来たら脳死って事にして、始末しちゃう・・・なんてわけにはいかないよな。
で、介護施設の職員て、給料は安いし、もの凄いストレスにさらされてるし、体力的にも厳しいと聞いた。せめて給料を上げ、心のケアをしていかないと、必要な介護を担う人がいなくなってしまう。これは緊急の課題だ。
自分がそうなる事を考えると心底恐ろしいが、様々な衰えを鑑みるにつけ、その恐ろしいありさまに近づいている。そして、ある時、一気に距離をつめるのだと思う。出来るうちに自死をと思わないでもないが、変死は色々とはた迷惑だ。
死ぬまで元気というのが理想だという感じもあるが、武道の達人がボケても、技だけはサエているので、家族や弟子が往生しているという話をチラホラ聞いたりすると、そういう元気も困りものだと思う。
うーん、まだらボケが来たら脳死って事にして、始末しちゃう・・・なんてわけにはいかないよな。
で、介護施設の職員て、給料は安いし、もの凄いストレスにさらされてるし、体力的にも厳しいと聞いた。せめて給料を上げ、心のケアをしていかないと、必要な介護を担う人がいなくなってしまう。これは緊急の課題だ。
2018年2月6日火曜日
文春砲って、粗砲じゃねえか
週刊誌なんて、元々、凄いゲスで下品で汚くて、商業主義のもので、読者の劣情を刺激して商売して来たんだから、音楽屋さんが1人引退したって、それは個人の問題だ。
週刊誌そのものが売れなくなって消滅しても、同じような劣情商売は人間が下劣な面を持っているかぎりなくならない。
文春の記事で小室氏が引退しようがどうしようが、文春は、はい下品です。おっしゃる通りの商売ですと開き直ったらそこでおしまいだ。そして、元々そういうものとして始まったものなのだから、問題は、その原点をきちんと守れているかどうか、ちゃんと下品かどうかしかない。
で、何お上品ぶってんだよ、馬鹿。だから売れねえんじゃねえか。
週刊誌そのものが売れなくなって消滅しても、同じような劣情商売は人間が下劣な面を持っているかぎりなくならない。
文春の記事で小室氏が引退しようがどうしようが、文春は、はい下品です。おっしゃる通りの商売ですと開き直ったらそこでおしまいだ。そして、元々そういうものとして始まったものなのだから、問題は、その原点をきちんと守れているかどうか、ちゃんと下品かどうかしかない。
で、何お上品ぶってんだよ、馬鹿。だから売れねえんじゃねえか。
2018年2月2日金曜日
ううっ、今日も寒い
文在寅政権の韓国を見てて、民主党(民進・立民)政権が続かなくて良かったとつくづく思う。
民主党政権は国民の大失敗だった。小池百合子都政が都民の大失敗なのも同じだ。
ふたつとも小沢一郎が絡んでいる。小沢一郎、いいかなと思った時期もあったけど、あれも疫病神だね。
国会の中ではなく、外で運動でもやってればいい人たちだね。
いや、それじゃ沖縄に行ったりするから、沖縄へのしわ寄せになってしまう。置き場所のない人たちだね。
ふたつとも小沢一郎が絡んでいる。小沢一郎、いいかなと思った時期もあったけど、あれも疫病神だね。
低生産性の日々
雪だというので気持ちも寒くなってしまい、つい、早寝をしてしまった。その結果、妙な時間に目が冷めてしまい、布団から出たらやはり寒く、外を見たら、雪は降ってないが、だからといって温かいわけではなく、お茶を呑み、グズグズと夜が更けて行くのを感じつつ、アガサ・クリスティーが朦朧とした感じを出すために、冒頭にダラダラした文を書いたのはどの作品だったか思い出せず、でも、あの雰囲気は少しチェスタトンぽいな、意図的なんだろうなとか余計な事を考えている。
チェスタトンのブラウン神父シリーズ、最初の作品の冒頭は、リボンがかかった一枚の絵のリボンが解けて動き始めるイメージで、それは昔のハリウッド映画の始まりを想起するとわかりやすい・・・おっと、もうそんなの見たこともない人のが多いのかな・・・のだけれど、ともかく、とても美しいイメージが描かれている。
チェスタトンの文章力でサラッと面白いイメージをえがかれて始まるなんて、やはりブラウン神父はいいな。
チェスタトンのブラウン神父シリーズ、最初の作品の冒頭は、リボンがかかった一枚の絵のリボンが解けて動き始めるイメージで、それは昔のハリウッド映画の始まりを想起するとわかりやすい・・・おっと、もうそんなの見たこともない人のが多いのかな・・・のだけれど、ともかく、とても美しいイメージが描かれている。
チェスタトンの文章力でサラッと面白いイメージをえがかれて始まるなんて、やはりブラウン神父はいいな。
2018年2月1日木曜日
タンパ・レッドの言葉
「自分にできることをやれ。できないことは、考えるな」
タンパ・レッドが、アーサー・クルーダップに言った言葉。(ウィキペディアのアーサー・クルーダップの項参照)
タンパ・レッドはボトル・ネック・ギター奏法の名手として名を馳せたブルース・マン。アーサー・クルーダップ(あだ名はビッグ・ボーイで、アーサー・ビッグ・ボーイ・クルーダップ(Arthur "Big Boy" Crudup)なんて呼ばれたりする)はエルビス・プレスリーが憧れたブルース・マンで、エルビスのデビュー曲の「ザッツ・オールライト」はクルーダップの曲だ。「ロックン・ロールの父」とも呼ばれたが、不遇で、農業労働者として働きながら音楽活動を続けた。
エルビスは、自分がクルーダップの境地に達したら、誰も聞いた事もない音楽が作れるのにと言っていた。エルビスはクルーダップの曲を3曲もとりあげている。
タンパ・レッドが、アーサー・クルーダップに言った言葉。(ウィキペディアのアーサー・クルーダップの項参照)
タンパ・レッドはボトル・ネック・ギター奏法の名手として名を馳せたブルース・マン。アーサー・クルーダップ(あだ名はビッグ・ボーイで、アーサー・ビッグ・ボーイ・クルーダップ(Arthur "Big Boy" Crudup)なんて呼ばれたりする)はエルビス・プレスリーが憧れたブルース・マンで、エルビスのデビュー曲の「ザッツ・オールライト」はクルーダップの曲だ。「ロックン・ロールの父」とも呼ばれたが、不遇で、農業労働者として働きながら音楽活動を続けた。
エルビスは、自分がクルーダップの境地に達したら、誰も聞いた事もない音楽が作れるのにと言っていた。エルビスはクルーダップの曲を3曲もとりあげている。
プレスリーのバックボーンはゴスペルとブルースで、プレスリーが出現しなかったら、アメリカ音楽はカントリー一色になっていて、ブルースなんて知られる事もなく消え去っていたかもしれない。人種差別団体のKKK団(クー・クラックス・クラン)が、黒人音楽を広めているプレスリーを狙った事もある。
出来ない事をなくそうなんて考えずに、出来る事だけに集中しろというのは、とても現実的でいい教えだ。何でも出来るなんてのに意味はない。リソースをどこに振り向けるかの決断はとても重要だ。
昔、学校で抱負をと聞かれたから、得意な学科をもっと伸ばしたいと言ったら、これとこれが成績悪いから、先にそれを何とかしろとダメ出しをされた。罠だった。言わせといてそりゃないだろ。中学生はうんざりした。人の気持ちを台無しにする教師はとても多かった。どうも、教員というと軽蔑してしまうのはそんな体験からだと思う。あいつら、きっとみんな日教組だな。
タンパ・レッドはいい。出来る事に取り組むだけだって大変だ。出来ない事になんてかまっている余裕はない。苦労人の言葉だ。
2018年1月31日水曜日
やはり生産性は低い気がする
1日、手間な事をやっていて、明日も続けなければならない。いや、明日で終わってくれればいいなというのは願望だった。
ここを抜けられると、少し楽になるのだけれど、まだ抜けられるかどうかわからない。
何の話か、人にはわからないだろうけど、ただの愚痴だからつまびらかにはしない。
ここを抜けられると、少し楽になるのだけれど、まだ抜けられるかどうかわからない。
何の話か、人にはわからないだろうけど、ただの愚痴だからつまびらかにはしない。
2018年1月30日火曜日
生産性の低い月曜日
昨日夜更かししたので、今日は寝坊してしまった。
生産性、極めて低し・・・
京大の風車技術の先生が、電力会社の送電網について頓珍漢な事を言ったのを朝日が取り上げて話題になっているのを知る。朝日新聞はもう最初から救いようがないが、京大の先生もダメっぽい。ガンバレー、みたいな・・・
ブレンダ・リーから始めて、タミー・ワイネットの「スタンド・バイ・ユア・マン」を聞いた。ワイネットの曲は、映画「ブルース・ブラザーズ」で、カントリー音楽をからかう場面で使われていた。映画のあれはカントリー・ミュージシャンの方が面白がったんじゃないかと思う。
ワイネットはすごく好きな歌手だ。もちろん、ブレンダ・リーも大好き。昨日はダスティー・スプリングフィールドを聞いていた。「Only want to be with you」や「You don't have to say you love me」なんかだ。「You don't have to say you love me」は、プレスリーも取り上げたあの曲、「When I say I needed you~」と始まるヤツ。邦題は「この胸のときめき」だったっけ? 元はカンツォーネで、男性歌手が歌ってるから、エルヴィスが歌う方が正解かもしれない。でも、最初にスプリングフィールドで聞いたから印象が強い。
スプリングフィールドは、ただのポップス歌手ではなくて、リズム・アンド・ブルースなんかもよく歌っていた。ああ、007の「Look of love」なんかも歌ってる。あれは凄くいい。邦題は「恋の面影」。バカラックの曲だ。バカラックって、あの人が音楽を手がけると、映画が豪華になる作曲家だった。もうそういう人はいない。
生産性、極めて低し・・・
京大の風車技術の先生が、電力会社の送電網について頓珍漢な事を言ったのを朝日が取り上げて話題になっているのを知る。朝日新聞はもう最初から救いようがないが、京大の先生もダメっぽい。ガンバレー、みたいな・・・
ブレンダ・リーから始めて、タミー・ワイネットの「スタンド・バイ・ユア・マン」を聞いた。ワイネットの曲は、映画「ブルース・ブラザーズ」で、カントリー音楽をからかう場面で使われていた。映画のあれはカントリー・ミュージシャンの方が面白がったんじゃないかと思う。
ワイネットはすごく好きな歌手だ。もちろん、ブレンダ・リーも大好き。昨日はダスティー・スプリングフィールドを聞いていた。「Only want to be with you」や「You don't have to say you love me」なんかだ。「You don't have to say you love me」は、プレスリーも取り上げたあの曲、「When I say I needed you~」と始まるヤツ。邦題は「この胸のときめき」だったっけ? 元はカンツォーネで、男性歌手が歌ってるから、エルヴィスが歌う方が正解かもしれない。でも、最初にスプリングフィールドで聞いたから印象が強い。
スプリングフィールドは、ただのポップス歌手ではなくて、リズム・アンド・ブルースなんかもよく歌っていた。ああ、007の「Look of love」なんかも歌ってる。あれは凄くいい。邦題は「恋の面影」。バカラックの曲だ。バカラックって、あの人が音楽を手がけると、映画が豪華になる作曲家だった。もうそういう人はいない。
この冬は寒くて、着るものが欲しいんだけど、ネットで探して、ちょっといいかなと思った服が、次の日にはサイズがなくなっている。もう考えてちゃ買えないみたいだ。寒いせいで、衣類が売れているのかもしれない。
ああ、ダラダラと書いてたら、明日になってしまった。ええと、まだ29日の設定です。よろしく。
2018年1月28日日曜日
『「反原発」異論』を読んでいる
吉本さんの『「反原発」異論』を読んでいる。長崎浩さんとの対談からはじまって、つい全部読んでしまっている。
前書きを副島隆彦氏が書いているが、太田龍もどきのヘタな陰謀論よりも、はるかにいい事を書いている。感情的な人のようだから、自分を抑えて冷静に思考を進める事を学ばないとすぐに限界が来るんじゃないかと思うけど、ともかく、ここではいい所を見せてくれた。
この本で、「反原発」の背景にあるマルクス主義が主題で、マルクス主義がダメだという認識は吉本さんも、長崎さんも同じだ。その上で、人類と科学の関わりをかなりの所まで、つまり、ここから先はないかもしれないという所まで考え、話している。
全学連や全共闘は、長崎さんより猿に近かったんじゃないかな。
吉本さんは、マルクス主義を否定するけど、マルクスは否定しない。
ロシアで革命が起き、途中からのこのこと帰国したレーニンが、革命指導部に背後から襲いかかり、革命を乗っ取った後、マルクス主義は革命思想の主流となった。
それまではアナーキズムが革命思想の主流であり、マルクスは知らない人の方が多かったし、マルクスを知る人には、マルクスを嫌う人の方が多かった。
マルクスは、身勝手で頑固で偏屈で、人を見下していたから、嫌われて当然だったと思うが、異常なところがあり、人望のないマルクスが、思想的にも孤立していたのは性格的な問題ではなく、やはり思想的に魅力がなかったからだと思うのだが、吉本さんは、その、革命思想の主流になる前の変人マルクスさんの思想を評価している。
その評価というのは見かけより大きな事だと感じるのだけれど、今は謎と言うしかない。ここで妙にわかったふりをすると、底の浅さがバレる気がする。
ただ、革命以前のマルクスさんなら、福島を「フクシマ」と表記して、何もないのに何事かありそうな演出をするたぐいの連中や、わけのわからない反原発派を吉本さんと同じように「恐怖を組織する」者たちと否定しただろうという気もする。おそらく、もっと凄まじい罵詈雑言を投げつけただろう。
前書きを副島隆彦氏が書いているが、太田龍もどきのヘタな陰謀論よりも、はるかにいい事を書いている。感情的な人のようだから、自分を抑えて冷静に思考を進める事を学ばないとすぐに限界が来るんじゃないかと思うけど、ともかく、ここではいい所を見せてくれた。
この本で、「反原発」の背景にあるマルクス主義が主題で、マルクス主義がダメだという認識は吉本さんも、長崎さんも同じだ。その上で、人類と科学の関わりをかなりの所まで、つまり、ここから先はないかもしれないという所まで考え、話している。
全学連や全共闘は、長崎さんより猿に近かったんじゃないかな。
吉本さんは、マルクス主義を否定するけど、マルクスは否定しない。
ロシアで革命が起き、途中からのこのこと帰国したレーニンが、革命指導部に背後から襲いかかり、革命を乗っ取った後、マルクス主義は革命思想の主流となった。
それまではアナーキズムが革命思想の主流であり、マルクスは知らない人の方が多かったし、マルクスを知る人には、マルクスを嫌う人の方が多かった。
マルクスは、身勝手で頑固で偏屈で、人を見下していたから、嫌われて当然だったと思うが、異常なところがあり、人望のないマルクスが、思想的にも孤立していたのは性格的な問題ではなく、やはり思想的に魅力がなかったからだと思うのだが、吉本さんは、その、革命思想の主流になる前の変人マルクスさんの思想を評価している。
その評価というのは見かけより大きな事だと感じるのだけれど、今は謎と言うしかない。ここで妙にわかったふりをすると、底の浅さがバレる気がする。
ただ、革命以前のマルクスさんなら、福島を「フクシマ」と表記して、何もないのに何事かありそうな演出をするたぐいの連中や、わけのわからない反原発派を吉本さんと同じように「恐怖を組織する」者たちと否定しただろうという気もする。おそらく、もっと凄まじい罵詈雑言を投げつけただろう。
マルクス主義など、もうどうでもいいものだが、科学の問題は興味深い。そこは、後で、吉本・長崎対談について考えてみる事にする。
2018年1月25日木曜日
長崎浩なんて、誰も読まないかも
西部邁が自殺したというので、ああ、ブントがまた一人死んだなと思ったら、長崎浩を思い出した。久しぶりに読んでみようと思い、吉本隆明の『「反原発」異論』を読み直しはじめた。それと『乱世の政治論 愚管抄を読む』も読んでみようと思っている。
2018年1月23日火曜日
今日は朝から雪かき
Eva Cassidy と Chuck Brown のデュエットを聞く。やはりいい歌手だ。
チャック・ブラウンも歌上手いけど、エヴァも負けていない。それに、2人とも歌の解釈が高度で重層的な音楽を作り出す人たちだ。そんな事もあって、いい共演になっている。
朝から雪かきで節々が痛むところを、楽にしてくれて感謝した。
アルバム名:
The Other Side
曲名:
Let The Good Times Roll
Fever
You Don't Know Me
I Could Have Told You So
Gee baby, Ain't Good To You
I'll Go Crazy
You Don't Know What Love Is
Drown In My Own Tears
God Blues The Child
Red Top
Dark End Of The Street
The Shadow Of Your Smile
Over The Rainbow
You're Changed
チャック・ブラウンも歌上手いけど、エヴァも負けていない。それに、2人とも歌の解釈が高度で重層的な音楽を作り出す人たちだ。そんな事もあって、いい共演になっている。
朝から雪かきで節々が痛むところを、楽にしてくれて感謝した。
アルバム名:
The Other Side
曲名:
Let The Good Times Roll
Fever
You Don't Know Me
I Could Have Told You So
Gee baby, Ain't Good To You
I'll Go Crazy
You Don't Know What Love Is
Drown In My Own Tears
God Blues The Child
Red Top
Dark End Of The Street
The Shadow Of Your Smile
Over The Rainbow
You're Changed
2018年1月20日土曜日
フィンちゃん、またね
ICANという、通信講座みたいな名前の団体のフィンさん、日本に来たけど、ウチの方でも前に佐藤栄作という人が同じ平和賞もらったんですよ。ええ、それで、日本は基本的にはその政策を受け継いでね、ここまでやって来たんです。はい。
基本的にというのは、大体、自民党政権だという意味です。時々、間違って左翼が政権につきますがね、それが無能だし馬鹿ばかりで困ったもんなんです。おや、愚痴になってしまいましたね。
とにかく、お互いに平和を望む者同士、また、ノーベル平和賞をもらった者と、その後輩という間柄です。仲良くしましょう。これからはフィンちゃんと呼ばせていただきます。
あ、もうお帰りですか。それでは、さようなら。
基本的にというのは、大体、自民党政権だという意味です。時々、間違って左翼が政権につきますがね、それが無能だし馬鹿ばかりで困ったもんなんです。おや、愚痴になってしまいましたね。
とにかく、お互いに平和を望む者同士、また、ノーベル平和賞をもらった者と、その後輩という間柄です。仲良くしましょう。これからはフィンちゃんと呼ばせていただきます。
あ、もうお帰りですか。それでは、さようなら。
2018年1月19日金曜日
頑張っても無駄かも・・・
差別はどこの国、地域にもあるが、そのように一般化しないで言うならば、旧社会主義圏には、古い型の差別が強く固定されていた。これは統治のために意図的に放置したのかもしれないし、社会主義では差別などないという事にしてしまったために無理やり無いフリを続けたため、かえって酷い形で野放しになっていたのかもしれない、もしかしたら、近隣への侵略的な意図があって、軍事行動への共感を醸成するために政治的に差別の固定を計っていたなんて事もありえる。
もちろん、各国の共産党の考えはソビエト・ロシアの共産党が、このように考えろと指示した通りの統制された思考だったので、ソ連には差別などないという隠蔽に、世界中の共産党が協力した。こうした画一性、宣伝を事実の上に置く党派的思考、嘘と隠蔽は共産党の体質と言っていい。その意味で、新左翼も共産党と同じ体質だったから、彼らの存在にたいした意味はなかった。
そういう次第で、共産主義には差別が組み込まれている。
現在、支那や北朝鮮では強い差別意識が政治的に醸成されていると考えていい。
日本で言うなら、デタラメな反原発のために福島や福島の人々の差別を作り出したのは、それに近い人々を含めて、共産主義のやり口そのものだった。
さて、もっと一般的な差別、誤解を恐れずに言うならば「自然」な差別(やはり少し恐れて言葉を足そう。差別する事が自然というのではなくて、どこにでもあるようなものとして歴史的に一定に定着した差別)は、相対的なものであり、流動的なものでもある。
これは差別が社会的なものだからそうなる。何となく差別が普及し、何となく続く。常識というか、空気というか、コードというか、サブカルチャーというか、そういうものとしてある差別だ。
こういうものを扱うのは難しい。どうしてかというと、よくわからないからだ。
いつ始まったのか、なぜなのか、なぜなくならないのか、あるいは、なぜなくなるのか、全部わからない。色々と説明はあるが、これといったものはない。
酷いのになると、日本人は差別が好きな、差別的だからだという乱暴な話まであった。これは支那の事例を出せばすぐに粉々になってしまう阿呆な言説で、左翼らしい、まったく話にならないしろものだった。そんな事で差別がなくなるなら誰も苦労はしないよ。苦労を知らない人は物事を台無しにするもんだな。
なぜわからないかというと、ひとつには、差別をなくす事に性急で、そのための議論として語られるばかりという事情もあった。その型の議論だと、結論が先に決まっているようなものだから、発展などする余地はなかった。
差別をなくそうという党派性が、かえって議論の深化を阻害したわけだ。
また、問題が問題なだけに、今、そこにいる人が傷ついてしまう可能性があり、とりあつかいに神経を使わなければならない。そういう事も含めて、面倒臭いし、近寄らないのが一番だという、当然の判断があって問題が放置されたという事もある。
差別は社会的なものだが、社会運動によってなくせるものかどうかはわからない。多くの人が、差別は嫌だな、なくなるといいなと思っているが、すぐにはなくならない。それは差別が無意識のものでもあるからだろうと思える。
無意識と言えば、「差別は悪い事だ」と思う人がいるとする。これはあたりまえの話だ。そして、「悪い事だから、自分はしない」と考えるとする。これも気持ちとしては理解できる。だが、「だから、自分はしていない」と思い込むようになると、待てよ、浅すぎるだろうと言うしかなくなる。
教員なんかにも、こういう人はよくいるが、社会運動をやっている人にも、この手がいる。無意識という事がわかってない。あまりにも簡単に考えている。で、それはソ連の嘘と一緒の運命をたどる。その人が意識せずに差別していた場合、それをなくすのは大変な骨折りになる。まず、ないはずのものがあるという所から始めなければならないのだ。こういう人によって、ゴールは余計に遠くなってしまう。
文化を歌舞音曲だなどととらえていたら大間違いだ。階層的に歌舞音曲となって表出もするが、文化というのは、その社会なり共同体の成員の無意識としてある共通の感覚のようなものと、とりあえず比喩的にしか指し示せないもののようだ。
差別は、かなりいい加減なものだが、意図的になくす事が出来るかどうかはわからない。そういうものだと考えるしかなさそうだ。
だから、ほかの社会問題と同じく、政治的に、つまり、力で解決しようとしても効果は見込めない。社会問題を解決すると触れ込むたぐいの政治家は絶対に認めないだろうが、政治の効果は極めて限定的だ(政治に過大な期待をするのは後進性の現れだから、そろそろやめるべきだというのは、こういう理由だ。しかも、過大な期待を温存する後進性は、同時に利権などが絡む場所でもある)。しかも、日本では、共産党系、社民党系、新旧民進党系の政治家や活動家が生産的な結果をもたす能力がない事ははっきししている。
もちろん、各国の共産党の考えはソビエト・ロシアの共産党が、このように考えろと指示した通りの統制された思考だったので、ソ連には差別などないという隠蔽に、世界中の共産党が協力した。こうした画一性、宣伝を事実の上に置く党派的思考、嘘と隠蔽は共産党の体質と言っていい。その意味で、新左翼も共産党と同じ体質だったから、彼らの存在にたいした意味はなかった。
そういう次第で、共産主義には差別が組み込まれている。
現在、支那や北朝鮮では強い差別意識が政治的に醸成されていると考えていい。
日本で言うなら、デタラメな反原発のために福島や福島の人々の差別を作り出したのは、それに近い人々を含めて、共産主義のやり口そのものだった。
さて、もっと一般的な差別、誤解を恐れずに言うならば「自然」な差別(やはり少し恐れて言葉を足そう。差別する事が自然というのではなくて、どこにでもあるようなものとして歴史的に一定に定着した差別)は、相対的なものであり、流動的なものでもある。
これは差別が社会的なものだからそうなる。何となく差別が普及し、何となく続く。常識というか、空気というか、コードというか、サブカルチャーというか、そういうものとしてある差別だ。
こういうものを扱うのは難しい。どうしてかというと、よくわからないからだ。
いつ始まったのか、なぜなのか、なぜなくならないのか、あるいは、なぜなくなるのか、全部わからない。色々と説明はあるが、これといったものはない。
酷いのになると、日本人は差別が好きな、差別的だからだという乱暴な話まであった。これは支那の事例を出せばすぐに粉々になってしまう阿呆な言説で、左翼らしい、まったく話にならないしろものだった。そんな事で差別がなくなるなら誰も苦労はしないよ。苦労を知らない人は物事を台無しにするもんだな。
なぜわからないかというと、ひとつには、差別をなくす事に性急で、そのための議論として語られるばかりという事情もあった。その型の議論だと、結論が先に決まっているようなものだから、発展などする余地はなかった。
差別をなくそうという党派性が、かえって議論の深化を阻害したわけだ。
また、問題が問題なだけに、今、そこにいる人が傷ついてしまう可能性があり、とりあつかいに神経を使わなければならない。そういう事も含めて、面倒臭いし、近寄らないのが一番だという、当然の判断があって問題が放置されたという事もある。
差別は社会的なものだが、社会運動によってなくせるものかどうかはわからない。多くの人が、差別は嫌だな、なくなるといいなと思っているが、すぐにはなくならない。それは差別が無意識のものでもあるからだろうと思える。
無意識と言えば、「差別は悪い事だ」と思う人がいるとする。これはあたりまえの話だ。そして、「悪い事だから、自分はしない」と考えるとする。これも気持ちとしては理解できる。だが、「だから、自分はしていない」と思い込むようになると、待てよ、浅すぎるだろうと言うしかなくなる。
教員なんかにも、こういう人はよくいるが、社会運動をやっている人にも、この手がいる。無意識という事がわかってない。あまりにも簡単に考えている。で、それはソ連の嘘と一緒の運命をたどる。その人が意識せずに差別していた場合、それをなくすのは大変な骨折りになる。まず、ないはずのものがあるという所から始めなければならないのだ。こういう人によって、ゴールは余計に遠くなってしまう。
文化を歌舞音曲だなどととらえていたら大間違いだ。階層的に歌舞音曲となって表出もするが、文化というのは、その社会なり共同体の成員の無意識としてある共通の感覚のようなものと、とりあえず比喩的にしか指し示せないもののようだ。
差別は、かなりいい加減なものだが、意図的になくす事が出来るかどうかはわからない。そういうものだと考えるしかなさそうだ。
だから、ほかの社会問題と同じく、政治的に、つまり、力で解決しようとしても効果は見込めない。社会問題を解決すると触れ込むたぐいの政治家は絶対に認めないだろうが、政治の効果は極めて限定的だ(政治に過大な期待をするのは後進性の現れだから、そろそろやめるべきだというのは、こういう理由だ。しかも、過大な期待を温存する後進性は、同時に利権などが絡む場所でもある)。しかも、日本では、共産党系、社民党系、新旧民進党系の政治家や活動家が生産的な結果をもたす能力がない事ははっきししている。
つまり、リベラルと目される人々にはほぼ何もできない。
だが、本質的にあまり関係ない、そうした動向とは別のところで、今ある差別は、いつか、いつの間にか、何となく、よくわからない形で消滅するのではないかと思う。ひどく時間がかかるという大きな欠点はあるにしても、問題はこの形でしか解決しないのではないかと思える。
2018年1月18日木曜日
ジョン・オーツに舌を巻く
John Oates の Bluesville Sessions を聞いて、完璧と言える出来栄えに舌を巻いた。ホール・アンド・オーツは好きなグループではあったが、それほど気にした事はなかった。若くはなくなってもハードロックばかり好きだったせいだと思う。
それが、Bluesvills Sessions というアルバムタイトルに惹かれて聞いてみたら、負けた。
Serchin' こう来るかぁ・・・All Shook Up 、来たぁ・・・
解釈が面白くていいし、演奏力に問題があるはずはないし、凄いと言うしかない。
で、つい、エルビスの All Shook Up 聞いて、やっぱ凄いと、もう一度尊敬したりした。
ホール・アンド・オーツ、気にしてなかったって、俺、やっぱ、しみじみ浅かった・・・
アルバム名:
Bluesville Sessions
曲名:
Mississippi Mile
Searchin'
Come Back Baby
It's Alright
All Shook Up
Please Send Me Someone To Love
Something You Got
Deep River
Sittin' On Top Of The World
He Was A Friend Of Mine
Dance Hall Girls
Maneater
それが、Bluesvills Sessions というアルバムタイトルに惹かれて聞いてみたら、負けた。
Serchin' こう来るかぁ・・・All Shook Up 、来たぁ・・・
解釈が面白くていいし、演奏力に問題があるはずはないし、凄いと言うしかない。
で、つい、エルビスの All Shook Up 聞いて、やっぱ凄いと、もう一度尊敬したりした。
ホール・アンド・オーツ、気にしてなかったって、俺、やっぱ、しみじみ浅かった・・・
アルバム名:
Bluesville Sessions
曲名:
Mississippi Mile
Searchin'
Come Back Baby
It's Alright
All Shook Up
Please Send Me Someone To Love
Something You Got
Deep River
Sittin' On Top Of The World
He Was A Friend Of Mine
Dance Hall Girls
Maneater
嫌な感じ
黒塗りで物議をかもし、ダウンタウンは美味しい思いをしているけど、騒いでる人たちは、文化的文脈を理解していない感じがあるな、おやおやといったところから、段々とおかしくなって来て、硬直した普遍主義を振り回し抑圧的に振る舞いはじめているように見える。
そういうのは嫌な感じしかないなぁ・・・
いくつかの記事を追記しました
ここのところのアップで、バンドの事を書いてましたが、バンド名だけじゃ素っ気なさすぎるので、アルバム名と曲名を追加しました。
The Jive Aces
アルバム名:Amazing Adventure
It's Skiffle Time
King of the Swingers
:It's Skiffle Time
曲名:
Mama Don't Allow
Uklele Swing
I'm Satisfied With My Gal
Mr. Sandman
Get Me to the Church On Time
Earl Seratte & The Blues Kings
アルバム名:Verite
曲名:
Why Don't You Love Me
She Walks Right In
Walkin' In Your Sleep
That Girl
Complicated
4:59 In The Morning
Just A Little Bit
Bendin' Like A Willow Tree
Walking By Myself
Keep On Movin'
Don't Drink The Water
The Dixie Tabernacle
アルバム名:Nashville Swamp
曲名:
Sixty Five Days
Taht Aint Right
Aint Living Long Like This
Supply and Demand
Shake a Log Mama
Something Else I Don't Need
Creeper (a True Story)
Waiting On You
North Little Rock Blues
It Was All a Lie
The Long Goodbye
2018年1月17日水曜日
The Jive Aces もいいよ
T Rex 以後の英国の音楽はあまり聞かないのだけれど、もちろん、いくつかの例外はあって、The Jive Aces はよく聞く。何だか、ポピュラー音楽の老人市場にぴったりはまってる気がするけど、しかたがない。ウインウッドとクラプトンのマディソンスクエア・ガーデンのライブを聞いて、ああ、ブラインド・フェイスよりいいかもなんて感想を持つんだから、マーケターの狙い通りに反応しているのは確かなんで、どうしようもない。
で、The Jive Aces もいいよ。
以下のアルバムを聞きました。(2018/1/18 追加)
アルバム名:
Amazing Adventure
It's Skiffle Time
King of the Swingers
曲名が多くなるので、曲数が少ない、そして、「時間通りに俺を教会に連れて行ってくれ」という、大好きな曲が入っているという2つの理由で It's Skiffle Time というアルバムの曲だけを紹介します。「Get Me to the Church On Time」は「マイ・フェア・レディ」というミュージカルの中の曲です。
Mama Don't Allow
Uklele Swing
I'm Satisfied With My Gal
Mr. Sandman
Get Me to the Church On Time
で、The Jive Aces もいいよ。
以下のアルバムを聞きました。(2018/1/18 追加)
アルバム名:
Amazing Adventure
It's Skiffle Time
King of the Swingers
曲名が多くなるので、曲数が少ない、そして、「時間通りに俺を教会に連れて行ってくれ」という、大好きな曲が入っているという2つの理由で It's Skiffle Time というアルバムの曲だけを紹介します。「Get Me to the Church On Time」は「マイ・フェア・レディ」というミュージカルの中の曲です。
Mama Don't Allow
Uklele Swing
I'm Satisfied With My Gal
Mr. Sandman
Get Me to the Church On Time
2018年1月16日火曜日
Earl Seratte & The Blues Kings いいよ
Earl Seratte & The Blues Kings。
以下のアルバムを聞きました。(2018/1/18 追加)
アルバム名:
Verite
曲名:
Why Don't You Love Me
She Walks Right In
Walkin' In Your Sleep
That Girl
Complicated
4:59 In The Morning
Just A Little Bit
Bendin' Like A Willow Tree
Walking By Myself
Keep On Movin'
Don't Drink The Water
2018年1月15日月曜日
The Dixie Tabernacle がいい
The Dixie Tabernacle というバンドがとてもいいのだけれど、CDが売られていない。スポティファイにも登録がない・・・バンド名は、南部の幕屋という意味になるのだろうか、音楽は、おそらくスワンプ・ロックというのだろう、素敵なブルース・ロックだ。
以下のアルバムを聞きました。(2018/1/18 追加)
アルバム名:
Nashville Swamp
曲名:
Sixty Five Days
Taht Aint Right
Aint Living Long Like This
Supply and Demand
Shake a Log Mama
Something Else I Don't Need
Creeper (a True Story)
Waiting On You
North Little Rock Blues
It Was All a Lie
The Long Goodbye
以下のアルバムを聞きました。(2018/1/18 追加)
アルバム名:
Nashville Swamp
曲名:
Sixty Five Days
Taht Aint Right
Aint Living Long Like This
Supply and Demand
Shake a Log Mama
Something Else I Don't Need
Creeper (a True Story)
Waiting On You
North Little Rock Blues
It Was All a Lie
The Long Goodbye
2018年1月11日木曜日
しかたがない。来るなら戦おう
北朝鮮か支那が(もしかしたらロシアもかな)日本を攻撃し、攻め込んで来たら降伏するとか、逃げるとか言っている人がいるようだ。考えてみよう。
北朝鮮、支那、ロシアの軍隊の場合、略奪、強姦、虐殺といった事が行われる可能性が極めて高い。おそらく、やると考えておくべきだ。また、降伏を受け入れず、攻撃を行う可能性もわりとある。ロシアなどは、シリアでの行動をリファレンスすると、非戦闘員と戦闘員の区別はしない。
つまり、降伏すれば、運良くそれが受け入れられた場合でも、略奪、強姦、虐殺の憂き目にあう。女性や子供の場合、さらに人身売買の商品にされる可能性がある事もつけくわえておく。
つまり、降伏するよりは戦う方が生き延びる確率は高い。
次に、逃げるという選択だが、戦う事に退却は含まれているのでそこは除外して、ただ逃げるという選択を考える。
いつ逃げるかによるが、攻め込まれた時点で逃げる事を選択したとすると、相当な資金を持っていなければ逃げられないだろう。円が下落していた場合、別の通貨か金、あるいはダイヤモンドといった物が必要になる。
つまり、金があるなら逃亡は選択肢になりえる。
で、飛行機に乗れた場合はいいかもしれないが、船しかなかった場合、太平洋横断をしなければならない。翻訳でいいからレヴィ・ストロースの『悲しき熱帯』の最初の方を読むと、たかが大西洋を渡ってアメリカに行くだけで大変な思いをしている。船は考えない方がいい。
さて、飛行機で逃げられる人は逃げればいいが、おそらく庶民は飛行機に乗れないだろう。つまり、逃亡という選択肢は狭き門なのでこっちが選択しても、弾かれてしまう可能性が高い。
生き延びたければ戦うしかない。
これは好戦的とか違うとか、そういう問題ではない。選択の余地などないという事だ。
危機になると韓国の金持ちは子供をアメリカに留学させるという。北朝鮮軍の虐殺を恐れての事だろう。
今の危機を危機と感じ、選択できるうちに逃亡を選択したいなら、日本で発言などしていないで、さっさとどこかに行ってしまう事だ。
日本にいて、逃げるだの降伏するだのと言っているのは、結局、意匠でしかない(ここで、意匠はかつての小林秀雄と同じ意味あいで言っている)。
危機管理とは、今のうちに逃げてしまうといった事で、結果として危機が発生しなくても管理は成功したとなる。何かが起きてからドタバタともみ消しをはかるようなのは危機管理と言わない。何も起きないように、あらかじめ手配りをしておくのが危機管理であって、なかった事にするのではない。
昔風に言うと、そこんとこよろしく。
北朝鮮、支那、ロシアの軍隊の場合、略奪、強姦、虐殺といった事が行われる可能性が極めて高い。おそらく、やると考えておくべきだ。また、降伏を受け入れず、攻撃を行う可能性もわりとある。ロシアなどは、シリアでの行動をリファレンスすると、非戦闘員と戦闘員の区別はしない。
つまり、降伏すれば、運良くそれが受け入れられた場合でも、略奪、強姦、虐殺の憂き目にあう。女性や子供の場合、さらに人身売買の商品にされる可能性がある事もつけくわえておく。
つまり、降伏するよりは戦う方が生き延びる確率は高い。
次に、逃げるという選択だが、戦う事に退却は含まれているのでそこは除外して、ただ逃げるという選択を考える。
いつ逃げるかによるが、攻め込まれた時点で逃げる事を選択したとすると、相当な資金を持っていなければ逃げられないだろう。円が下落していた場合、別の通貨か金、あるいはダイヤモンドといった物が必要になる。
つまり、金があるなら逃亡は選択肢になりえる。
で、飛行機に乗れた場合はいいかもしれないが、船しかなかった場合、太平洋横断をしなければならない。翻訳でいいからレヴィ・ストロースの『悲しき熱帯』の最初の方を読むと、たかが大西洋を渡ってアメリカに行くだけで大変な思いをしている。船は考えない方がいい。
さて、飛行機で逃げられる人は逃げればいいが、おそらく庶民は飛行機に乗れないだろう。つまり、逃亡という選択肢は狭き門なのでこっちが選択しても、弾かれてしまう可能性が高い。
生き延びたければ戦うしかない。
これは好戦的とか違うとか、そういう問題ではない。選択の余地などないという事だ。
危機になると韓国の金持ちは子供をアメリカに留学させるという。北朝鮮軍の虐殺を恐れての事だろう。
今の危機を危機と感じ、選択できるうちに逃亡を選択したいなら、日本で発言などしていないで、さっさとどこかに行ってしまう事だ。
日本にいて、逃げるだの降伏するだのと言っているのは、結局、意匠でしかない(ここで、意匠はかつての小林秀雄と同じ意味あいで言っている)。
危機管理とは、今のうちに逃げてしまうといった事で、結果として危機が発生しなくても管理は成功したとなる。何かが起きてからドタバタともみ消しをはかるようなのは危機管理と言わない。何も起きないように、あらかじめ手配りをしておくのが危機管理であって、なかった事にするのではない。
昔風に言うと、そこんとこよろしく。
2018年1月10日水曜日
北朝鮮選手団、素直にドーピング検査受けるかね
平昌オリンピックに参加を巡って韓国と北朝鮮が会談やってるけど、あれってオリンピックと政治が一緒くただよな。
まあ、構わないんだけどね。
しかし、もう、韓国ってどうでもいいね。関わり合いにならない方がいいだけだね。
まあ、構わないんだけどね。
しかし、もう、韓国ってどうでもいいね。関わり合いにならない方がいいだけだね。
2018年1月8日月曜日
最近は放っておくんだけどね
探検隊を捕まえた人食い人種が、探検隊を煮る鍋をかけた焚き火の周りで、槍を持って踊ってるのって好きだ。探検隊は、たいていイギリス人かフランス人だが、どちらが食通をうならせたかの記録は見た事がない。人食い人種のレポーターの女が、一口食ってすぐに「うーん」と無理に声を出し、「フランス人はまったりとしたコクがありますね」とか「英国人は食感ですね。とても歯ごたえがあります」とかやると、今のテレビになる。
ところで、日本に一番近い人食いの食文化って、支那のものなんだよね。
多文化って言うけど、この食文化も多様性に入るのかな?
表面つら物分りの良さそうな顔してる奴ら、食われてもいいな。
つまり、多様性なんか認めない人たちを、多様性の名で認めるというのは、矛盾でしかないけど、その矛盾を指摘する事を頑迷さの現れとして退けるのは知的な荒廃だという事で、つい、馬鹿は引っ込んでやがれと言ったりしてしまうが、それは一見上品そうなみかけで知的荒廃というか、知的認知症というか、薄らボケを誤魔化すのが見てられないからだ。
これは多文化主義に限った事ではない。
ところで、日本に一番近い人食いの食文化って、支那のものなんだよね。
多文化って言うけど、この食文化も多様性に入るのかな?
表面つら物分りの良さそうな顔してる奴ら、食われてもいいな。
つまり、多様性なんか認めない人たちを、多様性の名で認めるというのは、矛盾でしかないけど、その矛盾を指摘する事を頑迷さの現れとして退けるのは知的な荒廃だという事で、つい、馬鹿は引っ込んでやがれと言ったりしてしまうが、それは一見上品そうなみかけで知的荒廃というか、知的認知症というか、薄らボケを誤魔化すのが見てられないからだ。
これは多文化主義に限った事ではない。
些細な話なのだが
お湯にうまいまずいがある。
電子レンジで沸かしたお湯はまずい。
電気ケトルのお湯もまずい。
ガス台で沸かしたお湯はうまい。
お茶やコーヒーを入れる時にはガス台で沸かしたお湯の方がおいしい。
電気ケトル屋さんは、ただ水を高温にするだけでなく、おいしく沸かす機能を工夫したらいいと思う。
電子レンジで沸かしたお湯はまずい。
電気ケトルのお湯もまずい。
ガス台で沸かしたお湯はうまい。
お茶やコーヒーを入れる時にはガス台で沸かしたお湯の方がおいしい。
電気ケトル屋さんは、ただ水を高温にするだけでなく、おいしく沸かす機能を工夫したらいいと思う。
2018年1月6日土曜日
本質を欠く礼を何と表現するのだろうか?
` 池坊の膿婆ァが「礼」を欠いていると貴乃花を批難したそうだ。
さて、どうだろうか?
暴行があった。これは刑事事件だ。相撲協会の内規よりも法が優先されるべき事態だ。貴乃花は規範通りに行動した。
貴乃花には、相撲協会に対する不審があった。暴行事件をうやむやにされてしまう危惧があった。そこで協会の手を触れさせない方向に持って行った。
おかげで、私たちはその後の成り行きをかなり知る事が出来た。
ここは強調しておきたい。貴乃花がああした行動に出なければ、事件そのものがなかった事にされた可能性すらあるからだ。
そして、事態の推移から、相撲協会、危機管理委員会、そして、評議員会といったものが、気味悪く癒着している臭いを嗅いだ。
貴乃花に対する処分は、貴乃花の危惧が当たっていた事を証明したと言える。
池坊膿婆ァは、貴乃花が八角理事長からの電話に応答しなかった事を「著しく礼を欠いている」としているが、貴乃花はやり取りをすべて文書で行う事として証拠を残し、後で言った言わないの泥仕合になる事を避けた。
貴乃花は相撲協会に不審を持っており、その不審を理由として危機管理委員会による弟子の聴取に応じない姿勢をとった。つまり対立があったわけだ。
対立を前提としているのだから、貴乃花の行動は礼にかなっている。証拠の残らない所で脅しでもかけようとしたのか、安易に電話をかけてくる八角の方が礼を失しているのだ。
また、大きく、貴乃花の行動は相撲に対する礼から一分も外れていない。それに比べて、相撲協会、危機管理委員会(しかし、笑わせる名称だ)、評議員会には、無理を通して道理を引っ込ませてでも現状を維持しようという欲があるだけだった。「礼」などとよくもまあ言ってのけたものだ。
池坊膿子の言う「礼」というのは、形骸化して中身のない、その本質とは正反対で誠のないシロモノでしかない。
何かね、池坊の流儀ってのは礼なんかどうでもいいのかね? たいしたもんだね。
さて、どうだろうか?
暴行があった。これは刑事事件だ。相撲協会の内規よりも法が優先されるべき事態だ。貴乃花は規範通りに行動した。
貴乃花には、相撲協会に対する不審があった。暴行事件をうやむやにされてしまう危惧があった。そこで協会の手を触れさせない方向に持って行った。
おかげで、私たちはその後の成り行きをかなり知る事が出来た。
ここは強調しておきたい。貴乃花がああした行動に出なければ、事件そのものがなかった事にされた可能性すらあるからだ。
そして、事態の推移から、相撲協会、危機管理委員会、そして、評議員会といったものが、気味悪く癒着している臭いを嗅いだ。
貴乃花に対する処分は、貴乃花の危惧が当たっていた事を証明したと言える。
池坊膿婆ァは、貴乃花が八角理事長からの電話に応答しなかった事を「著しく礼を欠いている」としているが、貴乃花はやり取りをすべて文書で行う事として証拠を残し、後で言った言わないの泥仕合になる事を避けた。
貴乃花は相撲協会に不審を持っており、その不審を理由として危機管理委員会による弟子の聴取に応じない姿勢をとった。つまり対立があったわけだ。
対立を前提としているのだから、貴乃花の行動は礼にかなっている。証拠の残らない所で脅しでもかけようとしたのか、安易に電話をかけてくる八角の方が礼を失しているのだ。
また、大きく、貴乃花の行動は相撲に対する礼から一分も外れていない。それに比べて、相撲協会、危機管理委員会(しかし、笑わせる名称だ)、評議員会には、無理を通して道理を引っ込ませてでも現状を維持しようという欲があるだけだった。「礼」などとよくもまあ言ってのけたものだ。
池坊膿子の言う「礼」というのは、形骸化して中身のない、その本質とは正反対で誠のないシロモノでしかない。
何かね、池坊の流儀ってのは礼なんかどうでもいいのかね? たいしたもんだね。
2018年1月4日木曜日
池坊の糞ババァ、ウミを出すって、てめえが膿だぞ
日馬富士の暴行事件から始まった相撲協会の騒動、貴乃花親方を理事解任したけど、相撲協会、腐りきってる感じがする。
それと、危機管理委員会、何だか薄汚い。おまけに、あの池坊の婆ァ、ありゃとことん糞ババァだな。
何だか、大好きな相撲、嫌いになっちゃって来たな。
それと、危機管理委員会、何だか薄汚い。おまけに、あの池坊の婆ァ、ありゃとことん糞ババァだな。
何だか、大好きな相撲、嫌いになっちゃって来たな。
四文字言葉 マルクス
マルクス主義を信じる人たちは、1989年に最後のチャンスを得た。これはソビエト・ロシア崩壊おめでとうの200%引きバーゲンと言うべき大サービスだった。だが、それで反省し、マルクス主義を捨てなかった人たちがいた。検証能力がなく、また怠惰、かつ鈍感、あるいは単に頭がおかしかったのだろう。
ソビエト・ロシアでも、支那でも、東欧でも、北朝鮮でも、マルクス主義が人に強制と暴力と死と不幸をもたらす厄災であり、しかも、それが好転する見込みはまったくないという事実は明らかだったのに、何も感じない人たちがいた。
マルクス主義とその影響下にとどまった人はまったくの馬鹿か、人類に害を及ぼしたい悪意の人か、とにかく異常者だと判断する以外にない。
マルクス主義は出来もしない事を出来ると思い込み、あげくに失敗に失敗を重ね、歴史を後退させ続けた。マルクス主義を信じる人、何となくいいと思っている人たち、つまり、そのシンパもふくめた左翼は、今にいたるもせっせと人類の足を引っ張ろうとしている。まったくタチが悪い。
まあ、それ以外、マルクス主義に出る幕はないのだから自然の成り行きではあるが、邪魔だし、困ったものだが、社会主義国ではないので、収容所に入れたり、殺してしまったりするわけにはいかないので、困り続けるしかないのだろう。
今、日本で停滞していたり、形式主義だったり、不効率だったり、統制的だったり、風通しが悪いのは、左翼が浸透した部分だ。役所などにはけっこういる。
そういう部分を見て、それを「日本的」だとか、「社会主義」だとか言う人がいる。
「社会主義」であるのは、左翼が浸透した部分だからその通りなのだが、それを「日本的」だと言うのは誤解だ。それはシロアリの巣を見て、それを家だと思うのと同じだからだ。
シロアリの巣などどしどし駆除した方がいいのだが、シロアリというのは例えで、本当は人間なので乱暴は出来ない。まったくやっかいなのだ。
ここでは、投票による多数決という民主主義を毛嫌いするくせに、「民主的」とだけはやたらと口にするリベラルや、過去にしがみつき、現在に背を向ける「進歩派」などもふくめて、左翼をマルクス主義に入れた上で言うが、少なくとも日本では、「マルクス」は四文字言葉だ。
ソビエト・ロシアでも、支那でも、東欧でも、北朝鮮でも、マルクス主義が人に強制と暴力と死と不幸をもたらす厄災であり、しかも、それが好転する見込みはまったくないという事実は明らかだったのに、何も感じない人たちがいた。
マルクス主義とその影響下にとどまった人はまったくの馬鹿か、人類に害を及ぼしたい悪意の人か、とにかく異常者だと判断する以外にない。
マルクス主義は出来もしない事を出来ると思い込み、あげくに失敗に失敗を重ね、歴史を後退させ続けた。マルクス主義を信じる人、何となくいいと思っている人たち、つまり、そのシンパもふくめた左翼は、今にいたるもせっせと人類の足を引っ張ろうとしている。まったくタチが悪い。
まあ、それ以外、マルクス主義に出る幕はないのだから自然の成り行きではあるが、邪魔だし、困ったものだが、社会主義国ではないので、収容所に入れたり、殺してしまったりするわけにはいかないので、困り続けるしかないのだろう。
今、日本で停滞していたり、形式主義だったり、不効率だったり、統制的だったり、風通しが悪いのは、左翼が浸透した部分だ。役所などにはけっこういる。
そういう部分を見て、それを「日本的」だとか、「社会主義」だとか言う人がいる。
「社会主義」であるのは、左翼が浸透した部分だからその通りなのだが、それを「日本的」だと言うのは誤解だ。それはシロアリの巣を見て、それを家だと思うのと同じだからだ。
シロアリの巣などどしどし駆除した方がいいのだが、シロアリというのは例えで、本当は人間なので乱暴は出来ない。まったくやっかいなのだ。
ここでは、投票による多数決という民主主義を毛嫌いするくせに、「民主的」とだけはやたらと口にするリベラルや、過去にしがみつき、現在に背を向ける「進歩派」などもふくめて、左翼をマルクス主義に入れた上で言うが、少なくとも日本では、「マルクス」は四文字言葉だ。
2018年1月2日火曜日
small talk:2017年を振り返って
「めずらしく去年一年を振り返ってみた」
「そろそろお迎えが近いか・・・で、どうだった」
「一番感じるところがあったのは内山高志の引退だった」
「ボクシング選手だな」
「そうだ。長い間チャンピオンだったが、先一昨年(2015)、ジェスレル・コラレスというパナマの選手に負け、一昨(2016)年の再戦でも勝てず、去年(2017)に引退した」
「確か、そのコラレスという選手、一度計量に失敗するとか、この体たらくで大丈夫なのかという印象だったな」
「そうだ。だからまさか内山が負けるなんて誰も想定していなかった。内山はボクサーとして最高峰に立っていると誰もが感じていた。それまでの試合内容がずば抜けていたんだよ」
「コラレスとは格が違うと思っていたわけか」
「まさしくそうだ。だから負けた時、何が起きたのか、まったくわからなかった」
「それで、続けて同じ相手と再試合したんだな」
「再試合については、チャンピオンが挑戦者の国に来て試合をしたという点でコラレスは賞賛されていいと思う」
「何だか頼りないだけじゃなくて、いいところもあったわけだな。で、試合は」
「うん・・・コラレスは逃げ回るんだよ。内山がそれを追う。何も知らずに見ていたら、内山がチャンピオンだと思っても不思議ではないという内容だった」
「だが、追い詰めきれなかったのか」
「おそらく、追い詰めたと思った瞬間、相手の術中にはまっているという感じになるような相手だったんだと思う。内山もうかつには飛び込めなかったんだろう」
「逃げているのか誘っているのかわからないわけだ」
「俺たちからすればチャンピオンらしくない戦い方だが、あっさりと否定されてしまったね」
「弱い選手というわけではないんだろ」
「当然だ。今はもうチャンピオンではないが、内山以外にも防衛している」
「だが、横綱相撲ではなく、実を取る戦い方をするわけか」
「そうだ。例えて言えば、内山は最強の正規軍でコラレスは中南米のゲリラだった」
「非対称戦だな。正規軍が苦手とするのが対ゲリラ戦と言われている」
「それだ。内山は、前にも妙な戦い方をするフィリピンの選手相手に手を焼いた」
「聞いていると、本来なら避けるべき相手と戦ってしまったように思えるね。戦略的な過ちだ」
「どうしてもやらなければならないなら、勝てる戦術を取るべきだったという事か」
「ああ、一本調子だったんじゃないのか」
「戦略がなく、戦術的に柔軟性に欠けるというのは日本の問題とされる所だな」
「日本はオペレーション・リサーチでもかなり遅れを取っているからね」
「内山の引退とそういう事がつながっているという事か」
「うーん・・・かつての三矢研究で想定された事態が現実味を帯びて来たんで、話がそう流れたとも言えるし、どうかはわからないが、考えてみても無駄ではない所だとは言えそうだ」
「ともかく、大晦日に内山の試合がないというのは寂しいものだったよ。超一流の選手の引き締まった試合で一年を締めくくるのはいいものだった」
「そろそろお迎えが近いか・・・で、どうだった」
「一番感じるところがあったのは内山高志の引退だった」
「ボクシング選手だな」
「そうだ。長い間チャンピオンだったが、先一昨年(2015)、ジェスレル・コラレスというパナマの選手に負け、一昨(2016)年の再戦でも勝てず、去年(2017)に引退した」
「確か、そのコラレスという選手、一度計量に失敗するとか、この体たらくで大丈夫なのかという印象だったな」
「そうだ。だからまさか内山が負けるなんて誰も想定していなかった。内山はボクサーとして最高峰に立っていると誰もが感じていた。それまでの試合内容がずば抜けていたんだよ」
「コラレスとは格が違うと思っていたわけか」
「まさしくそうだ。だから負けた時、何が起きたのか、まったくわからなかった」
「それで、続けて同じ相手と再試合したんだな」
「再試合については、チャンピオンが挑戦者の国に来て試合をしたという点でコラレスは賞賛されていいと思う」
「何だか頼りないだけじゃなくて、いいところもあったわけだな。で、試合は」
「うん・・・コラレスは逃げ回るんだよ。内山がそれを追う。何も知らずに見ていたら、内山がチャンピオンだと思っても不思議ではないという内容だった」
「だが、追い詰めきれなかったのか」
「おそらく、追い詰めたと思った瞬間、相手の術中にはまっているという感じになるような相手だったんだと思う。内山もうかつには飛び込めなかったんだろう」
「逃げているのか誘っているのかわからないわけだ」
「俺たちからすればチャンピオンらしくない戦い方だが、あっさりと否定されてしまったね」
「弱い選手というわけではないんだろ」
「当然だ。今はもうチャンピオンではないが、内山以外にも防衛している」
「だが、横綱相撲ではなく、実を取る戦い方をするわけか」
「そうだ。例えて言えば、内山は最強の正規軍でコラレスは中南米のゲリラだった」
「非対称戦だな。正規軍が苦手とするのが対ゲリラ戦と言われている」
「それだ。内山は、前にも妙な戦い方をするフィリピンの選手相手に手を焼いた」
「聞いていると、本来なら避けるべき相手と戦ってしまったように思えるね。戦略的な過ちだ」
「どうしてもやらなければならないなら、勝てる戦術を取るべきだったという事か」
「ああ、一本調子だったんじゃないのか」
「戦略がなく、戦術的に柔軟性に欠けるというのは日本の問題とされる所だな」
「日本はオペレーション・リサーチでもかなり遅れを取っているからね」
「内山の引退とそういう事がつながっているという事か」
「うーん・・・かつての三矢研究で想定された事態が現実味を帯びて来たんで、話がそう流れたとも言えるし、どうかはわからないが、考えてみても無駄ではない所だとは言えそうだ」
「ともかく、大晦日に内山の試合がないというのは寂しいものだったよ。超一流の選手の引き締まった試合で一年を締めくくるのはいいものだった」
2017年12月23日土曜日
small talk:カラオケ昭和歌謡
「ちょっと前の毎日新聞に柄谷行人のインタビューが掲載されてた。憲法9条の話だった」
「毎日新聞2017年11月27日、東京朝刊の「そこが聞きたい 憲法9条の存在意義 ルーツは「徳川の平和」 思想家・柄谷行人」というインタビューだ。ひどいもんだったね。柄谷行人て、ありゃ、馬鹿だったんだな」
「柄谷行人というと、こっちもちょっと構える所があって読んだんだが、この人、この程度だったのかと情けなかった」
「宮台あたりだったら、どうせチャラチャラしてるんだから読まなくてもいいかとなるんだけど、とりあえずこのくらいなら読んどかないととは思って読んだ。だが、いちいちあげつらう気にもならないような内容で、呆れるというよりも心配になった」
「わざと宮台なんかの名前を出すなよ。あれは誰でも馬鹿だと思ってるんだから」
「柄谷の憲法9条の存在意義のインタビューを読んで、東大全共闘を思い出したよ」
「あいつらの何をだ?」
「安田講堂の攻防の時、他の大学から来た連中が機動隊とぶつかっている時に、東大の連中は歌を歌ってたという話だ」
「ああ、外人部隊だった連中はよくボヤいてたな。いかにも東大生らしい話だ。で、柄谷の言ってる事は、その歌みたいなもんだと言いたいんだな」
「そういう事だ。それで考えてみたら、今は取っ組み合ってる連中はいなくて、みんなで歌歌ってるだけだと納得した」
「だったら、柄谷だけじゃなく、あいつら、みんなカラオケ教室にでも行った方がいいな」
「ああ、その通りだ。頑張って昭和歌謡を稽古するといい」
「昔は憲法なんて踏みにじって、天皇制打倒とか言ってたくせに、旗色が悪いとなると9条でございって、原則も何もない連中だ。何が「9条の会」だ」
「柄谷も含めて、めでたくやってりゃいいよ。もう邪魔ですらないんだからさ」
(毎日新聞2017年11月27日 東京朝刊)
「毎日新聞2017年11月27日、東京朝刊の「そこが聞きたい 憲法9条の存在意義 ルーツは「徳川の平和」 思想家・柄谷行人」というインタビューだ。ひどいもんだったね。柄谷行人て、ありゃ、馬鹿だったんだな」
「柄谷行人というと、こっちもちょっと構える所があって読んだんだが、この人、この程度だったのかと情けなかった」
「宮台あたりだったら、どうせチャラチャラしてるんだから読まなくてもいいかとなるんだけど、とりあえずこのくらいなら読んどかないととは思って読んだ。だが、いちいちあげつらう気にもならないような内容で、呆れるというよりも心配になった」
「わざと宮台なんかの名前を出すなよ。あれは誰でも馬鹿だと思ってるんだから」
「柄谷の憲法9条の存在意義のインタビューを読んで、東大全共闘を思い出したよ」
「あいつらの何をだ?」
「安田講堂の攻防の時、他の大学から来た連中が機動隊とぶつかっている時に、東大の連中は歌を歌ってたという話だ」
「ああ、外人部隊だった連中はよくボヤいてたな。いかにも東大生らしい話だ。で、柄谷の言ってる事は、その歌みたいなもんだと言いたいんだな」
「そういう事だ。それで考えてみたら、今は取っ組み合ってる連中はいなくて、みんなで歌歌ってるだけだと納得した」
「だったら、柄谷だけじゃなく、あいつら、みんなカラオケ教室にでも行った方がいいな」
「ああ、その通りだ。頑張って昭和歌謡を稽古するといい」
「昔は憲法なんて踏みにじって、天皇制打倒とか言ってたくせに、旗色が悪いとなると9条でございって、原則も何もない連中だ。何が「9条の会」だ」
「柄谷も含めて、めでたくやってりゃいいよ。もう邪魔ですらないんだからさ」
(毎日新聞2017年11月27日 東京朝刊)
2017年12月22日金曜日
一番腹減るのは何歳ぐらいかな???
僕は二十歳だった。 それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとは誰にも言わせまい。
人生でいちばん美しい二十歳
と言った人がいそうな気がする。
そうだね、せいぜい7番目だね
なんてのもありだね。
ポール・ニザンはエマニュエル・トッドのお祖父さんだけど、ちゃんと読んだ人は少ないらしい。
まあ、青春が美しいとかどうとか言われてもね、ただ若いってだけで美とかあんま関係ないからね。
2017年12月14日木曜日
あの日の後
震災の後ちょっとして、獣医さんからパニックになった犬や猫への鎮静剤の投与で忙しいと聞いた。
当日、一匹だけでマンションの留守番をしていた猫が、怖がってマンションにいたがらないので猫を連れて実家に帰った女性の話は、別の所で聞いた。
その頃飼っていたウチの猫は平気だったので、あの時、人が一緒にいたからだろうという話になり、あんたでも役に立つことがあるんだねと、女房に妙な感心をされた。
福島の原発が停止に失敗した事故で、あれだけの大地震で事故はたったの一件で、他の原発は無事停止して安全を示し、しかも、事故を起こした福島でもその程度はさほどでもなく安心したが、難癖をつけて騒ぐ連中はいるだろうな、嫌だなと思っていたら、やはり左翼と新興宗教が騒ぎはじめた。
驚いたのは、その騒ぎが影響力を持ってしまった事だった。犬や猫も鎮静剤を必要としたのだから、パニックを起こした人たちが、闇雲な恐怖心から馬鹿げた行動に走ったのも自然かもしれない。その影響力までは測れなかったが、そういう事が起きるのは予想できたという意味でも、あたりまえの成り行きだったのだろう。
脱原発は、原発事故への反応というよりも、震災のショックに根を持つように思えてしかたがない。脱原発は、観念的に科学を否定し、文明を否定する考え方で、それを選択したという事は、日本では、非常に偏った情報空間に生きる事を選択したのと同じ意味を持った。情弱というのは、そうした選択をした人たちと言ってもいいかもしれない。
脱原発をしかけた左翼は、日本を否定し、北朝鮮や支那の味方をしたい人たちで、支那や北朝鮮の核兵器や原子力発電、科学や統制社会、言論弾圧、軍国主義などは肯定しているから、情弱層を作り出さなくては嘘が通用しない。情弱の罠は脱原発が入り口だったと言える。そして、そんな罠に引っかかってしまったのは、震災の恐怖と、あまりに大災害で錯乱していたからだ。犬や猫までがパニックに陥ったのは、その恐怖や錯乱が根源的だったからだ。
でも、実際は文明の中でしか生存できないのだから、いつまでも恐怖という自然に縛られているわけにはいかない。時間はこっちの味方だよと歌う "Time is on my side" は、いい曲だなと改めて感じたりもする。
当日、一匹だけでマンションの留守番をしていた猫が、怖がってマンションにいたがらないので猫を連れて実家に帰った女性の話は、別の所で聞いた。
その頃飼っていたウチの猫は平気だったので、あの時、人が一緒にいたからだろうという話になり、あんたでも役に立つことがあるんだねと、女房に妙な感心をされた。
福島の原発が停止に失敗した事故で、あれだけの大地震で事故はたったの一件で、他の原発は無事停止して安全を示し、しかも、事故を起こした福島でもその程度はさほどでもなく安心したが、難癖をつけて騒ぐ連中はいるだろうな、嫌だなと思っていたら、やはり左翼と新興宗教が騒ぎはじめた。
驚いたのは、その騒ぎが影響力を持ってしまった事だった。犬や猫も鎮静剤を必要としたのだから、パニックを起こした人たちが、闇雲な恐怖心から馬鹿げた行動に走ったのも自然かもしれない。その影響力までは測れなかったが、そういう事が起きるのは予想できたという意味でも、あたりまえの成り行きだったのだろう。
脱原発は、原発事故への反応というよりも、震災のショックに根を持つように思えてしかたがない。脱原発は、観念的に科学を否定し、文明を否定する考え方で、それを選択したという事は、日本では、非常に偏った情報空間に生きる事を選択したのと同じ意味を持った。情弱というのは、そうした選択をした人たちと言ってもいいかもしれない。
脱原発をしかけた左翼は、日本を否定し、北朝鮮や支那の味方をしたい人たちで、支那や北朝鮮の核兵器や原子力発電、科学や統制社会、言論弾圧、軍国主義などは肯定しているから、情弱層を作り出さなくては嘘が通用しない。情弱の罠は脱原発が入り口だったと言える。そして、そんな罠に引っかかってしまったのは、震災の恐怖と、あまりに大災害で錯乱していたからだ。犬や猫までがパニックに陥ったのは、その恐怖や錯乱が根源的だったからだ。
でも、実際は文明の中でしか生存できないのだから、いつまでも恐怖という自然に縛られているわけにはいかない。時間はこっちの味方だよと歌う "Time is on my side" は、いい曲だなと改めて感じたりもする。
311、あの日に 5
東日本大震災の日・・・
家にいた。グラグラと揺れはじめた時、あ、地震が来たなと思った。いつもなら、その思ったあたりで揺れが収まるのだが、そこから激しかった。
ドンと縦に揺れた後、グラグラと横揺れがあったように感じた。
驚いて、テレビをつけた。それから、数日間、インターネットとテレビに釘付けになった。
余震が断続的に続いた。落ち着かないと言ったらなかった。
その頃、群馬県の館林という所で仕事をしていた。東武伊勢崎線で通っていたのだが、数日間、電車が不通になった。電話も通じない。毎日、何度も電話をかけ続けた。
勤め先の事務の女性は、あの日の夜、ご夫婦で牛丼を食べに行ったら、もの凄い人でかなり並んだと言っていた。
群馬あたりだと車で出る。揺れが続く中、人のいる場所に行きたかったのかもしれないと思って聞いていた。
その後、ガソリンが値上がりしたのか、地元の人たちは、どこでガソリンが買えるといった話をしていた。
電車や駅で、どこかに届けるのだろう、沢山のヘルメットをかかえている人を何人か見かけた。そんな人をぼんやり見ながら、ああした物も売り切れになっているだろうから、買える所で買って、必要な所に持って行くのかもしれないなどと思っていた。のんきなヤツだった。
家にいた。グラグラと揺れはじめた時、あ、地震が来たなと思った。いつもなら、その思ったあたりで揺れが収まるのだが、そこから激しかった。
ドンと縦に揺れた後、グラグラと横揺れがあったように感じた。
驚いて、テレビをつけた。それから、数日間、インターネットとテレビに釘付けになった。
余震が断続的に続いた。落ち着かないと言ったらなかった。
その頃、群馬県の館林という所で仕事をしていた。東武伊勢崎線で通っていたのだが、数日間、電車が不通になった。電話も通じない。毎日、何度も電話をかけ続けた。
勤め先の事務の女性は、あの日の夜、ご夫婦で牛丼を食べに行ったら、もの凄い人でかなり並んだと言っていた。
群馬あたりだと車で出る。揺れが続く中、人のいる場所に行きたかったのかもしれないと思って聞いていた。
その後、ガソリンが値上がりしたのか、地元の人たちは、どこでガソリンが買えるといった話をしていた。
電車や駅で、どこかに届けるのだろう、沢山のヘルメットをかかえている人を何人か見かけた。そんな人をぼんやり見ながら、ああした物も売り切れになっているだろうから、買える所で買って、必要な所に持って行くのかもしれないなどと思っていた。のんきなヤツだった。
311,あの日に 4
東日本大震災の日、あるガス設備屋さんは・・・
セミナーで品川の東京ガスにいた。
揺れた後、屋上に避難するよう指示され、屋上に出た。
高速道路が見えた。火を吹いている車がいた。
その後、解散になり、仲間と駅に向かった。
途中の商店街では、どの店も無料で通行人に飲み物を配るなどしていた。
電車には乗れなかった。ホテルに行ったが満室だった。
カラオケに飛び込んだら、運良く入れた。
家族に電話をしようとしたが通じなかった。
朝までテレビを見て過ごした。
翌朝、かなり遠回りすれば帰れそうなので電車に乗った。
セミナーで品川の東京ガスにいた。
揺れた後、屋上に避難するよう指示され、屋上に出た。
高速道路が見えた。火を吹いている車がいた。
その後、解散になり、仲間と駅に向かった。
途中の商店街では、どの店も無料で通行人に飲み物を配るなどしていた。
電車には乗れなかった。ホテルに行ったが満室だった。
カラオケに飛び込んだら、運良く入れた。
家族に電話をしようとしたが通じなかった。
朝までテレビを見て過ごした。
翌朝、かなり遠回りすれば帰れそうなので電車に乗った。
2017年12月13日水曜日
311、あの日に 3
東日本大震災の日、ある主婦は・・・
掃除をしに実家に行っていた。
揺れた後、これは家に帰ろうと決めた。
バス停に行った。若い男が一人いた。
バスは来なかった。
しかたなく歩いて家に向かった。
途中、隅田川が逆流しているのを見て、怖かった。
掃除をしに実家に行っていた。
揺れた後、これは家に帰ろうと決めた。
バス停に行った。若い男が一人いた。
バスは来なかった。
しかたなく歩いて家に向かった。
途中、隅田川が逆流しているのを見て、怖かった。
311、あの日に 2
東日本大震災の日、ある呉服屋さんは・・・
最初の揺れがおさまってすぐに、とにかく食べ物を手に入れようとコンビニに行った。
もう何もなかった。棚が空になっていた。
電車が止まったというので車を出し、従業員を家に送り始めた。
道路は混雑しており、ほとんど動かない場所も多かった。
道路は混雑しており、ほとんど動かない場所も多かった。
朝までかかってみんなを自宅に送り届けた。
コンビニの棚が空っぽになった光景が忘れられない。
2017年12月12日火曜日
311、あの日に
東日本大震災の日、牛丼屋さんで働いていた人は・・・
交通機関が止まり、帰宅できなくなっていた。店は営業を続けていたので、そのまま働いていた。どんどん客が来て、しばらくすると食材が底をついた。
店を閉め、従業員全員で別の店舗に移動した。
その店にも客がつめかけていた。その店でも応援として接客した。
また、食材がなくなった。再び、別の店に行った。
こうして、小さな店舗から大きな店舗に向かって移動して行った。客は切れる事なく、どの店もいっぱいだった。
朝まで働き、電車が動くようになったので帰宅した。
ある店で、みんなに慕われているおばちゃんが、若い店員を心配して、食べ物を持って、自宅から店に自転車でかけつけたという話を後で聞いた。
交通機関が止まり、帰宅できなくなっていた。店は営業を続けていたので、そのまま働いていた。どんどん客が来て、しばらくすると食材が底をついた。
店を閉め、従業員全員で別の店舗に移動した。
その店にも客がつめかけていた。その店でも応援として接客した。
また、食材がなくなった。再び、別の店に行った。
こうして、小さな店舗から大きな店舗に向かって移動して行った。客は切れる事なく、どの店もいっぱいだった。
朝まで働き、電車が動くようになったので帰宅した。
ある店で、みんなに慕われているおばちゃんが、若い店員を心配して、食べ物を持って、自宅から店に自転車でかけつけたという話を後で聞いた。
2017年12月11日月曜日
科学が到達していない場所
東日本大震災の衝撃から抜けられない知人が、除染が進んでいないと、その進行の遅さを嘆き、安倍首相を批難していた。
その姿は、古くからの庶民の像そのものであり、ある種素朴でもあった。
少しうんざりしながら、安倍政権が批判されるとしたら、非科学的で無意味な除染を続けている事だと思った。
除染などやめ、さっさと安全宣言を出し、こんな問題ですらない問題を終わりにし、原発を再稼働させればいい。それが最良の方法だというのはわかっているはずだ。
そうでないとしたら、延々と除染を続け、何十年も、いや、百年以上も無意味な作業を続ける事になる。いくら馬鹿げていても、行政はやるとなったらやるだろうが、やったからといって意味が発生するわけではない。
日本の足を引っ張る事にだけ血道をあげる日共にかぶれてしまった人たちのために、馬鹿な事を放置する必要はない。さっさとケリをつけた方が彼らが熱病から覚めるのも早いのではないか・・・
などと、そんな事をつらつら考えながら、この私の考えは知人とは正反対に見えるのだろうなと、その事実にいつも通り少し困りつつ、話が終わるのを待っていた。
その日は、色々なものが終わるのを待っていた。
その後に期待しているものがあったためだ。
震災以来、こんな場面が多い。
その姿は、古くからの庶民の像そのものであり、ある種素朴でもあった。
少しうんざりしながら、安倍政権が批判されるとしたら、非科学的で無意味な除染を続けている事だと思った。
除染などやめ、さっさと安全宣言を出し、こんな問題ですらない問題を終わりにし、原発を再稼働させればいい。それが最良の方法だというのはわかっているはずだ。
そうでないとしたら、延々と除染を続け、何十年も、いや、百年以上も無意味な作業を続ける事になる。いくら馬鹿げていても、行政はやるとなったらやるだろうが、やったからといって意味が発生するわけではない。
日本の足を引っ張る事にだけ血道をあげる日共にかぶれてしまった人たちのために、馬鹿な事を放置する必要はない。さっさとケリをつけた方が彼らが熱病から覚めるのも早いのではないか・・・
などと、そんな事をつらつら考えながら、この私の考えは知人とは正反対に見えるのだろうなと、その事実にいつも通り少し困りつつ、話が終わるのを待っていた。
その日は、色々なものが終わるのを待っていた。
その後に期待しているものがあったためだ。
震災以来、こんな場面が多い。
2017年12月9日土曜日
政治に関心があるなんて、不幸なだけの話だ
東日本大震災時の原発の停止中断事故で起きた事のひとつに、多くの人が感情によって政治的になり、日共や左翼(つまり、マルクス主義カルト)や宗教カルトの勢力拡大に簡単に加担してしまうという現象があった。
言い方を変えれば、政治は感情によって動いてしまうという事だ。
とりわけ、左翼は二言目には「怒り」を持ち出して人の感情を煽ろうとする。彼らの政治運動の中身は感情とグロテスクな進歩意識から出て来るものだ。
感情に左右されるというのは政治のありようとしては原始的というか、野蛮な状態と言える。感情に左右されてしまうと、政治は簡単に暴力を呼び込む。感情的になって、暴力に流れてしまうわけだ。
そこを越えて、政治に理性を据えるとする。これは見方を変えると、利害の問題となる。利害の調整を政治の役割とするのはこの段階にあたる。
感情に左右される、原始的な政治のありようを、別の見方から見れば、理想主義的な政治ともなる。政治に理想の追求を求めるのは、利害を度外視する事にもつながる可能性がある。この場合、利害は理性だから、理性を振り捨てて感情のままに振る舞う事を政治に許す結果となる。
理想主義の究極は神聖政治で、造物主たる神のためには、被造物たる人間の生命存在など無に等しい事になって、いくら人間が死のうとも神のためには惜しくなどない。これは一神教にとって当たり前の話であって、実際、歴史にあって何度も繰り返されて来た。
現在では、聖戦などと言ってテロを繰り返しているイスラム過激派が理想主義的な政治を実行している。
このように考えて行くと、理想主義的な政治よりも、せせこましく、汚れた利害の政治の方が理性的であり、よりまっとうだと見るしかない。
多数の利害に沿った政治が行われるのが民主主義だとすれば、そこに民主主義のいい所がある。そこに、組合などを通じて、党派的な理想などを持ち込んで利害をそっちのけにする行為は、共産党や社民党によって行われて来たが、理性的に見れば、そうした行為は民主主義にとってのノイズでしかない。また、理性ではなく、理想=感情に左右されているという意味では、政治の反動的なありようでもある。
信仰や理想は、個人の自由の範囲にあるべきもので、それが社会性を持つところまでは許容範囲になりうるが、政治との区別を見失うと有害だ。
今のところ、政治は感情で動いているようなので、こんなものにつきあうほど根気のある人以外にはオススメできる代物ではない。興ざめするほど馬鹿馬鹿しいものだ。
若い人は、政治などに興味を持たず、恋愛や遊びや趣味に力を注ぐのがまともだと思う。不満の毒を吐き散らす妙な人たちは避け、嫌だなと感じながら避けているのが、人生の積極性だ。
言い方を変えれば、政治は感情によって動いてしまうという事だ。
とりわけ、左翼は二言目には「怒り」を持ち出して人の感情を煽ろうとする。彼らの政治運動の中身は感情とグロテスクな進歩意識から出て来るものだ。
感情に左右されるというのは政治のありようとしては原始的というか、野蛮な状態と言える。感情に左右されてしまうと、政治は簡単に暴力を呼び込む。感情的になって、暴力に流れてしまうわけだ。
そこを越えて、政治に理性を据えるとする。これは見方を変えると、利害の問題となる。利害の調整を政治の役割とするのはこの段階にあたる。
感情に左右される、原始的な政治のありようを、別の見方から見れば、理想主義的な政治ともなる。政治に理想の追求を求めるのは、利害を度外視する事にもつながる可能性がある。この場合、利害は理性だから、理性を振り捨てて感情のままに振る舞う事を政治に許す結果となる。
理想主義の究極は神聖政治で、造物主たる神のためには、被造物たる人間の生命存在など無に等しい事になって、いくら人間が死のうとも神のためには惜しくなどない。これは一神教にとって当たり前の話であって、実際、歴史にあって何度も繰り返されて来た。
現在では、聖戦などと言ってテロを繰り返しているイスラム過激派が理想主義的な政治を実行している。
このように考えて行くと、理想主義的な政治よりも、せせこましく、汚れた利害の政治の方が理性的であり、よりまっとうだと見るしかない。
多数の利害に沿った政治が行われるのが民主主義だとすれば、そこに民主主義のいい所がある。そこに、組合などを通じて、党派的な理想などを持ち込んで利害をそっちのけにする行為は、共産党や社民党によって行われて来たが、理性的に見れば、そうした行為は民主主義にとってのノイズでしかない。また、理性ではなく、理想=感情に左右されているという意味では、政治の反動的なありようでもある。
信仰や理想は、個人の自由の範囲にあるべきもので、それが社会性を持つところまでは許容範囲になりうるが、政治との区別を見失うと有害だ。
今のところ、政治は感情で動いているようなので、こんなものにつきあうほど根気のある人以外にはオススメできる代物ではない。興ざめするほど馬鹿馬鹿しいものだ。
若い人は、政治などに興味を持たず、恋愛や遊びや趣味に力を注ぐのがまともだと思う。不満の毒を吐き散らす妙な人たちは避け、嫌だなと感じながら避けているのが、人生の積極性だ。
2017年12月8日金曜日
ジャズと演芸、あるいは、電撃戦と比島決戦、そして、朝鮮戦争
イメルダ・メイからメイつながりで、ウナ・メイ・カーライルを思い出した。
Una Mae Carlisle という綴りだから、ユナと読む人もいるが、ウナでいいと思う。
1915年生まれで、1956年死亡だから、41歳という若さで亡くなった事になる。
10代の時から、ファッツ・ウォラーなんかに引き立てられて歌っていたらしい。作曲もするし、ピアノも弾く。でも、やはり歌が抜群にいい。とても個性的な歌唱で癖になる。
「Blitzkreig baby」(電撃戦の可愛子ちゃん?)という曲が最初に気に入ったが、ドイツ軍をからかった戦意高揚の曲なのだろうか、
電撃戦ベビー、あんたは私を爆撃できないわよそうだとしたら、日本ならさしずめ「比島決戦の歌」みたいなものだ。
こっちの言い分は当たり前なんだから
こっちが銃をとったら、あんたは目の前からいなくなっちゃう
電撃戦ベビー、あんたは私を吹き飛ばせないわよ
電撃戦ベビー、かわいいね
みんなあんたのパラシュートを着て、
さあ、政治宣伝しよう
電撃戦ベビー、あんたは私を爆撃できない
また、この話になるが、東京コミックショーは、出し物にまぎれて将校クラブで米軍相手に「比島決戦の歌」を口ずさんでいたという。
「これ聞いてたあいつら、みんな朝鮮で死んじまった」
ショパン猪狩はこんな風に言ってた。
笑えるけど、悲しくて、戦後の薄暗さを感じる、何とも言えない瞬間だった。
話はかなり外れてしまったけれど、ウナ・メイ・カーライル、いい音楽家だから、機会を作って聞いてください。スポティファイに入っていて、無料で聞けます。
イメルダ・メイの "Life Love Flesh Blood" がいい

前から好きだった歌手イメルダ・メイの新作(2017)「Life Love Flesh Blood」が素晴らしい出来だ。日本語に直訳すると「生、愛、肉、血」となるタイトルだが、「生命、愛、身体、心」という感じに読めばいいのかな?
歌唱力は抜群で、特徴のあるいい声で注目していた。ロカビリーなんかやってて、凄く可愛かったのが、もうお姉さんになってしまった。
それでだろうか、声の特徴は少し引っ込んでしまって残念だが、歌唱力は深みが出てきた。曲もいい。
2017年12月6日水曜日
不可能は誰に対しても平等であって、努力する人にもしない人にも同じく不可能だ
例えば、政治がうまく行っていれば、誰でもがフーリエ解析を理解できるようになるといった事は起きない。まったく別の系に属する事柄だからだ。
ならば、どうして政治に、例えば幸せを求めるのだろうか、幸福という主観的な価値観は個人的であり、政治がそれをどうこうできるなどありえない。
政治的な問題があって、国民が政治的不平等下に置かれているといった不幸に陥っているのならば、例えば北朝鮮や、ソビエト崩壊前のロシア、東欧諸国、あるいは、大躍進や文化大革命時代、毛沢東指導下の支那などを想起すればいいと思うが、その場合はソビエト崩壊に匹敵する変化が必要だが、ソビエト崩壊がKGB(現FSB)という巨大政府秘密機関が計画立案実行した行動だったように、政治的不幸に陥った国家において、その不幸を解決する方法は、必ずしも民主的な方法、つまり選挙によって解決できるものではない。いや、政治的不幸の状態にもよるが、最もその解消を必要とする状態であればあるほど解決方法も解決能力も、国家内のどこにも存在しない可能性すらある。
ならば、どうして政治に、例えば幸せを求めるのだろうか、幸福という主観的な価値観は個人的であり、政治がそれをどうこうできるなどありえない。
政治的な問題があって、国民が政治的不平等下に置かれているといった不幸に陥っているのならば、例えば北朝鮮や、ソビエト崩壊前のロシア、東欧諸国、あるいは、大躍進や文化大革命時代、毛沢東指導下の支那などを想起すればいいと思うが、その場合はソビエト崩壊に匹敵する変化が必要だが、ソビエト崩壊がKGB(現FSB)という巨大政府秘密機関が計画立案実行した行動だったように、政治的不幸に陥った国家において、その不幸を解決する方法は、必ずしも民主的な方法、つまり選挙によって解決できるものではない。いや、政治的不幸の状態にもよるが、最もその解消を必要とする状態であればあるほど解決方法も解決能力も、国家内のどこにも存在しない可能性すらある。
肥大化した社会保障制度、産業の国有化による不効率、既得権確保にのみ走る組合といった問題で「病人」と呼ばれたかつての英国は、民主的な選挙でマーガレット・サッチャーが政権についた事で解決の方向を見出したが、あれは西側先進国だから出来た事であって、そのまま世界に広げて一般化できるものではないだろう。せいぜい、日本にあてはめる事が出来るくらいかもしれない。
英国病は、北海油田の成功で英国が産油国に転じた事で解決したとされるが、今の日本でなら、稼働していない原発を再稼働させる事で経済に大きなはずみをつけられる可能性が高い。
英国病は、北海油田の成功で英国が産油国に転じた事で解決したとされるが、今の日本でなら、稼働していない原発を再稼働させる事で経済に大きなはずみをつけられる可能性が高い。
まあ、政治に出来るのはせいぜいそこまでだ。政治は政治・経済問題に対処する以外の事は出来ない。利害の政治的調整だ。これがひとつの考え方。
これとは別に、政治は理想を実現する手段だという考え方がある。
社会問題をはじめ、様々な問題を政治的に解決しようという考え方だ。これは立法によって法規制を行うという方向になるだろう。
政治を利害の調整サービスと考えるか、理想追求の手段と考えるかは大きな違いがある。小さな政府を目指す立場は利害の調整サービスの側になるだろうし、理想追求の側は大きな政府になる傾向がある。
政治に理想追求など無理だから、政府は小さい方がいい。これは原則だと思える。例えば、社会的な問題を政治的に解決しようとするのは、例え目的が良かったとしても、あまりいいやり方とは考えられない。
政治を利害の調整サービスと考えるか、理想追求の手段と考えるかは大きな違いがある。小さな政府を目指す立場は利害の調整サービスの側になるだろうし、理想追求の側は大きな政府になる傾向がある。
政治に理想追求など無理だから、政府は小さい方がいい。これは原則だと思える。例えば、社会的な問題を政治的に解決しようとするのは、例え目的が良かったとしても、あまりいいやり方とは考えられない。
何故かと言うと、良い目的であっても、それを法律で社会に強制する事になるからだ。権力で社会を統制するという事だ。目的が良くても、そのやり方では目的の良さを損なってしまう可能性が高い。しかも、目的の達成は不十分な水準にとどまるだろう。
大きな政府が国民を丸抱えして、何でもかんでも面倒見ますなんて、うまくいくわけがない。いや、それ以前に出来るわけがない。それは社会主義が失敗するのと同じ理由だ。
そういう次第で、政府は小さくして、法規制は少なくし、何から何まで行政が面倒を見るなんてことは考えない方がいいんだけれど、ここで戦う気はないから、大きな政府が好きな人たちが失敗して行くのを止める事はしない。
大きな政府が国民を丸抱えして、何でもかんでも面倒見ますなんて、うまくいくわけがない。いや、それ以前に出来るわけがない。それは社会主義が失敗するのと同じ理由だ。
そういう次第で、政府は小さくして、法規制は少なくし、何から何まで行政が面倒を見るなんてことは考えない方がいいんだけれど、ここで戦う気はないから、大きな政府が好きな人たちが失敗して行くのを止める事はしない。
お互いに、死にそうでも、助けないでいようね。
婆さんは象徴ではないけど・・・
つい先頃、女房が歩いていたら、ヨボヨボの婆さんが、両手に大きなスーパーの袋を持ってヨタヨタと進んでいたのが、ついに息が切れたか止まってしまったという。
慌てて近寄り、声をかけると、
「あたしゃ人の世話になるのが嫌いだし、まだまだ大丈夫なんだよ」
と意地を張っている。それでも荷物を持つと抵抗するわけでもないので二つの袋を持ったところ、後から来た若い男が、自分が持つと言って持ってくれた。
そこで、女房は婆さんを支えて歩き出した。
この婆さんはすぐ近くの四階建てのマンションの四階に住んでいた。四階建てというのはエレベータがないという事で、婆さんは両手に大荷物を持ち、階段を登るつもりでいたのである。
そもそも、どうしてそんなに沢山買い込んでしまったのか、浅い疑問は次々と浮かんで来るが、婆さんの思い込みの前では、そのような疑問など消え去るのみ。ともかく、その場が無事におさまったのをよしとする他なかった。
老婆は、まだ、自分は歩ける。天皇陛下と同じ歳だが、陛下がまだ頑張っていらっしゃるんだから、自分も平気なのだと、飛躍した論理を口走っていたという。
今日、女房と乃木将軍は偉い人で、奥様の辞世の歌もいいなどと話をしているうちに、ふと、その婆さんを思い出した。
陛下の退位の決意は、私たちにその存在を強く意識させた。陛下の御退位と婆さんのむやみな自立心が重なり、わたしたちをはさみこむ。
慌てて近寄り、声をかけると、
「あたしゃ人の世話になるのが嫌いだし、まだまだ大丈夫なんだよ」
と意地を張っている。それでも荷物を持つと抵抗するわけでもないので二つの袋を持ったところ、後から来た若い男が、自分が持つと言って持ってくれた。
そこで、女房は婆さんを支えて歩き出した。
この婆さんはすぐ近くの四階建てのマンションの四階に住んでいた。四階建てというのはエレベータがないという事で、婆さんは両手に大荷物を持ち、階段を登るつもりでいたのである。
そもそも、どうしてそんなに沢山買い込んでしまったのか、浅い疑問は次々と浮かんで来るが、婆さんの思い込みの前では、そのような疑問など消え去るのみ。ともかく、その場が無事におさまったのをよしとする他なかった。
老婆は、まだ、自分は歩ける。天皇陛下と同じ歳だが、陛下がまだ頑張っていらっしゃるんだから、自分も平気なのだと、飛躍した論理を口走っていたという。
今日、女房と乃木将軍は偉い人で、奥様の辞世の歌もいいなどと話をしているうちに、ふと、その婆さんを思い出した。
陛下の退位の決意は、私たちにその存在を強く意識させた。陛下の御退位と婆さんのむやみな自立心が重なり、わたしたちをはさみこむ。
救いがあるような、ないような
菊池寛が
「代数は役に立たなかった。世の中で役に立つのは小学校でやった算数だけだ」
といったと、数学者の遠山啓が書いている。実に菊池寛らしい。
遠山は面白いと感じ、苦笑いをしながら紹介しているのだが、こちらとしては、菊池寛は本当に馬鹿だなと、ガッカリしながら頭を抱えるしかない。遠山のような温かい目で菊池寛を見るだけの高みにはいないからだ。
遠山よりは菊池寛にはるかに近い、低~いところにいるから余裕がないという事も大きい。
という事で、実は自分にガッカリしているわけだが、今さらとりもどせるものでもない。それでも、
「世の中で役に立つのは小学校でやった算数だけだ」
などとは言うまいと思う。
そんな事を言う人は、代数などロクにやっていないに違いないし、算数だって、本当は怪しいものだからだ。
数学をけなしても、自分が勉強をしなかった言い訳にはならない。勉強すべき時に勉強しなかったのは、怠惰だったからだと、いやでも認めるしかない。
それで、自分の怠惰さを戒めるのが正しい道で、開き直って、怠惰を邁進するのは間違った道なのだが、ゆるく戒めて、時々、少し開き直る凡夫の道もない事はない。
で、たいていは凡夫の道を歩むのかもしれない。
「代数は役に立たなかった。世の中で役に立つのは小学校でやった算数だけだ」
といったと、数学者の遠山啓が書いている。実に菊池寛らしい。
遠山は面白いと感じ、苦笑いをしながら紹介しているのだが、こちらとしては、菊池寛は本当に馬鹿だなと、ガッカリしながら頭を抱えるしかない。遠山のような温かい目で菊池寛を見るだけの高みにはいないからだ。
遠山よりは菊池寛にはるかに近い、低~いところにいるから余裕がないという事も大きい。
という事で、実は自分にガッカリしているわけだが、今さらとりもどせるものでもない。それでも、
「世の中で役に立つのは小学校でやった算数だけだ」
などとは言うまいと思う。
そんな事を言う人は、代数などロクにやっていないに違いないし、算数だって、本当は怪しいものだからだ。
数学をけなしても、自分が勉強をしなかった言い訳にはならない。勉強すべき時に勉強しなかったのは、怠惰だったからだと、いやでも認めるしかない。
それで、自分の怠惰さを戒めるのが正しい道で、開き直って、怠惰を邁進するのは間違った道なのだが、ゆるく戒めて、時々、少し開き直る凡夫の道もない事はない。
で、たいていは凡夫の道を歩むのかもしれない。
2017年11月2日木曜日
産経の整理部、無能なのか?
産経新聞のサイトでよく記事を読む。ひどい文章がわりと多いのでちょっと気になる。内容ではなくて、日本語として違うという意味での「ひどい」だ。朝日などは内容がひどい。
2017年11月2日の朝、7時台ぐらいに掲示されていた記事だ。
まず、「嗚呼、絶望の党。「逃亡中の女王」と仏紙に揶揄された希望の党・小池百合子代表の進む道は」と題した記事。
この中で「妙に演技がかったその仕草」
とあるが、こういう言い方はない。正しくは「芝居がかった」だろう。
整理部は何をしている? ネットの記事にはかかわらないのだろうか?
次に、「勝てない韓国サッカー 中国にランクで史上初めて抜かれる体たらく 「恨」が炎上中」という記事。
おそらく「詰めかけた」と「押し寄せた」が混ざり合ってしまったのだろう。
しかし、どちらも大勢の行動を表す言葉で、5人の行動を表しているこの場合の用法ではない。
「押しかけた」なら、一人でも使うが、この場合にはそぐわない。
つまり、この場合、記事で「詰め寄せた」などと表現すべき内容はまったくないので、こういう無様な事になっている。
「韓国代表が帰国した10月15日に仁川国際空港で熱狂的なファン5人が」とすべきだろう。
それから、これはいい所をついた記事なので惜しいが、日本語が出来ていない。
「日本代表部の外交官につかみかかられた! 広報資料なのに「それ、内部資料でしょ。返しなさい」 報道封殺よりユネスコの審査改革を進めたらどうですか?」という記事。
ただ「議案をつかんだ」とか、「つかみ取ろうとした」が適切だろう。
産経の整理、何やってるんだ?
追記(2017/11/03):
「つかみかかる」だが、「つかみかからんばかりの勢いで」という言い方もある。この記事の場合は、これが適切かもしれない。だが、これを短縮して「つかみかかった」とは出来ない。
2017年11月2日の朝、7時台ぐらいに掲示されていた記事だ。
まず、「嗚呼、絶望の党。「逃亡中の女王」と仏紙に揶揄された希望の党・小池百合子代表の進む道は」と題した記事。
この中で「妙に演技がかったその仕草」
とあるが、こういう言い方はない。正しくは「芝居がかった」だろう。
整理部は何をしている? ネットの記事にはかかわらないのだろうか?
次に、「勝てない韓国サッカー 中国にランクで史上初めて抜かれる体たらく 「恨」が炎上中」という記事。
熱狂的なファン5人が、韓国代表が帰国した10月15日に仁川国際空港へ詰め寄せた。とある。
おそらく「詰めかけた」と「押し寄せた」が混ざり合ってしまったのだろう。
しかし、どちらも大勢の行動を表す言葉で、5人の行動を表しているこの場合の用法ではない。
「押しかけた」なら、一人でも使うが、この場合にはそぐわない。
つまり、この場合、記事で「詰め寄せた」などと表現すべき内容はまったくないので、こういう無様な事になっている。
「韓国代表が帰国した10月15日に仁川国際空港で熱狂的なファン5人が」とすべきだろう。
それから、これはいい所をついた記事なので惜しいが、日本語が出来ていない。
「日本代表部の外交官につかみかかられた! 広報資料なのに「それ、内部資料でしょ。返しなさい」 報道封殺よりユネスコの審査改革を進めたらどうですか?」という記事。
「それ、内部資料でしょ。返しなさい」。日本代表部の外交官が、私が持っていた議案につかみかかった。つかみかかるは、胸ぐらをつかむといった対人攻撃に使う言葉で、この場合の用法ではない。日本の外交官が暴力をふるったとしか受け取れない文章になってしまう。
ただ「議案をつかんだ」とか、「つかみ取ろうとした」が適切だろう。
産経の整理、何やってるんだ?
追記(2017/11/03):
「つかみかかる」だが、「つかみかからんばかりの勢いで」という言い方もある。この記事の場合は、これが適切かもしれない。だが、これを短縮して「つかみかかった」とは出来ない。
2017年10月30日月曜日
物事の区別がつかない人がいるから・・・
香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」(電子版)が、北朝鮮の核実験場、北朝鮮北東部豊渓里でこれ以上の核実験を行えば、山が崩壊して放射性物質が吹き出す恐れがあると、支那の地質学者が北朝鮮に警告していたと報じた。
北の核実験場で放射能漏れの恐れ、中国側が警告 (読売新聞)
北の核実験場で放射能漏れの恐れ、中国側が警告 (読売新聞)
北朝鮮の事だから、きっと、それでも、無謀で無意味な核実験を行う可能性がある。
馬鹿げた事をやめる知性があれば、今頃、こうなってない。
で、発電やめてるこっちと、核実験やめないあっちと、どっちが馬鹿なのか、判定がつけられない。
あっちが馬鹿なのははっきりしているが、こっちが馬鹿ではないと言えないからだ。
2017年10月26日木曜日
2017年10月24日火曜日
鉄はあんたのツラの皮
百合子さん、
「今回の総選挙で鉄の天井があると改めて知りました」
「今回の総選挙で鉄の天井があると改めて知りました」
なんて言っちゃって。
こっちは、
「鉄面皮」
を改めて知りました。
今回の選挙、要するに落ち目の民進がどうなるかで、百合子にすがった方は敗北し、すがらせてもらえなかった方は、日共に面倒見てもらって立民で一応息をついた格好になった。百合子も日共も後が怖いが、日共の方がはるかに怖い。日共は、この選挙で影響力を拡大した。
当面は、北朝鮮との関係をどうコントロールして行けるのかが大きな課題になる。一応、理解力の乏しい人向けに言っておくと、相手をコントロールするのではなく、関係をコントロールするんですよ。北朝鮮なんかは直接相手をコントロールしようとするけど、それは馬鹿げている。ロシアも、アメリカで変な人権活動家を利用して社会的な亀裂を深めようと工作したのが問題になってるけど、そういうのは関係のハンドリング能力、つまり、外交能力のなさの現れでしかない。まったく、いつまでそんな事やってんだか・・・
日共も同じく、マルクス主義を保守する、硬直した組織だから、直接相手をコントロールする事しか知らない。古臭くて、面倒な人たちみたいだ。
ま、元民の末路なんてどうでもいい。
あ、そうそう、鉄の天井もガラスの天井もないですから。そこんとこ、いい加減な嘘を繰り返さないよう、お願いしますね。これからアイアン百合子と呼ぶから。
2017年10月22日日曜日
女ヒトラーではないけど、逃げ子だね
百合子さん、旗色が悪くなったら逃げ子になっちゃったね。
無責任で勝手な人だね。もう、都知事辞めてくんないかな。
都議会の野党は、逃げ子に攻勢かけて辞任に追い込んでよ。お願いだよ。
都議会の野党が本気だせば、都1が耐えきれるわけないんだからさ。
国家主義=国粋主義という間違い
浜矩子という人が、毎日新聞に書いた意見で、
「民主主義対国粋主義」
と書いている。
困ったな、無教養だな。
明治時代、薩長藩閥政府に対して、粘り強い活動を展開し、選挙実施にこぎつけた民権運動から国粋主義が生まれた。
こうした流れを分けて見る場合、日本では、政府を国権派、民権運動を国粋派とするのが歴史を踏まえている。
国権派は欧米に学べと、国費で優秀な者を留学させた。この人たちの中から、愚劣な欧米かぶれが出て来て、何だこの馬鹿はという反発から、国粋主義が生まれた。国粋主義は国家主義ではなく、日本文化を大切にする以外、日本人のありようはないだろう。日本人は日本文化を発展洗練させ、高度化するしかない。何でも欧米のものをありがたがるのは、さもしい後進国根性でしかないという考えだ。
国権派も国粋派も、もちろん、愛国派だし、尊皇攘夷というところも共通するから、そのあたりで混乱があるのかもしれない。
でも、愛国者、即反民主主義ではないのは誰でもわかると思う。
尊皇攘夷だから、反民主主義という事も言えないのも理解できるはずだ。
共産主義は愛国ではなく、尊皇攘夷でもないが、一党独裁の全体主義国家を形成するから、選挙で民意を問い、指導者を選出する民主主義ではない。共産党は民主主義という言葉を、「自分たちに都合がいい」という意味で使うだけだから、民主主義でも何でもない。民主主義的な選挙で、ほとんど選ばれないのはあたりまえだ。
「民主主義対国粋主義」
と書いている。
困ったな、無教養だな。
明治時代、薩長藩閥政府に対して、粘り強い活動を展開し、選挙実施にこぎつけた民権運動から国粋主義が生まれた。
こうした流れを分けて見る場合、日本では、政府を国権派、民権運動を国粋派とするのが歴史を踏まえている。
国権派は欧米に学べと、国費で優秀な者を留学させた。この人たちの中から、愚劣な欧米かぶれが出て来て、何だこの馬鹿はという反発から、国粋主義が生まれた。国粋主義は国家主義ではなく、日本文化を大切にする以外、日本人のありようはないだろう。日本人は日本文化を発展洗練させ、高度化するしかない。何でも欧米のものをありがたがるのは、さもしい後進国根性でしかないという考えだ。
国権派も国粋派も、もちろん、愛国派だし、尊皇攘夷というところも共通するから、そのあたりで混乱があるのかもしれない。
でも、愛国者、即反民主主義ではないのは誰でもわかると思う。
尊皇攘夷だから、反民主主義という事も言えないのも理解できるはずだ。
共産主義は愛国ではなく、尊皇攘夷でもないが、一党独裁の全体主義国家を形成するから、選挙で民意を問い、指導者を選出する民主主義ではない。共産党は民主主義という言葉を、「自分たちに都合がいい」という意味で使うだけだから、民主主義でも何でもない。民主主義的な選挙で、ほとんど選ばれないのはあたりまえだ。
大体、今、国粋主義者っているの? 俺、自分を含めて2人しか知らないよ。
国家主義=国粋主義というのは、戦後にはびこった大きな間違いだ。
SF 猫ベーダー
地球侵略に面倒臭い事は何一つ必要ない。人類を支配下に置くには猫になるだけで十分だ。
男は女に隷属している。だから女に愛されればいい。
こうして、猫は地球に君臨し、カキカキやコロコロ、ガジガジやバリバリ、人を猫まみれにし、ウンチとオシッコをし、自分で決めた通りに好きなように毎日暮らしている。
わざわざ空飛ぶ円盤を飛ばして、大々的な攻撃なんかしたり、陰謀を張り巡らしたり、宇宙人てな、ありゃ、馬鹿だぞ。
さ、今日も猫のブラッシングしなくっちゃ。おいで、オブラシでちゅよ。いらっしゃい・・・
男は女に隷属している。だから女に愛されればいい。
こうして、猫は地球に君臨し、カキカキやコロコロ、ガジガジやバリバリ、人を猫まみれにし、ウンチとオシッコをし、自分で決めた通りに好きなように毎日暮らしている。
わざわざ空飛ぶ円盤を飛ばして、大々的な攻撃なんかしたり、陰謀を張り巡らしたり、宇宙人てな、ありゃ、馬鹿だぞ。
さ、今日も猫のブラッシングしなくっちゃ。おいで、オブラシでちゅよ。いらっしゃい・・・
2017年10月19日木曜日
日本にヒトラーなどいない
どこから出てきた話なのか知らないが、小池百合子をヒトラーになぞらえる言い方が色々な所でなされている。
どういうつもりか知らないが、次のオリンピックの開催都市の知事がヒトラー云々される人物だと、その国の人間が言っている事になる。正気か?
小池百合子は自分に対してヒトラー発言をした相手をすべて訴える必要がある。それは、東京都知事としてしなければならない事だ。ここで大人になるというのは、人を出まかせにヒトラー扱いするような行為は徹底して問題にされるという事の範を示す事だ。
小池百合子は失敗した画家でもなければ、陸軍のスパイだった事もなければ(そもそも陸軍がない)、どこに起源があるかわからない共産主義くずれの右翼小結社に入会してもいない。全体主義というなら共産党は完璧な全体主義政党だが、希望はそうではない。ポピュリズムというなら、民主主義国家でポピュリズムと無縁な政治家など存在しない。
小池は目端はきくが、結局はただの馬鹿で自分勝手な人で、豊田のように怒鳴り散らすような真似はしないというだけだ。小池の方が腹が黒いのだろう。だが、それでも、ヒトラーよばわりしていいなどという事はない。
現在の世界で、人をヒトラーよばわりする事がどういう意味を持つ行為なのか、それは理解しておいた方がいい。
ともかく、小池百合子は、ヒトラーを引き合いに出して小池百合子について語った人たちを訴えるべきだ。これは東京都知事として義務だ。
そんな言い方が横行するようでは、文化程度が低すぎるだろう。
どういうつもりか知らないが、次のオリンピックの開催都市の知事がヒトラー云々される人物だと、その国の人間が言っている事になる。正気か?
小池百合子は自分に対してヒトラー発言をした相手をすべて訴える必要がある。それは、東京都知事としてしなければならない事だ。ここで大人になるというのは、人を出まかせにヒトラー扱いするような行為は徹底して問題にされるという事の範を示す事だ。
小池百合子は失敗した画家でもなければ、陸軍のスパイだった事もなければ(そもそも陸軍がない)、どこに起源があるかわからない共産主義くずれの右翼小結社に入会してもいない。全体主義というなら共産党は完璧な全体主義政党だが、希望はそうではない。ポピュリズムというなら、民主主義国家でポピュリズムと無縁な政治家など存在しない。
小池は目端はきくが、結局はただの馬鹿で自分勝手な人で、豊田のように怒鳴り散らすような真似はしないというだけだ。小池の方が腹が黒いのだろう。だが、それでも、ヒトラーよばわりしていいなどという事はない。
現在の世界で、人をヒトラーよばわりする事がどういう意味を持つ行為なのか、それは理解しておいた方がいい。
ともかく、小池百合子は、ヒトラーを引き合いに出して小池百合子について語った人たちを訴えるべきだ。これは東京都知事として義務だ。
そんな言い方が横行するようでは、文化程度が低すぎるだろう。
2017年10月17日火曜日
small talk:革新の尻尾
「民進が希望に合流すると決めたが、希望は入れる人を選ぶとした。それで選ばれなかった人たちが立憲民主を作った。無所属を選んだ人たちもいる。希望に入れた人たちはやれやれと安心したかもしれない。だが、メイク百合子がデタラメぶりを発揮しまくり、相手にされなくなった。百合子人気のなくなった希望は民進にとって、選挙で当選するための希望でもなくなった。そうしたら、選挙後に、民進を存続させると言い出す人たちが出てきた。何だこれは」
「長期低落で支持を失っているのが身にしみていたんだろう。それで選挙となり、目先の当落で取り乱し、後先考えずに百合子人気をアテにして「希望」行きを希望した。だが、百合子は嫌いな子は入れないと言うので、人気にあやかれないと追い込まれ、一度放棄したこれまでの立場に戻り、立憲民主を作った。元々人気がなかったのが、昔の政策で出ていますとやったら妙に人気が出た。この過程で政策のデタラメさもあって百合子人気は消滅した。都知事の仕事をまっとうしていないうちに国政に乗り出してしまったのが失敗だろう。面白がって支持していた人たちが、あれ、都は? と疑問を持ってしまった。私は愛されているとのぼせ上がり、移り気を丸出しにして愛想をつかされてしまったと思う。例えば、「しがらみのない政治」とか言ってのけたけど、都民ファーストというしがらみを自分で作っておいて、何言ってやがるんだという事だ。そういう事がひとつやふたつではなかった。人気なんか吹っ飛ぶさ。それで元民の合流組はまったく立場をなくした。この成り行きを見た参議院議員が合流してもいい事がないし、立憲にも行きたくない。このままがいいと、合流決定を反故にする事にした。すべて民進議員の目的が議員になる事であって、議員になってやりたい仕事などないからだろう。ただ議員になりたいだけですという人間や団体を支持する酔狂な人などそうそういないから、人気がないのは当然だ」
「政策というのは、こういう仕事をしたいという内容を示したものだと定義できる。それを実行するために議員になったのに、あっさりと反対の政策を掲げる党に入るというだけでどうかと思うのはあたりまえだ。お前ら何をしたいんだ? 本当はやりたい事などなくて、議員になりたいだけだとしか見られなくて当然だ。しかも、それで入れてもらえないとなったら、やっぱりこっちの政策に戻ると言って、別の集団を作った。信用できない。それは立民も存続派も同じだ」
「自民党反対しか政策がなくて、国や国民のために何ひとつやってないのに、議員にだけはなりたくて、その上政権が欲しいってわけだ。冗談じゃないぜ」
「人気がなくなったので、人気がありそうな所に移籍しようとして断られ、たいした知恵もないので元に戻ろうとしている。確かに下方弾力性の中にいるわけだから、身動きすればするほど低落する。それで動かない方がマシだという選択になる。でも、それは座して死を待つだけの事で、社民がたどった道だ」
「民主党は元々、革新リベラルと保守派が勢力拡張のために集まった政党で、従来の各政党を飛び出したという点だけが共通項という人たちだった」
「野合の道を突き進んだという意味では、彼らはブレていないわけか」
「しかし、革新リベラルというのは何だろうね」
「日共別働隊とか、日共応援団みたいなものでしかないね」
「日共はソ連の指令で動いていた組織で、朝鮮総連の下、つまり、北朝鮮労働党の下部組織の下部組織だ。これがぬけぬけと「革新」を僭称し、ソ連、支那、北朝鮮のための活動をして来た。東側のお手伝いをする事がリベラリズムの中身だった。彼らは戦後ずーっとそんな事をやって来た」
「自由主義を意味する本来のリベラリズムの定義とは隔たりがある。ただ、不平等の是正や福祉などがリベラリズムの政治に入って来て大きな政府を支持するリベラルもあって、このあたりは論争になっている」
「日共や容共勢力の言う「革新リベラル」はそんなレベルのシロモノじゃなくて、ただの「革新陣営」だよ。その「革新陣営」の中身は、日共と親日共の事さ。真剣な検討に値する思想の話ではなく、連中の自己申告の話であって、検討に値する中身などない」
「確かにそうだな。冷戦時代にソ連に媚びていた連中やソ連の手先を革新陣営と呼ぶという定義でいいな。これが戦後、連中の言う平和憲法下で居心地良くいられた。だが、ソ連崩壊でぬくぬくしていられなくなった。連中はその原因がソ連崩壊だと認めたくなくて、やれ「保守化」だやれ「9条の危機」だとか言い出した」
「ただしソ連-北朝鮮の手が入っていたのはいわゆる革新陣営だけではない。保守政党、日本では自民党内にも代理人と噂される人物がいたりもした」
「共産圏の国々の情報機関は西側とは比べ物にならないほど冷酷で汚い情報活動をしていたからね何があっても驚いてはいけない」
「そういう共産圏の影響が強い革新陣営が妙に清潔イメージを売り物にして来たのも気持ち悪い話だ」
「ヨーロッパの過激派左翼テロリスト、イタリアの赤い旅団とか、ドイツのバーダー・マインホフとかは、ソ連の後ろ盾を受けてテロ活動をしていた。武器供給者はパレスチナ過激派のPLOやPFLPだった。ヨーロッパ過激派は営利誘拐、銀行強盗といった犯罪で活動資金や武器購入費を稼ぎ出していた」
「南米の左翼ゲリラは麻薬カルテルと手を結んで山岳地帯などを支配した。キューバが麻薬密輸の中継基地となり、同時に武器売買もやっていた」
「ヨーロッパの過激派は70年代、盛んにテロをやったが、これはソ連に西欧侵攻の意志があったからだ。社会不安を醸成し、国を弱体化させるための工作として、過激派を捨て駒に使った」
「南米での活動は対米戦略だったが、とにかく西欧を最優先目標とした」
「テロの嵐が吹き荒れた時期をヨーロッパでは「鉛の時代」と呼んだが、日本が狙われていたらと思うと恐ろしいな」
「新左翼や全共闘の薄ら馬鹿どもなどは勝手に爆弾を作って事件を起こしていた。不発だったために表に出ない爆弾事件も沢山あったらしい。そんな連中が左翼気分のままで年寄りになり9条の会とかで日共と一緒になってやっている」
「そうか、じゃあそうしよう。まだ思いつきなんだけどね」
「いつになく長くなった。このあたりにしとこう」
「長期低落で支持を失っているのが身にしみていたんだろう。それで選挙となり、目先の当落で取り乱し、後先考えずに百合子人気をアテにして「希望」行きを希望した。だが、百合子は嫌いな子は入れないと言うので、人気にあやかれないと追い込まれ、一度放棄したこれまでの立場に戻り、立憲民主を作った。元々人気がなかったのが、昔の政策で出ていますとやったら妙に人気が出た。この過程で政策のデタラメさもあって百合子人気は消滅した。都知事の仕事をまっとうしていないうちに国政に乗り出してしまったのが失敗だろう。面白がって支持していた人たちが、あれ、都は? と疑問を持ってしまった。私は愛されているとのぼせ上がり、移り気を丸出しにして愛想をつかされてしまったと思う。例えば、「しがらみのない政治」とか言ってのけたけど、都民ファーストというしがらみを自分で作っておいて、何言ってやがるんだという事だ。そういう事がひとつやふたつではなかった。人気なんか吹っ飛ぶさ。それで元民の合流組はまったく立場をなくした。この成り行きを見た参議院議員が合流してもいい事がないし、立憲にも行きたくない。このままがいいと、合流決定を反故にする事にした。すべて民進議員の目的が議員になる事であって、議員になってやりたい仕事などないからだろう。ただ議員になりたいだけですという人間や団体を支持する酔狂な人などそうそういないから、人気がないのは当然だ」
「政策というのは、こういう仕事をしたいという内容を示したものだと定義できる。それを実行するために議員になったのに、あっさりと反対の政策を掲げる党に入るというだけでどうかと思うのはあたりまえだ。お前ら何をしたいんだ? 本当はやりたい事などなくて、議員になりたいだけだとしか見られなくて当然だ。しかも、それで入れてもらえないとなったら、やっぱりこっちの政策に戻ると言って、別の集団を作った。信用できない。それは立民も存続派も同じだ」
「自民党反対しか政策がなくて、国や国民のために何ひとつやってないのに、議員にだけはなりたくて、その上政権が欲しいってわけだ。冗談じゃないぜ」
「人気がなくなったので、人気がありそうな所に移籍しようとして断られ、たいした知恵もないので元に戻ろうとしている。確かに下方弾力性の中にいるわけだから、身動きすればするほど低落する。それで動かない方がマシだという選択になる。でも、それは座して死を待つだけの事で、社民がたどった道だ」
「民主党は元々、革新リベラルと保守派が勢力拡張のために集まった政党で、従来の各政党を飛び出したという点だけが共通項という人たちだった」
「野合の道を突き進んだという意味では、彼らはブレていないわけか」
「しかし、革新リベラルというのは何だろうね」
「日共別働隊とか、日共応援団みたいなものでしかないね」
「日共はソ連の指令で動いていた組織で、朝鮮総連の下、つまり、北朝鮮労働党の下部組織の下部組織だ。これがぬけぬけと「革新」を僭称し、ソ連、支那、北朝鮮のための活動をして来た。東側のお手伝いをする事がリベラリズムの中身だった。彼らは戦後ずーっとそんな事をやって来た」
「自由主義を意味する本来のリベラリズムの定義とは隔たりがある。ただ、不平等の是正や福祉などがリベラリズムの政治に入って来て大きな政府を支持するリベラルもあって、このあたりは論争になっている」
「日共や容共勢力の言う「革新リベラル」はそんなレベルのシロモノじゃなくて、ただの「革新陣営」だよ。その「革新陣営」の中身は、日共と親日共の事さ。真剣な検討に値する思想の話ではなく、連中の自己申告の話であって、検討に値する中身などない」
「確かにそうだな。冷戦時代にソ連に媚びていた連中やソ連の手先を革新陣営と呼ぶという定義でいいな。これが戦後、連中の言う平和憲法下で居心地良くいられた。だが、ソ連崩壊でぬくぬくしていられなくなった。連中はその原因がソ連崩壊だと認めたくなくて、やれ「保守化」だやれ「9条の危機」だとか言い出した」
「ただしソ連-北朝鮮の手が入っていたのはいわゆる革新陣営だけではない。保守政党、日本では自民党内にも代理人と噂される人物がいたりもした」
「共産圏の国々の情報機関は西側とは比べ物にならないほど冷酷で汚い情報活動をしていたからね何があっても驚いてはいけない」
「そういう共産圏の影響が強い革新陣営が妙に清潔イメージを売り物にして来たのも気持ち悪い話だ」
「ヨーロッパの過激派左翼テロリスト、イタリアの赤い旅団とか、ドイツのバーダー・マインホフとかは、ソ連の後ろ盾を受けてテロ活動をしていた。武器供給者はパレスチナ過激派のPLOやPFLPだった。ヨーロッパ過激派は営利誘拐、銀行強盗といった犯罪で活動資金や武器購入費を稼ぎ出していた」
「南米の左翼ゲリラは麻薬カルテルと手を結んで山岳地帯などを支配した。キューバが麻薬密輸の中継基地となり、同時に武器売買もやっていた」
「ヨーロッパの過激派は70年代、盛んにテロをやったが、これはソ連に西欧侵攻の意志があったからだ。社会不安を醸成し、国を弱体化させるための工作として、過激派を捨て駒に使った」
「南米での活動は対米戦略だったが、とにかく西欧を最優先目標とした」
「テロの嵐が吹き荒れた時期をヨーロッパでは「鉛の時代」と呼んだが、日本が狙われていたらと思うと恐ろしいな」
「新左翼や全共闘の薄ら馬鹿どもなどは勝手に爆弾を作って事件を起こしていた。不発だったために表に出ない爆弾事件も沢山あったらしい。そんな連中が左翼気分のままで年寄りになり9条の会とかで日共と一緒になってやっている」
「それが革新リベラルの中身という事だ。もうちょっと言うと、テロや暴力沙汰の兵隊をやっていた連中と、それを踏み台にして権力を得たコスい連中がいて、革新リベラルを売りにするのは、権力に近づいたコスい方だろう」
「左翼とリベラリズムは何の関係もないのに、そんな事も理解できない程度の知能で革新リベラル勢力になっている連中だな。そんなものは消滅するだけだから気にしなくていい。日本で言えば戦後、世界史的には冷戦期という時代に成立しえた革新勢力の尻尾が残っているというだけだ。この尻尾、雑音でしかないが、当分は消えそうもない。だが、左翼とは無縁の、本来のリベラリズムは自由の問題として重要だ」
「自由の問題は、政治的には個々人や家庭の所得の問題として考えられるんじゃないかと思う。専門家ではないから感想でしかないが、これは税金の問題ではなくて、労働の問題だ。しかも、賃金だけではなくて、労働時間や労働環境、転職環境の問題として出ている部分だ」
「政治的に処理できる自由の問題は、そこでほぼカタがつくんじゃないか。後は社会的な問題と、それから、何というか文学的な問題とでも言えばいいのか、当面カタがつきそうもない部分が残るだけになる」
「そうだな。文学的な部分は、わがまま勝手でかまわないし、カタなんかつかないんだから、考えないでいい。政治的、それから、かなり難しいが社会的な問題に整理がついたら、もういいんじゃないかね」
「労働問題というのは、自由という事を考える時に、経済での通貨のようなものとして見ていいんじゃないかと思う」
「よくわからないが、重要そうな感じがするね」
「うまく言えないから、うまく説明できるようになるまで取り消しておいた方がいいかな?」
「いや、いいんじゃないか。こっちの宿題として、そのうちやりますとしておこうよ」「政治的に処理できる自由の問題は、そこでほぼカタがつくんじゃないか。後は社会的な問題と、それから、何というか文学的な問題とでも言えばいいのか、当面カタがつきそうもない部分が残るだけになる」
「そうだな。文学的な部分は、わがまま勝手でかまわないし、カタなんかつかないんだから、考えないでいい。政治的、それから、かなり難しいが社会的な問題に整理がついたら、もういいんじゃないかね」
「労働問題というのは、自由という事を考える時に、経済での通貨のようなものとして見ていいんじゃないかと思う」
「よくわからないが、重要そうな感じがするね」
「うまく言えないから、うまく説明できるようになるまで取り消しておいた方がいいかな?」
「そうか、じゃあそうしよう。まだ思いつきなんだけどね」
「いつになく長くなった。このあたりにしとこう」
2017年10月12日木曜日
small talk:虫と信仰
「何だか、この選挙で自民党がまた圧勝しそうだと言われてる」
「そうだといいね。野党がくだらなすぎて話にならない。安倍政権を止めるとか、自民党を止めるとか、そういうのばかりで、積極的な話、つまり政策が出て来ない」
「メイク百合子が出したのは無茶苦茶な話で、政策と呼べるシロモノではなかった。応援している橋下は 「公約なんかで政党を選ぶな」 なんて、凄い事を言ってる。この人も政治家の資質がないね。メイク百合子ほど馬鹿じゃないけど、どんどん頓珍漢になる」
「資質のある人は現実で磨かれて行くけど、ダメだね」
「野党がダメなのは、話が出来ないからだ。国会で話をしなけりゃ、やる事がない。だったら議員になる必要がないんだ」
「聞く耳を持たず、反対するだけのために議員やられちゃ、国民は迷惑なんだよな。いつまでもそういうのを伝統芸のつもりでやらないでもらいたい。芸じゃないから」
「議論をするには、前提を共有している事が必要で、その前提というのは、今なら、北朝鮮の脅威に対処する必要があるという程度の認識は共有していなければならない。外交努力、つまり、お話し合いが足りないって言い出すようじゃ、これまでの経過を何も知りませんと表明しているのも同然で、話にならない」
「そういうのは東京新聞に任せておいてほしい。これまで忍耐に忍耐を重ねて話し合いをしようとしてきた、ダメだった。圧力もかけた、それでもダメだから、それじゃどうしようかというところで、知恵を出し合う。国会に期待するのはそれだろう。そこで意見の相違があるのはあたりまえだけど、憲法9条を守れだの、海外で戦争を始めるだのとありもしない事を言い出して、議論しようともしないんだから、野党は国会を妨害するために議員になっている獅子身中の虫でしかない。それで支持してくれは虫が良すぎる」
「虫だからな・・・」
「国会が議論の場として機能するには、話し合いをする気持ちと能力のある人たちが出て来なければ無理だ」
「従来の野党には能力も気持ちもないね」
「まったくない」
「話し合いというと、何でもかんでも妥協だと心得ている政治家が多いが、妥協しなければ前進しないので暫定的に落とし所に置く場合と、内容を良くしていく議論がある。今の野党じゃ、どちらも無理だ。国民が9条を唱えれば平和が続くというのが対案じゃね」
「その連中は9条を写してればいいんだ」
「写経ならぬ写9条か。忙しい人のためには1文字9条もありとかな」
「古代に9条があったと古9条を発見する奴も現れるかもしれない」
「立民も元民も、日共もみんなそっち方面に行った方がいい」
「9条が憑依して世直しを訴えたりするかも」
「朝日の記者あたりは村のお地蔵さんに「九条」と刻んでおいて騒いでもいいかも」
「自作自演がすぐにバレるんだろ」
「本当にそのレベルだな。何が政権交代だ」
「きちんと議論が出来て、話をまとめられ、野党であっても、行政に政策を反映させられる内容があれば、自然と政権を任せようとなる。中身がないのに政権よこせと騒ぐだけで信頼は得られないよ」
「一度任せてとんでもない事になったしね」
「悪夢だった」
「でも、自民党も、ここで緩んでしまうと結果が悪くなる。目先の選挙の向こうにある事態としては、大きな国の危機がある。自民党にこそ、そういう中で総力戦をやっているのを忘れないでもらいたいね」
「その通りだ」
「そうだといいね。野党がくだらなすぎて話にならない。安倍政権を止めるとか、自民党を止めるとか、そういうのばかりで、積極的な話、つまり政策が出て来ない」
「メイク百合子が出したのは無茶苦茶な話で、政策と呼べるシロモノではなかった。応援している橋下は 「公約なんかで政党を選ぶな」 なんて、凄い事を言ってる。この人も政治家の資質がないね。メイク百合子ほど馬鹿じゃないけど、どんどん頓珍漢になる」
「資質のある人は現実で磨かれて行くけど、ダメだね」
「野党がダメなのは、話が出来ないからだ。国会で話をしなけりゃ、やる事がない。だったら議員になる必要がないんだ」
「聞く耳を持たず、反対するだけのために議員やられちゃ、国民は迷惑なんだよな。いつまでもそういうのを伝統芸のつもりでやらないでもらいたい。芸じゃないから」
「議論をするには、前提を共有している事が必要で、その前提というのは、今なら、北朝鮮の脅威に対処する必要があるという程度の認識は共有していなければならない。外交努力、つまり、お話し合いが足りないって言い出すようじゃ、これまでの経過を何も知りませんと表明しているのも同然で、話にならない」
「そういうのは東京新聞に任せておいてほしい。これまで忍耐に忍耐を重ねて話し合いをしようとしてきた、ダメだった。圧力もかけた、それでもダメだから、それじゃどうしようかというところで、知恵を出し合う。国会に期待するのはそれだろう。そこで意見の相違があるのはあたりまえだけど、憲法9条を守れだの、海外で戦争を始めるだのとありもしない事を言い出して、議論しようともしないんだから、野党は国会を妨害するために議員になっている獅子身中の虫でしかない。それで支持してくれは虫が良すぎる」
「虫だからな・・・」
「国会が議論の場として機能するには、話し合いをする気持ちと能力のある人たちが出て来なければ無理だ」
「従来の野党には能力も気持ちもないね」
「まったくない」
「話し合いというと、何でもかんでも妥協だと心得ている政治家が多いが、妥協しなければ前進しないので暫定的に落とし所に置く場合と、内容を良くしていく議論がある。今の野党じゃ、どちらも無理だ。国民が9条を唱えれば平和が続くというのが対案じゃね」
「その連中は9条を写してればいいんだ」
「写経ならぬ写9条か。忙しい人のためには1文字9条もありとかな」
「古代に9条があったと古9条を発見する奴も現れるかもしれない」
「立民も元民も、日共もみんなそっち方面に行った方がいい」
「9条が憑依して世直しを訴えたりするかも」
「朝日の記者あたりは村のお地蔵さんに「九条」と刻んでおいて騒いでもいいかも」
「自作自演がすぐにバレるんだろ」
「本当にそのレベルだな。何が政権交代だ」
「きちんと議論が出来て、話をまとめられ、野党であっても、行政に政策を反映させられる内容があれば、自然と政権を任せようとなる。中身がないのに政権よこせと騒ぐだけで信頼は得られないよ」
「一度任せてとんでもない事になったしね」
「悪夢だった」
「でも、自民党も、ここで緩んでしまうと結果が悪くなる。目先の選挙の向こうにある事態としては、大きな国の危機がある。自民党にこそ、そういう中で総力戦をやっているのを忘れないでもらいたいね」
「その通りだ」
2017年10月11日水曜日
現実に耐えられない腰抜けが嘘に溺れる
マルクス主義が革命を行わなければ実現できないと考えていた事は、革命なしに資本主義が実現して来た。資本主義はもっと多くを実現したので、比較するのは荒唐無稽なほどだ。革命運動は、資本主義諸国で社会の発展と進歩を邪魔して、不効率をもたらす役割を果たすと同時に、社会にその時点では実現不可能な要求を突きつける人々を生み出し、その人々は問題解決の幅を狭めた。
その頃、マルクス主義諸国は、様々な失敗を積み重ね・・・失敗と悪行のリスト・・・、軍事を除くあらゆる面で資本主義諸国に遠く及ばず、国民を不幸にしただけだった。
だが、資本主義諸国の中に惨憺たる有り様のマルクス主義を延命させようとする人々が存在して、スターリンを、毛沢東を、レーニンを次々と切り捨てて来た。彼らは真性のマルクス主義思想ではないというのだった。つまり、彼らは中国革命もロシア革命もご破算にし、マルクス主義革命はいまだ実現していないとした。
マルクス主義を現実の歴史過程から切り離して、いまだ実現していないものとすれば延命できると考えたのだろう。
よくも今更そんな事を言うもんだ、後出しもいいところだ、冗談じゃねえよと思うが、この場だけ百歩譲ってみる。
譲った後にまず問題となるのは、それで、今まで実現していないそのマルクス主義の革命とやらに、どんな必要性があるのかという事だ。
そんなの、別にいらないんじゃないのかと考えるのは、マルクス主義に取り組もうなんてよりも、はるかに自然で筋が通っていると思える。
また、そのマルクス主義は、当面、研究室から出る事が出来ない運命にあるが、それはどうだろうかという問題もある。
これまでのすべてのマルクス主義を間違いだと否定する事は、それに関わっていた人すべてを否定する事になる。彼らは間違いに深く影響されていて、間違い陽性だ。それを正しいマルクス主義に近づけたら、間違いの方が正しいマルクス主義に感染し、せっかくの正しいマルクス主義をロシア・マルクス主義に引き戻してしまう可能性がある。
従来のマルクス主義者は馬鹿ばかりなので治癒の可能性は極めて低い。
彼ら間違いマルクス主義は、従来の主流というか、それしかいなかったので、外から見たら、当然ながら同類にしか見えない。
そこで、正しいマルクス主義はロシア・マルクス主義の影響下にある人々の死滅を待つしかなくなる。
100年ぐらいは待つ必要があるかもしれない。
他にやる事がないなら、マルクス主義をいじる空虚を止めはしないが、譲るのはそこまでだ。実際はロシア・マルクス主義とその関係者の延命にしかならないに決まっている再評価など、無意味以上に有害だ。浅すぎるぞ。
そんな所になど未来はない。
その頃、マルクス主義諸国は、様々な失敗を積み重ね・・・失敗と悪行のリスト・・・、軍事を除くあらゆる面で資本主義諸国に遠く及ばず、国民を不幸にしただけだった。
マルクス主義を現実の歴史過程から切り離して、いまだ実現していないものとすれば延命できると考えたのだろう。
よくも今更そんな事を言うもんだ、後出しもいいところだ、冗談じゃねえよと思うが、この場だけ百歩譲ってみる。
譲った後にまず問題となるのは、それで、今まで実現していないそのマルクス主義の革命とやらに、どんな必要性があるのかという事だ。
そんなの、別にいらないんじゃないのかと考えるのは、マルクス主義に取り組もうなんてよりも、はるかに自然で筋が通っていると思える。
また、そのマルクス主義は、当面、研究室から出る事が出来ない運命にあるが、それはどうだろうかという問題もある。
これまでのすべてのマルクス主義を間違いだと否定する事は、それに関わっていた人すべてを否定する事になる。彼らは間違いに深く影響されていて、間違い陽性だ。それを正しいマルクス主義に近づけたら、間違いの方が正しいマルクス主義に感染し、せっかくの正しいマルクス主義をロシア・マルクス主義に引き戻してしまう可能性がある。
従来のマルクス主義者は馬鹿ばかりなので治癒の可能性は極めて低い。
彼ら間違いマルクス主義は、従来の主流というか、それしかいなかったので、外から見たら、当然ながら同類にしか見えない。
そこで、正しいマルクス主義はロシア・マルクス主義の影響下にある人々の死滅を待つしかなくなる。
100年ぐらいは待つ必要があるかもしれない。
他にやる事がないなら、マルクス主義をいじる空虚を止めはしないが、譲るのはそこまでだ。実際はロシア・マルクス主義とその関係者の延命にしかならないに決まっている再評価など、無意味以上に有害だ。浅すぎるぞ。
そんな所になど未来はない。
トニー・ジョー、ありがとう
「雨の夜のジョージア」。
最初に聞いたのはブルック・ベントンの歌で、シングル盤のジャケットは、セーターを来てナイロン弦のギターを抱えたベントンの姿だったと思う。
驚くべきことに少年だった事があって、心に染みるいい曲だなと思い、覚えた。
ギターを抱えた放浪者が貨車に乗り込んで雨をしのぐ。ボロボロになった恋人の写真に言葉をかけて気持ちを引き立て、ギターを弾いて時間をやり過ごす。ひどい雨の中・・・
久しぶりにこの曲を聞いたのはボズ・スキャッグスの「メンフィス」という曲集の中でだった。「メンフィス」は曲、演奏、歌唱のどれもが素晴らしく、スキャッグスの最高傑作だと思う。「雨の夜のジョージア」はナイロン弦のギターが効果的に使われている。これは土砂降りの雨を避けた貨車で放浪者が弾くギターなんだ。
この曲の作者はトニー・ジョー・ホワイトという人で、この他にはプレスリーがレパートリーにした「ポークサラダ・アニー」という作品が有名だ。
トニー・ジョー・ホワイトは何だかボソボソと歌う。どうしてか、そのボソボソに惹きつけられて、ずっと聞いてしまう。
娘はミシェル・ホワイトという歌手で、父親の作品「マヌーザ」を歌ったりしている。
ベントンとスキャッグス、他にも多くの人が取り上げているホワイトの名曲。いつ聞いてもいい。
追記:セーター姿でギターを持っているシングル盤のジャケットは、ブルック・ベントンではなくて、クラレンス・カーターだった。長い間間違えていた。(2017.10.17)
最初に聞いたのはブルック・ベントンの歌で、シングル盤のジャケットは、セーターを来てナイロン弦のギターを抱えたベントンの姿だったと思う。
驚くべきことに少年だった事があって、心に染みるいい曲だなと思い、覚えた。
ギターを抱えた放浪者が貨車に乗り込んで雨をしのぐ。ボロボロになった恋人の写真に言葉をかけて気持ちを引き立て、ギターを弾いて時間をやり過ごす。ひどい雨の中・・・
久しぶりにこの曲を聞いたのはボズ・スキャッグスの「メンフィス」という曲集の中でだった。「メンフィス」は曲、演奏、歌唱のどれもが素晴らしく、スキャッグスの最高傑作だと思う。「雨の夜のジョージア」はナイロン弦のギターが効果的に使われている。これは土砂降りの雨を避けた貨車で放浪者が弾くギターなんだ。
この曲の作者はトニー・ジョー・ホワイトという人で、この他にはプレスリーがレパートリーにした「ポークサラダ・アニー」という作品が有名だ。
トニー・ジョー・ホワイトは何だかボソボソと歌う。どうしてか、そのボソボソに惹きつけられて、ずっと聞いてしまう。
娘はミシェル・ホワイトという歌手で、父親の作品「マヌーザ」を歌ったりしている。
ベントンとスキャッグス、他にも多くの人が取り上げているホワイトの名曲。いつ聞いてもいい。
追記:セーター姿でギターを持っているシングル盤のジャケットは、ブルック・ベントンではなくて、クラレンス・カーターだった。長い間間違えていた。(2017.10.17)
2017年10月9日月曜日
疑問:2
宮崎勤事件でロリコン・オタクがアニメの影響を受けて連続幼女殺害事件を起こしたという見方がされたが、事件を題材にした最近のドラマで、ビデオテープが積み上がった部屋の映像に重ねて、そのほとんどがテレビの娯楽番組であり、「いわゆるロリコン映像は数十本程度だった」とナレーションされたらしい。
うーん、という事は、危険なのはロリコンだけではなくて、オタク全般となるのだろうか・・・???
昔、若造に「俺もオタクだから、ワハハハ」とやったら、嫌な顔をされた。
前の「疑問」の答えは、そんなワケないだろだからね。
うーん、という事は、危険なのはロリコンだけではなくて、オタク全般となるのだろうか・・・???
昔、若造に「俺もオタクだから、ワハハハ」とやったら、嫌な顔をされた。
前の「疑問」の答えは、そんなワケないだろだからね。
2017年10月8日日曜日
大人の男のくつろぎについて
食堂に入って、
「アレくれ・・・何だ?」
と言ったオッサンの話を聞いた。
店員さんに理解できるわけがない。
でも、そのオッサンのそういうの、身にしみてわかる年齢になった。
これは大人の階段を登ったというか、天国への階段というか、そんじょそこらのオッサンというか・・・そういうものだ。レッド・ツェッペリンのあの曲も、食いたい物の名前がわからなくなって、いきなり「アレくれ」と言うオッサンの歌だと思うと、味わいが違って来る(そんな曲なわけはないが)。
大人になるというのは、色々とわからない事が増えるというか、ほとんどがわからなくなって、でも、面倒だから、まあ、いいかと、そのままにするようになる事でもある。
ファッションなんか、わからなくなるのは最初の方だ。ファッションなんか、どうせゲイの思いつきだから、いいや、みたいな気になる。中共の人民服は、絶対にオッサンがいちいち面倒がないように、いつでもどこでも一着で間に合うよう、面倒じゃないように考えたものに決まっている。
悪しき部分で、体質が共通しているのを感じる。
大人になるという事は、やたらと屁が出るようになる事であり、それがひどく臭くなる事でもある。ちっとも偉くない。年を取れば自動的に偉くなるなんて、どう考えてもありえない。自動的に来るのは劣化だけだ。
そりゃあ、偉い人もいるが、みんながみんな偉いなんてありえない。ほとんどが、まったく偉くないし、それどころか、かなりくだらないものなのだ。
だから、くだらないからといって軽蔑とかしてはいけない。平均的なだけだ。人間くだらないのが平均だと理解できれば、神経を尖らす事も減る。
つまり、アレもナニだって事だな。うん、ムニャムニャ・・・
「アレくれ・・・何だ?」
と言ったオッサンの話を聞いた。
店員さんに理解できるわけがない。
でも、そのオッサンのそういうの、身にしみてわかる年齢になった。
これは大人の階段を登ったというか、天国への階段というか、そんじょそこらのオッサンというか・・・そういうものだ。レッド・ツェッペリンのあの曲も、食いたい物の名前がわからなくなって、いきなり「アレくれ」と言うオッサンの歌だと思うと、味わいが違って来る(そんな曲なわけはないが)。
大人になるというのは、色々とわからない事が増えるというか、ほとんどがわからなくなって、でも、面倒だから、まあ、いいかと、そのままにするようになる事でもある。
ファッションなんか、わからなくなるのは最初の方だ。ファッションなんか、どうせゲイの思いつきだから、いいや、みたいな気になる。中共の人民服は、絶対にオッサンがいちいち面倒がないように、いつでもどこでも一着で間に合うよう、面倒じゃないように考えたものに決まっている。
悪しき部分で、体質が共通しているのを感じる。
大人になるという事は、やたらと屁が出るようになる事であり、それがひどく臭くなる事でもある。ちっとも偉くない。年を取れば自動的に偉くなるなんて、どう考えてもありえない。自動的に来るのは劣化だけだ。
そりゃあ、偉い人もいるが、みんながみんな偉いなんてありえない。ほとんどが、まったく偉くないし、それどころか、かなりくだらないものなのだ。
だから、くだらないからといって軽蔑とかしてはいけない。平均的なだけだ。人間くだらないのが平均だと理解できれば、神経を尖らす事も減る。
つまり、アレもナニだって事だな。うん、ムニャムニャ・・・
small talk:正義が作り出した低脳たち
「自民党が選挙妨害から逃げまわりながら、今度の選挙を戦っているようだ」
「前に安倍首相の街頭演説を妨害した連中のようだね」
「そうらしい、それを避けて演説する場所を突然変えている」
「英国だったら、ブックメーカーが会場当ての博打をやるだろうな」
「何なんだろうね、あの傍若無人は」
「自分たちが正義だから、何をやってもいいとのぼせ上がってるんだろうね」
「ワイマール期ドイツの共産党のようだね」
「それがナチスへの道を開いた。街頭で乱闘していた連中が、影響しあったあげく、共産主義運動をやっていた連中はナチスに転向した」
「イタリアのファッショ運動は元々組合運動だったしね」
「戦前に似てきたというのが左翼の常套句だけど、自分たちのやっている事が同じだというだけだな」
「恐ろしい馬鹿どもだ。あの馬鹿どもを使っている大人のタチが悪いんだろうな」
「その上馬鹿だ」
「正義の馬鹿か・・・」
「自民党は、馬鹿どもを相手にしないように頑張ってるね」
「間違えば暴力沙汰に及んでも不思議ではない連中だものね」
「暴力で選挙妨害か・・・山県有朋が草葉の陰で喜ぶだろうよ」
「そんな事にならないよう、手間をかけて低脳どもを避けている。政治は面倒なものだからね。こういう所でもちゃんとしているよ」
「大人に焚き付けられて自分たちが正義で、何をしてもいいと思い込んだ低脳どもなど相手にするだけ無駄だ」
「あいつら、人の選挙の邪魔をして遊んでいるより、自分たちが好きな立民とかの選挙運動でも手伝った方がいいのにな」
「そんな根気も、真面目さもないんだろう。誰かの足を引っ張って喜ぶような歪んだ連中なのさ」
「それじゃ嫌われるだけなのにな。このままじゃ、民主は立ったまま永眠している・・・なんて事になるぜ」
「そういうまともな事は、あいつらの知能ではわからないんじゃないかな」
「そうか、あんな事やってる連中だものな」
「そういう事だ・・・」
「前に安倍首相の街頭演説を妨害した連中のようだね」
「そうらしい、それを避けて演説する場所を突然変えている」
「英国だったら、ブックメーカーが会場当ての博打をやるだろうな」
「何なんだろうね、あの傍若無人は」
「自分たちが正義だから、何をやってもいいとのぼせ上がってるんだろうね」
「ワイマール期ドイツの共産党のようだね」
「それがナチスへの道を開いた。街頭で乱闘していた連中が、影響しあったあげく、共産主義運動をやっていた連中はナチスに転向した」
「イタリアのファッショ運動は元々組合運動だったしね」
「戦前に似てきたというのが左翼の常套句だけど、自分たちのやっている事が同じだというだけだな」
「恐ろしい馬鹿どもだ。あの馬鹿どもを使っている大人のタチが悪いんだろうな」
「その上馬鹿だ」
「正義の馬鹿か・・・」
「自民党は、馬鹿どもを相手にしないように頑張ってるね」
「間違えば暴力沙汰に及んでも不思議ではない連中だものね」
「暴力で選挙妨害か・・・山県有朋が草葉の陰で喜ぶだろうよ」
「そんな事にならないよう、手間をかけて低脳どもを避けている。政治は面倒なものだからね。こういう所でもちゃんとしているよ」
「大人に焚き付けられて自分たちが正義で、何をしてもいいと思い込んだ低脳どもなど相手にするだけ無駄だ」
「あいつら、人の選挙の邪魔をして遊んでいるより、自分たちが好きな立民とかの選挙運動でも手伝った方がいいのにな」
「そんな根気も、真面目さもないんだろう。誰かの足を引っ張って喜ぶような歪んだ連中なのさ」
「それじゃ嫌われるだけなのにな。このままじゃ、民主は立ったまま永眠している・・・なんて事になるぜ」
「そういうまともな事は、あいつらの知能ではわからないんじゃないかな」
「そうか、あんな事やってる連中だものな」
「そういう事だ・・・」
2017年10月7日土曜日
2017年10月6日金曜日
2017年10月3日火曜日
smatll talk:御しやすい前チューと面倒くさい枝チュー
「百合子の希望が排除したのは、いると面倒臭い人とか、そういう人たちだろう。民進党の左派とか、政治姿勢だとか思想とかいう問題ではないと思うね。百合子さんにはそういうのないから」
「そうだな。枝野とか面倒そうだし、辻元なんかは馬鹿の鼻つまみで、いない方がいい。左派というなら、北朝鮮のハニートラップ疑惑の前原なんか左派もいいところだろう。こんな奴を抱えておいて、保守だ、防衛だって、冗談じゃないわけだ。線引は百合子より精神的にか、知的に弱い奴というだけだろう。前原は軽く手玉にとれる程度の奴だと踏まれたんだろうな」
「ああ、百合子、頭悪いからな。アクセサリーを選ぶ感覚で政策もどきを出しているだけだ。築地も、今回の原発ゼロも同じだよ。最後は持て余して放り出す。残るのは混乱だけだ。百合子をファシストに見立てる人がいたけど、ヒトラーですらない空虚だというのがわかってない」
「百合子の希望など、本質的には取るに足らない。被害が最小限にとどまってくれる事を祈るだけだ。それより、民主党の終わり方のみっともなさに、あの連中らしさがにじみ出ていると感じる」
「曲がりなりにも政権をとった民主党が、頭数欲しさに維新と組んで、あっさりと民進に名称を変えた時に、こいつらは矜持も何もないと思ったが、そのまま、落ちるだけ落ちて、浅ましさが肥大した」
「結局、政治の世界でやりたい事があるわけではなく、議員になりたいだけの人間の集合だから、目先の利害でチョロチョロ動き回る。民進はそういうネズミの巣だったが、それが今度は百合子の希望になる」
「簡単に手懐けられて、党友をあっさり裏切った前チューと、馬鹿だけど面倒くさい印象の枝チューで明暗が別れたが、どっちが明で、どっちが暗かは先になってみないとわからない」
「あいつらは、あいつらが思ってる政治をやっているわけだが、その政治のみみっちさ、無内容さ、筋の通らなさには呆れ果てる。その点では前原も枝野も同じだ。だって、枝野たちは百合子の希望に入れてもらえなくなったから、しかたなく新党結成だろ。それでまたリベラルの旗を持ち出しただけだ」
「そうだ。まず、人気に乗れそうだから、政策を一切合切投げ出した。だが、それでも乗せてもらえないとわかると、捨てた旗を拾った。選別する側は、選別するとは言っても、元々は正反対の政策を主張していた連中を入れている。両方共、中身も何もないのははっきりしている」
「選別する側、入れてもらえた連中、ダメで新党を作る連中、三者ともどうみてもこの先に見える末路は哀れだが、同情の余地はないな」
「誰が同情などするものか」
「そうだな。枝野とか面倒そうだし、辻元なんかは馬鹿の鼻つまみで、いない方がいい。左派というなら、北朝鮮のハニートラップ疑惑の前原なんか左派もいいところだろう。こんな奴を抱えておいて、保守だ、防衛だって、冗談じゃないわけだ。線引は百合子より精神的にか、知的に弱い奴というだけだろう。前原は軽く手玉にとれる程度の奴だと踏まれたんだろうな」
「ああ、百合子、頭悪いからな。アクセサリーを選ぶ感覚で政策もどきを出しているだけだ。築地も、今回の原発ゼロも同じだよ。最後は持て余して放り出す。残るのは混乱だけだ。百合子をファシストに見立てる人がいたけど、ヒトラーですらない空虚だというのがわかってない」
「百合子の希望など、本質的には取るに足らない。被害が最小限にとどまってくれる事を祈るだけだ。それより、民主党の終わり方のみっともなさに、あの連中らしさがにじみ出ていると感じる」
「曲がりなりにも政権をとった民主党が、頭数欲しさに維新と組んで、あっさりと民進に名称を変えた時に、こいつらは矜持も何もないと思ったが、そのまま、落ちるだけ落ちて、浅ましさが肥大した」
「結局、政治の世界でやりたい事があるわけではなく、議員になりたいだけの人間の集合だから、目先の利害でチョロチョロ動き回る。民進はそういうネズミの巣だったが、それが今度は百合子の希望になる」
「簡単に手懐けられて、党友をあっさり裏切った前チューと、馬鹿だけど面倒くさい印象の枝チューで明暗が別れたが、どっちが明で、どっちが暗かは先になってみないとわからない」
「あいつらは、あいつらが思ってる政治をやっているわけだが、その政治のみみっちさ、無内容さ、筋の通らなさには呆れ果てる。その点では前原も枝野も同じだ。だって、枝野たちは百合子の希望に入れてもらえなくなったから、しかたなく新党結成だろ。それでまたリベラルの旗を持ち出しただけだ」
「そうだ。まず、人気に乗れそうだから、政策を一切合切投げ出した。だが、それでも乗せてもらえないとわかると、捨てた旗を拾った。選別する側は、選別するとは言っても、元々は正反対の政策を主張していた連中を入れている。両方共、中身も何もないのははっきりしている」
「選別する側、入れてもらえた連中、ダメで新党を作る連中、三者ともどうみてもこの先に見える末路は哀れだが、同情の余地はないな」
「誰が同情などするものか」
2017年10月1日日曜日
small talk:妙な論調
「百合子の希望は民進の左派を切るから容認するなんて妙な論調が出てる」
「支那や北朝鮮まで含めた支持があるんだから、いくらうっとおしくてもいなくなるわけがない。何を言ってるんだと思うよ」
「その支持勢力の一部は鳩山と一緒になって沖縄で座り込みをやっている。日本では、支那や北朝鮮と違って、彼らを投獄したり、殺したりしないから、みんな寿命まで生きて、子供に影響を与えたりする」
「救いのない図だな。だが、その通りだ。当面、そうした勢力は存続する。これはしかたのない事だ。少数であっても、これが議員として国会に出て来るだろうし、無意味でワケのわからない事を言って、色々な事を邪魔しようとする」
「それは止められないんだ。百合子の希望と彼らの存続は関係がない。百合子の希望は民進左派はいらないと言っているだけだ」
「これまでを見て、言っているひと言たりと信用できない百合子の言葉を信用して、容認するなんて、ユルユルなだけだ」
「そこにつけこんでここまで来た人を、まだのさばらせるなんてな、頓馬もいいところだ」
「百合子は、その頓馬さを見越して動いてるのさ」
「その通りだ。で、都1と希望は矛盾するから、どこかでどちらかを選択しなけりゃならなくなる」
「まあ、もしそうなったら、都1を置き去りにするだろうね」
「もしそうなったらね」
「しばらくは、嫌だな、薄汚いなと感じながら、見ないようにしてるしかないかね」
「そうだな。他にない」
「百合子はそういう事だが、民進党左派なんてそれほど問題ではなかった。民主党政権のPTSDで過敏になってるだけだ」
「愚かな選択恐怖症とでも言うべきかね。恐怖のあまり、愚かな選択を繰り返してしまう」
「百合子容認はその愚かさの一種だよ」
「支那や北朝鮮まで含めた支持があるんだから、いくらうっとおしくてもいなくなるわけがない。何を言ってるんだと思うよ」
「その支持勢力の一部は鳩山と一緒になって沖縄で座り込みをやっている。日本では、支那や北朝鮮と違って、彼らを投獄したり、殺したりしないから、みんな寿命まで生きて、子供に影響を与えたりする」
「救いのない図だな。だが、その通りだ。当面、そうした勢力は存続する。これはしかたのない事だ。少数であっても、これが議員として国会に出て来るだろうし、無意味でワケのわからない事を言って、色々な事を邪魔しようとする」
「それは止められないんだ。百合子の希望と彼らの存続は関係がない。百合子の希望は民進左派はいらないと言っているだけだ」
「これまでを見て、言っているひと言たりと信用できない百合子の言葉を信用して、容認するなんて、ユルユルなだけだ」
「そこにつけこんでここまで来た人を、まだのさばらせるなんてな、頓馬もいいところだ」
「百合子は、その頓馬さを見越して動いてるのさ」
「その通りだ。で、都1と希望は矛盾するから、どこかでどちらかを選択しなけりゃならなくなる」
「まあ、もしそうなったら、都1を置き去りにするだろうね」
「もしそうなったらね」
「しばらくは、嫌だな、薄汚いなと感じながら、見ないようにしてるしかないかね」
「そうだな。他にない」
「百合子はそういう事だが、民進党左派なんてそれほど問題ではなかった。民主党政権のPTSDで過敏になってるだけだ」
「愚かな選択恐怖症とでも言うべきかね。恐怖のあまり、愚かな選択を繰り返してしまう」
「百合子容認はその愚かさの一種だよ」
2017年9月30日土曜日
ガラパゴスな人々 4
落合恵子さん、
センセイに「お前たち」と言われて、例え「このクソ婆ァ」と思ったとしても、黙っていなければならない。
例え、「この婆さん、誰なんだろう? 徹子の部屋に出たかな、だったらお袋が知ってるんだが」と思ったとしても、じっとこらえる。後になったら忘れてくれるかもしれないが、でも、恵子センセイのやった事が、無抵抗な相手に罵声を浴びせる、精神的な拷問に近い行為だった事に変わりはない。残酷な人だ。
それから、恵子センセイ、この場でどうして「苦境に立った人」が出て来るのか、よくわからないけど、それで自動的に人間の価値が上がるって、そういう飛躍して、非論理的、かつ倫理的な展開も意表を突く。
苦しんでいる人が、価値なんか上がるより、苦しくない方がいいという気持ちになっても、それはそれで自然だ。いや、それよりも、人の価値と苦しみなんて無関係だ。要するに、恵子センセイ、重々しく見せかけて薄っぺらな事を言っている。で、人を苦しめたいわけですかね。
押し付けないで欲しいな。恵子センセイ、苦境に立った事なんてあるんだろうか? いや、きっととっても価値の高い人だろうから、苦境の10や20、こなして来てるんでしょう。
価値の高い恵子センセイは、学ぶ人でもある。しかも十分に学んでいるらしい。
ええと、現代史の最近のところで言えば、世界中で左翼やリベラルの思考の枠組みを作って来たマルクス主義思想が嘘で固めた酷いものだって明らかになったなんてあたりは学ぶべきポイントのひとつだ。
マルクス主義はロシア革命で革命思想のチャンピオンになったけど、ロシアの実情はひどいものだったし、ロシアの勢力範囲化におかれた東欧諸国も最低の状態だった。マルクス主義政党は世界中で人を抑圧し、侵略を行い、戦争をし、虐殺を行い・・・(悪行のリスト)・・・というのが現代史から学べる。そして、それを知っていた各国の共産党や知識人たちが、その事実を隠していたなんて事もわかった。
マルクス主義は戦争しか呼ばないし、マルクス主義は暴力しか呼ばない。そこは学ぶべき事のひとつだ。
マルクス主義は問題解決の処方に使えない事がはっきりした。それで、世界中で知的活力を持った人が、過去を乗り越えようと働いている。そこから、この後どうしようという動きからネオコンなんかも出て来た。ネオコンは真剣な動きで、ただの右翼あつかいで片付けられるようなものじゃない。その後、あの人たちはそれぞれの方向に進んで仕事をしているけど、そのうちにまた見えてくるものもあるかもしれない。
でも、恵子センセイ、そういう事は学んでない様子だ。センセイ、市民を見くびってないかな・・・いや、待てよ。センセイの言う市民は、「プロ市民」とかいう人の事かもしれない。活動家とか、シンパとか、そういう層だ。どうも、この人たちは言葉に別の意味を持たせて専門用語化して使うから混乱する。共産党は世界中で嘘ばかりついて来て、同伴知識人もその嘘(左翼コード)の中でしか発言しないようになってるから、普通の日本語だと思って聞いていると混乱する。
ここで恵子センセイは、市民は見くびっているけど、プロ市民は見くびっていない。それだけの話だ。
こっちは、市民を見くびるほどの立場にないけど、プロ市民は薄ら馬鹿だと思っている。もちろん、こんな演説をしていい気になっている人たちも馬鹿だと思っている。ひどいガラパゴス状態だ。
よく劣化なんて言葉が使われるけど、この人たちは劣化なんかしていない。最初からこうだったんだと思う。世の中が進み、向上したのに、この人たちが同じ場所にいて、進歩も何もしなかっただけだ。
進歩派というのは、この人たちを指して言う言葉なんだけど、自分たちの事を進歩的だとして来たのに、実際は、現状維持を続けて来ただけだった。進歩というのも、彼らの用語だったのね。
スペイン内戦の体験から、生涯に渡ってロシア・マルクス主義を批判し続けたアナーキスト、ジョージ・オーウェルはソビエト・ロシアの体制を批判した「1984年」という作品で、共産主義体制内の人間の考え方を二重思考と呼んだ。ダブル・スタンダードというのはこれなんだけど、その言葉は、彼ら左翼リベラルのダブルスタンダードな用語によく現れている。オーウェルって、やっぱいいな。
2015年9月14日の事を例にとったけれど、2016年3月26日の集会でも「戦争できる国はダメ」とか言ってるから、違いはないだろう。
「戦争できる国はダメ」「再稼働は絶対許せない」 安保法反対集会、脱原発も
(産経ニュース 2016.3.26 17:23)
この時は脱原発派も合流しているから、彼らも時間が止まった人たちの仲間でしかない。相手にするだけ有害だから、もう相手になんかしない方がいい。
安保法制、いや、平和安全法制整備に反対する事、そのものを取り沙汰しているのではない事は断っておきたい。反対もあれば、賛成もあって、それは健全な事だからだ。もう過ぎた事を持ち出しているのは、反対する事に反対ではない事を明らかにするためだ。その上で、この人たちの反対の中身があまりにバカバカしいので、それを言っている。そのバカバカしさは今も継続しているからだ。
こちらが耳を傾け、納得し、議論できる内容だったら嬉しいと思うが、まったく違うのでガッカリしている。この人たちは空虚で、感情的で、まったく取り柄がない。それは悲しい事だ。この人たちが笛を吹いても、ついて行くのは、決まりきった人たちばかりだろう。その光景は退廃的だ。でも、私たちは、憲法も平和も、そして、自分も国も社会も退廃させるわけにはいかない。
「そこの装甲車の配置はなんだ! 市民に向けて、何をやってんだ、お前たちは!・・・苦しいとき、苦境に立ったとき、人間の価値が上がります・・・こんなめちゃめちゃな政権が、私たちや子供、孫の人生を決めるなんて、許さない・・・私たちは十分に歴史から学びました・・・暴力は暴力しか呼ばないということ・・・戦争は戦争しか呼ばないのです。市民をみくびるな!」落合恵子センセイ、どうしてか感情的になっている。でも、仕事をしている人(警官)に向かって、「お前たち」呼ばわりはない。仕事中には、何を言われても黙っていなければならないのは警官も会社員も同じだ。
センセイに「お前たち」と言われて、例え「このクソ婆ァ」と思ったとしても、黙っていなければならない。
例え、「この婆さん、誰なんだろう? 徹子の部屋に出たかな、だったらお袋が知ってるんだが」と思ったとしても、じっとこらえる。後になったら忘れてくれるかもしれないが、でも、恵子センセイのやった事が、無抵抗な相手に罵声を浴びせる、精神的な拷問に近い行為だった事に変わりはない。残酷な人だ。
それから、恵子センセイ、この場でどうして「苦境に立った人」が出て来るのか、よくわからないけど、それで自動的に人間の価値が上がるって、そういう飛躍して、非論理的、かつ倫理的な展開も意表を突く。
苦しんでいる人が、価値なんか上がるより、苦しくない方がいいという気持ちになっても、それはそれで自然だ。いや、それよりも、人の価値と苦しみなんて無関係だ。要するに、恵子センセイ、重々しく見せかけて薄っぺらな事を言っている。で、人を苦しめたいわけですかね。
押し付けないで欲しいな。恵子センセイ、苦境に立った事なんてあるんだろうか? いや、きっととっても価値の高い人だろうから、苦境の10や20、こなして来てるんでしょう。
価値の高い恵子センセイは、学ぶ人でもある。しかも十分に学んでいるらしい。
ええと、現代史の最近のところで言えば、世界中で左翼やリベラルの思考の枠組みを作って来たマルクス主義思想が嘘で固めた酷いものだって明らかになったなんてあたりは学ぶべきポイントのひとつだ。
マルクス主義はロシア革命で革命思想のチャンピオンになったけど、ロシアの実情はひどいものだったし、ロシアの勢力範囲化におかれた東欧諸国も最低の状態だった。マルクス主義政党は世界中で人を抑圧し、侵略を行い、戦争をし、虐殺を行い・・・(悪行のリスト)・・・というのが現代史から学べる。そして、それを知っていた各国の共産党や知識人たちが、その事実を隠していたなんて事もわかった。
マルクス主義は戦争しか呼ばないし、マルクス主義は暴力しか呼ばない。そこは学ぶべき事のひとつだ。
マルクス主義は問題解決の処方に使えない事がはっきりした。それで、世界中で知的活力を持った人が、過去を乗り越えようと働いている。そこから、この後どうしようという動きからネオコンなんかも出て来た。ネオコンは真剣な動きで、ただの右翼あつかいで片付けられるようなものじゃない。その後、あの人たちはそれぞれの方向に進んで仕事をしているけど、そのうちにまた見えてくるものもあるかもしれない。
でも、恵子センセイ、そういう事は学んでない様子だ。センセイ、市民を見くびってないかな・・・いや、待てよ。センセイの言う市民は、「プロ市民」とかいう人の事かもしれない。活動家とか、シンパとか、そういう層だ。どうも、この人たちは言葉に別の意味を持たせて専門用語化して使うから混乱する。共産党は世界中で嘘ばかりついて来て、同伴知識人もその嘘(左翼コード)の中でしか発言しないようになってるから、普通の日本語だと思って聞いていると混乱する。
ここで恵子センセイは、市民は見くびっているけど、プロ市民は見くびっていない。それだけの話だ。
こっちは、市民を見くびるほどの立場にないけど、プロ市民は薄ら馬鹿だと思っている。もちろん、こんな演説をしていい気になっている人たちも馬鹿だと思っている。ひどいガラパゴス状態だ。
よく劣化なんて言葉が使われるけど、この人たちは劣化なんかしていない。最初からこうだったんだと思う。世の中が進み、向上したのに、この人たちが同じ場所にいて、進歩も何もしなかっただけだ。
進歩派というのは、この人たちを指して言う言葉なんだけど、自分たちの事を進歩的だとして来たのに、実際は、現状維持を続けて来ただけだった。進歩というのも、彼らの用語だったのね。
スペイン内戦の体験から、生涯に渡ってロシア・マルクス主義を批判し続けたアナーキスト、ジョージ・オーウェルはソビエト・ロシアの体制を批判した「1984年」という作品で、共産主義体制内の人間の考え方を二重思考と呼んだ。ダブル・スタンダードというのはこれなんだけど、その言葉は、彼ら左翼リベラルのダブルスタンダードな用語によく現れている。オーウェルって、やっぱいいな。
2015年9月14日の事を例にとったけれど、2016年3月26日の集会でも「戦争できる国はダメ」とか言ってるから、違いはないだろう。
「戦争できる国はダメ」「再稼働は絶対許せない」 安保法反対集会、脱原発も
(産経ニュース 2016.3.26 17:23)
この時は脱原発派も合流しているから、彼らも時間が止まった人たちの仲間でしかない。相手にするだけ有害だから、もう相手になんかしない方がいい。
安保法制、いや、平和安全法制整備に反対する事、そのものを取り沙汰しているのではない事は断っておきたい。反対もあれば、賛成もあって、それは健全な事だからだ。もう過ぎた事を持ち出しているのは、反対する事に反対ではない事を明らかにするためだ。その上で、この人たちの反対の中身があまりにバカバカしいので、それを言っている。そのバカバカしさは今も継続しているからだ。
こちらが耳を傾け、納得し、議論できる内容だったら嬉しいと思うが、まったく違うのでガッカリしている。この人たちは空虚で、感情的で、まったく取り柄がない。それは悲しい事だ。この人たちが笛を吹いても、ついて行くのは、決まりきった人たちばかりだろう。その光景は退廃的だ。でも、私たちは、憲法も平和も、そして、自分も国も社会も退廃させるわけにはいかない。
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